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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年9月16日)


2009
09.30

学生の皆さん、お元気ですか。明日はよろしくお願いいたします。連休などで休みぼけしていたため、大変遅くなりましたが、臨床福祉専門学校言語聴覚療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの第2回目の感想や質問を特に学 生さんと共 有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえれば と思っています。

※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。

高山亨太

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今日も、授業ありがとうございました。先生は、授業の時、皆の話を口話法でよみとっているのでしょうか?それとも、微妙に声がきこえているのでしょうか?

高山:補聴器をしていますので、声は聞こえますよ。ただ聴覚だけでは皆さんの話し言葉を理解するのは困難ですので、読話によって皆さんの発言を理解しています。

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今日の歴史の授業とても興味深かったです。
聾の歴史について全くというほど知識がなかったですが、聾の歴史があんなにから昔からあったとは驚きました。

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歴史はかなり昔から色々あったんだなと思います。
人工内耳は、最近出来たと思ってましたが、以外に昔からあること、3000円で手術を受けられるという事実にとてもびっくりしました。

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授業ありがとうございました。
今日はろう者の歴史でしたが、グループワークでは全くはっきりしたことが言えなかったので反省しました。
歴史を知るにつれ、ろう者は徐々に教育を獲得し教育方法を試行錯誤し、現状を獲得したのだとわかりました。
しかし、日本の現状はまだまだ不十分で、これから充実したものにしていかなくてはならないことで、聴覚障害者の視点からいいものを選択し決定していくことが重要だと考えました。
ろう者は手話を母国語として独自の文化を形成し、また、健聴者の文化のふたつをもっているのだと思いました。そのことをしっかり覚えておかなければと思います。

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前期のST総論で、言語聴覚士の流れのお話の中、
「障害者の多くは神の怒りに触れた者として迫害を受けた」と教わりました。
今日はその授業ではじめて知った衝撃が思いおこされました。
今の私たちには考えられませんが、そういう時代から長い長い年月がかかって今に至っていると思うと、人間は本当に成長するのに時間のかかる生き物だとちょっと情けなくなりました。
でも、先人たちが試行錯誤しながら築いてきた今でもあると思います。今日の授業の中で、ST総論では出てこなかった先人たちの名がたくさんありました。STを目指すにあたり、きちんと覚えていきたいです。
教科書と併せ、長い歴史を経て…とはいえ日本はスタートも遅いし、難聴の方々への知識も交流も理解もまだまだ浅いと知りました。それは私も含め、です。改めて身が引き締まりました。
「専門家」を目指す者として、恥ずかしくないように、知識を深め、またたくさんの人と日常生活において交流を持ち、頭も心も磨いていきたいです。

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今日は日本と欧米のろう者を取り巻く歴史をグループで考える時、以前に勉強したのに関わらず全然出てこなくて参りました。
そして、授業で歴史を知らないと現代の課題が分からない。その通りだ痛感しました。
今日教えて頂いたトータルコミュニケーション、「龍の子学園」、「明晴学園」に私は興味を抱きました。調べてみたいと思います。

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今回、ろう教育の歴史を学び、16世紀頃に、ろう教育を受けられなかった人がいたり、日本においても、ろう教育が広まるまで聴者と同じ教育を強いられていた過去があること、戦争がきっかけで手話が広がった事実など、そうした歴史的な背景があるからこそ、今のろう文化、ろう教育があるのだと分かりました。
耳が聴こえないという障害は、見た目ではわかりづらい分、教育の対応が遅れたり、聴者にはすぐに理解できないというのも、歴史の中にたくさんあったのではないかと思いました。
手話をする上で、そうしたこれまでの歴史をも考えていくことで、少し意識が変わる気がしました。

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本日の講義を聞いて、聴覚障害者を取り巻く環境には様々な時代の変遷があった事を知りました。
また、現在では手話は聴覚障害者及びその周辺、又は聴覚障害の勉強をしている人だけでなく、多くの人達がそのような言語を知るところとなっていますが、言語学的アプローチがなされるまでは言語として認められていなかったということに軽く衝撃を受けました。予習で教科書を読んでいた時にも運転免許証を取得出来るようになったことがつい最近だという事に驚きました。

現在ではトータルコミュニケーションという切り口が主流となっているようですが、日本では文部大臣訓話により、聴覚口話法が主流だったということは、様々な授業で耳にします。ミラノ会議により聴覚障害者にとって暗黒の時代が訪れた。という具体的な事例としてはどういった内容があるのでしょうか?
授業を受けていても、まだ会話の内容についていけない時がたまにあります。本日配布して頂いた資料で手話、指文字を学んで行こうと思います。

高山:ミラノ会議による影響としては、口話法が合わない子どもに対する教育が持続され、本来保障されるはずの子どもの教育機会が疎外されたことでしょう。また、手話を禁止したため多くの聾学校で体罰がなされていたことも問題であったと思います。

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聞こえ方は人それぞれでコミュニケーション方法も様々であるのに、口話法に型をはめてしまうのはないですね。その点、トータルコミュニケーションと言う考え方は素晴らしいと思いました。
人工内耳の値段には驚きましたw(°0°)w私の中学生の時のおこずかいです。国の高額負担あってのもの!数年前までは四百万円もかかっていたのが嘘のようです。しかし、それでも音を獲得したいという気持ちが国を動かしたのかなと思いました。また、そうまでして音を獲得した時の喜びは、とても大きかったんだろうなと感じました。ありがとうございました!

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質問です。聴覚口話法と口話法の違いが参考書などを見てもわかりにくく、わかりやすく知りたいです。
感想は、今まで習ってきたろう教育の中で今日の授業は一番詳しく、専門的でした。正しい歴史を知ることは現在のろう文化を勉強していく上でも、重みを増しますし、同じ過ちをおかさないとう点でもこれから自分の中で記憶して背景として捉えていきたい。ありがとうございました。

高山:違いは単純ですよ。口話法は補聴器がなかった時代に、触覚や視覚などを活用しながら読話や発話をさせる方法であり、教育方法であったわけです。聴覚口話法は補聴器が開発、発達したことにより、従来の口話法に聴覚活用の考え方を取り入れて聴覚活用を促しながら、読話、発話によってコミュニケーションをする方法なのです。答えになりましたでしょうか。

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今日は、ろう教育の歴史を思い出して下さいというテーマが与えられて、本や資料を見ないで、メンバーの記憶だけで、思い起こすのは難しかったです。だけど、必死で思い出そうとするのでグループの一体感が生まれて楽しかったです。
ろうの歴史を改めて学ぶことが出来て良かったです。手話のイラストをいただいたので、少しやってみようと思いました。

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他の授業で以前簡単に聴覚障害の歴史を学びましたが、今日より詳しく学ぶことができ、大変勉強になりました。
日本は欧米に出だしから遅れ、現在も追いついていません。ただ「日本はアメリカより30年遅れている」と言うだけでは現状は変わらず前進しません。今後は遅れているなりに日本独自の色を出して、その差を縮めていく行動が必要だと思います。考え方を変えれば、30年先を進んでいる(もしあれば)アメリカの失敗経験から日本は学び、同じ過ちを犯さないで済むという利点が考えられます。今後は、具体的に聴覚障害者の適切な教育環境などを考えていきたいと思います。

以下の質問について、授業またはホームページ等で教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
①ギャローデッド大学について
留学生の割合および国別の統計があれば、教えて下さい。
②南西ろう短期について
・テキサス州出身者でなくても学費は同じか?
・もし違うのであれば、わざわざ引っ越しをして来る者もいるのか?
→アメリカは州によって教育制度が異なり、州立大学は他州出身だと学費が高くなると以前アメリカ人留学生から聞いたことがあり、気になったので、質問させていただきました。

高山:ギャロ-デット大学の留学生の割合などについては職員ではないので分からないのですが、大学のホームページ内にて公開されているはずです。時間があるときにでもギャロ-デット大学のホームページを訪れてみてください。テキサスの短期大学についてはテキサス州の学生は基本的に無料です。その他の州からやってくる学生は有料ですが、多くは州の職業リハビリテーションサービスを活用して入学していますので、多くの諸経費が自分の州から支給されるはずです。

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今日のろう教育の歴史はとても興味深かったです。ろう教育口話法で行うか、手話法で行うか試行錯誤していた様子が分かります。どちらにもメリットデメリットがあるようで、一概にどちらが絶対的に良いと断定できないのですね。ギャローデット大学はろう文化の中心ということで、手話による教育を実施しているそうですが、ろう教育の先進国アメリカでは今手話法によるろう教育が主流なのですか。日本は30年ろう教育が立ち後れているということですが、これから日本のろう教育の進む道としては手話法による教育が広まって行くのでしょうか。

高山:ただ1つ確実に言えることは聾学校の数は、現に減少していますので、聾学校による教育は衰退していく部分もあると思います。アメリカでは手話だけではなく、他にも口話法や人工内耳の子どもだけ、トータルコミュニケーションなど聾学校によって特色が違いますので、逆に言えば親は聾学校を選びやすい部分はあると思います(引っ越しなどが大変だと思いますが。)。

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今日の授業で印象に残った点は手話法派と口話法派の対立の歴史です。
なので、それについて質問です。
ミラノ会議の段階では、なぜ口話法の方が圧倒的な支持を受けたのでしょうか?最近になって日本で手話法が支持されるようになってきたのは、ろう文化の継承という観点以外にどのような理由があるのでしょうか?

また、先生の考える手話法、口話法、聴覚口話法それぞれの良い点、悪い点は何でしょうか?
私は実際にろう学校の授業を(VTRでも)見たことがないので、なかなかそれぞれの方法での授業を想像できません。だから、先生のご意見を教えていただけたら嬉しいです。

高山:ミラノ会議にて口話法が支持された理由として、参加者が聴者であり、かつ音声言語を使っている立場であり、手話よりも口話による教育の方がいいと考えたこと、手話はみっともないという理由もあったのでしょうか。政治的理由もあったと思います。ろう教育の方法論については授業を予定していますので、それまでに自分なりに考えてみてください。

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聴覚障害の歴史は前期の授業で少しふれただけでした。そのときは国試対策として流れを覚えるだけだったように感じました。
グループワークで考えたとき単語だけしか出てこなかったからです。
今日の授業は流れだけではなくその時代の背景もあわせて理解することが出来て嫌いな歴史ですが、おもしろく授業を聞くことができました。

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ついつい「今」ばかりをみてしまいますが、積み重ねて来た、想像を越えるであろう数々の運動の中で「今」があることを、少しでも理解しようとし、知識を得て行く事で、「今」の価値、また今後の課題の意味をより深く感じる事ができるのではないかと思いました。
聞こえる人の視点で物事が進んでしまうのはなぜだろうと思い、一方で、田舎暮らしがまだ、日本の暮らしの中心だった頃は、ハンディがあっても、なくても(ない人なんているのだろうか)お互の支えあいの中で、暮らしにくさを感じずに過ごせた部分もあるのではないかと思うこともあります。
私も、都会のうずの中にいると自己中心的な気持が強くなってしまいますが、田舎にいるときは、自然に人と打ち解ける事ができ、優しさをいただき、私も少し、その中に入れていただける様に思う事があります。
便利になる事で「できる」事も増えますが、効率を求めすぎて、大切なものを忘れてしまう事もあるように思います。
同じでない一人一人が、自分でも気付いていないかもしれない個性を存分に発揮できるといいのにと思います。
これからの歴史が、一人一人が存分に行かされる方向に進むといいと感じました。

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聴覚障害の歴史は長いのに今もなお議論されている事に、難しさを感じましたが何がそうしてるのか解りませんでした。

高山:聴覚障害の様相が様々であること、聞こえる親の存在、学力保障、コミュニケーション保障など様々な観点で、聴覚障害児にこれといった教育方法を1つに絞ることの方が難しいのが現状です。親が教育方法を選択するに当たっても、適切な情報提供が出来ているのでしょうか。そうではないのが現状と思います。

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日本とアメリカでは聴覚障害者への文化にかなり違いがあることがわかりました。
例えば、大学にせよ、アメリカでは早々に、ギャローデット大学が出来ましたが、日本ではそれから100年後にやっと国立の大学が出来るなど、かなり遅れているのだと感じました。ただ、どんなに言語聴覚士の技量が遅れていても、求められることは、日米間に差はありません。どんな人にも対応できるSTにならなければと思いました。

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今日の授業で一番驚いたのは、韓国や台湾のろう者が日本に対してそこまで悪いイメージを持っていないということです。台湾人はそうでもありませんでしたが、韓国人の友達と話をした時、同世代の若者であっても日本人に対して敵対心を持っている人が多かったからです。歴史が人に与える影響の大きさを改めて感じました。
2008年にすべてのろう者が条件付きで運転免許取得可能となったということでしたが、もし万が一違反があった場合、通常警察はスピーカーで走っている車を止めたりすると思うのですが、ろう者でその注意されている声が聞こえない場合はどのようになるのでしょうか?ろう者だということに警察は気付くのでしょうか?アメリカでは、そのようなケースで警察がろう者だと気付かず、停車する命令に従わず、逃走したと勘違いし、射撃したという話を聞いたことがあります。本日も貴重な授業をありがとうございました。

高山:そのために条件付きとしてろう者であることを示すマークを前と後ろに張ること、拡大ミラーの装着を義務つけられています。もし、補聴器が活用できる場合には必要ありませんが、たいていは気付くと思います。

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聴覚障害の歴史は神山先生の授業で学びましたが、ほとんど頭から抜けているのに気付き、焦りを感じました。
今日の授業では、新しい情報と共に以前の情報を復習することができ、有り難かったです。
きちんと復習したいです。プリントの後半の内容から、先生は口話法よりも手話法を薦めているように感じました。
私は、多くの聴者の中で生きていく為には口話法の獲得が必要だと考えています。また、日本語の獲得にも手話法では限界があると聞きました。もし、先生でしたら、難聴の子どもにどちらの教育を薦めますか?

高山:私はただろう教育の歴史とろう者が置かれた状況を教えただけです。憶測はやめてくださいね。最後の3行を多くのろう者に発言してみてください。想像できますか?実際に口話法で成功といいますか、口話法でスムーズに会話が出来る方、学力が向上した方はほんの一握りであるのが現状です。教育方法について考えるときには、必ず言語発達と基礎学力、コミュニケーションは区別して考えてください。あなた個人として、言語聴覚士として個人的な考えはあると思いますが、一番重要なのはすべての今日行く方法について患者さんやその家族に適切に説明できることだと思います。私は、家族の状況や子どもの心理的発達状況を勘案して、適切だと思われる教育方法や聾学校か地域の普通の学校かと考えていますので、どれがいいというのはございません。

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質問
○「口話法」と「聴覚口話法」の違いがわかりません。
おしえていただけますか?
調べたら口話が声を出して話をすること。読話は口の動きを見て話を読み取ること。とありました。

そうすると、口話法と聴覚口話法の違いは、聴力があるかないかになるのでしょうか。

どんな方が口話法で、どんな方が聴覚口話法を使うのでしょうか。

○これは、個人的な興味?なのですが、先日の新聞に「音の歳時記」という12ヶ月を音のイメージで表現した詩が載っていました。
もし、先生でしたら(難聴の方ならば)、12ヶ月をどのように表現されますか?(目が見えない方にも聞いてみたい質問なのですが・・)

ちなみに、その詩は、
1月「しいん」厳冬に天地は静まる。
2月「ぴしり」春が兆して氷が割れる。
3月「たふたふ」雪解けの川。
4月「ひらひら」野を越えて蝶が飛ぶ。
5月「さわさわ」風がわたる。
6月「しとしと」
7月「ぎよぎよ」帰るの合唱。
8月「かなかなかな」
9月「りりりりり」
10月「かさこそ」落ち葉。
11月「さくさく」霜の朝。
12月「しんしん」雪が降って時の逝く音。
でした。もしよろしければ、ネットで回答いただければ嬉しいです。宜しくお願いします。
高山:口話と聴覚口話については他の方の質問に対して回答しましたので、参考までに読んでおいてください。おもしろい質問ですね。1月「びゅー(寒風)」2月「ビュン(寒い)」3月「じゃりじゃり(節分の豆が転がっているイメージ)」4月「ふわり(さくらが舞い落ちるイメージ)」5月「すいすい(鯉のぼりのイメージ)」6月「ざぁー(雨)」7月「バサバサ(海開き)」8月「みんみん(セミのイメージ)」9月「ぼわー(蛍の光のイメージ)」10月「ひらりひらり(落ち葉)」11月「ぶるぶる(寒い)」12月「がやがや(クリスマスの混雑のイメージ)。答えになっていませんね。皆さんにも聞いてみたいですね。

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前期に言語聴覚総論の授業で歴史について少し触れたのですが、今日の授業ではよりたくさんの事を知りました。
日本のろうの歴史や教育は、アメリカより30年以上遅れているとありましたが、実際はどうなのか?ということを知りたいです。
というのは、日本は日本、アメリカはアメリカで文化や考え方が違い、ろうの教育・歴史についても、「遅れている」より「違い」という部分も大きく影響しているのかな?と思いました。高山先生はどのような時に、日本とアメリカの差を感じますか?
私はまだ他国のことは分かりませんが、日本はまだまだ障害者に対しての壁が暑いと感じます。

高山:やはり専門職の力の差だと思います。

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聴覚障害の歴史を学び、現代のような「ろう教育」や「ろう文化」が確立されるまでの背景には、たくさんの聴覚障害者の苦労や努力があったのだと想像することができました。また、日本はアメリカと比較して30年以上も遅れているという現状に驚きました。今後、もっと日本のろう教育や文化が発展していってほしいと感じました。

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やはり、全ての物事には歴史があるんだ、と改めて感じました。
どんなに頑張っても過去には戻れないから、みんなにとって一番良い方向に持っていこうと、最良の方法をこれからも探し続けていく必要があると思いました。歴史を学ぶという事は、考え方の基礎や土台を学ぶという事かな、と思います。以前、授業で歴史について少し習った筈なのに、殆ど覚えていなかったので、今日の授業を機に、きちんと覚えたいと思いました。

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今日一番印象的だったのはミラノ会議についての先生の言葉です。
「私達はミラノ会議を二度と繰り返してはいけない。手話、口話、人工内耳、いろんな方法が認められるように。」

STはろうの方と聴覚口話法で関わることが多いですよね。
ともすると聴覚口話法に固執して他が見えなくなってしまいそうで、それはとても恐ろしいと思いました。

同時に選択肢が多ければ多いほど、ろう児とその親がどのような言語を選び取って行くのか、その過程はきっととても悩ましく、壮絶な葛藤があるのではないかと思いました。手話なのか口話なのか…等を選択する時から、ろうの方とその家族の方に寄り添える専門家の必要性を感じました。

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今日も先生にお会いできて楽しい授業を、ありがとうございました。プリントの説明と説明の間に、先生はとても心にしみる言葉をいくつか伝えてくださいます。
きょうもいくつかありましたが、さまざまな補聴手段をつかっても、「聞こえないことは変わらないということを忘れないでください」・・・そのことの本当の深い意味は、まだ、セラピストとして半人前にもなっていない私には良くわかってはいませんが、こころに置いて、ずっと考え続けてSTを目指したいと思っています。
今日は嬉しいことがありました。札幌の母の入所している老健の看護婦さんから、弟が、母の嚥下診断の報告書を私へと言づかって、送ってきました。私がSTを目指し、この夏にSTさんの評価の現場を見学させてもらったので、そのことを知っている看護婦さんのご好意なのでしょう。評価報告書を書く練習をしているところですので、なんだか感動しました。
来週もよろしくお願いします。少し先生がお疲れのように見えます。どうぞ、お体をお大切になさってくださいね。

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う教育が進められていく中で、墨字と指文字、口話法、手話法など色々な人がそれぞれの方法で教育を行っていたことが分かりました。その当時の聴覚障害を持っていた人の中で、実際にそのようなろう教育を受けられたのは、ほんのわずかな人々だったのだと思いますが、ろう教育を受けられなかった人たちはどの様な人生を送っていたのかが、気になりました。

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最初に出欠を取った際、先生が欠席者がいることを知り「ぼくも遠いし来たくないよー」とおっしゃったのですが毎回「高山先生ならでは」の授業をとても楽しみにしておりますので(朝早く、遠くから来ていただき、大変で申し訳ないのですが)来て下さい。
さて、今回の歴史の授業で、1933年手話を禁じ口話法が進めたというところで考え込みました。
聴こえの問題はひとりひとり違っていると思うのですがご本人が成長過程で最適なコニュニケーション手段をいろんな生活場面を経て、導き出すものだと思います。
手話を禁じることで、ある面のコミュニケーションの場をうばっていることにならないかと思いました。
口話法と手話について、授業のどこかでご説明いただけたらと思っております。来週も高山先生の唯一無二の授業を楽しみにしております。

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昨日別の授業の一環でビデオの視聴をしました。「手の言葉で生きる」という神奈川県の聾学校に通う児童に密着した物で、内容は日本語手話と日本語対応手話の違い、日本語手話から日本語を学ぶ苦労や、コミュニケーションエイドの選択の悩みを主に描いておりました。その中の1シーンにその女の子が、幼い頃に埋め込 んだ人工内耳の様子を診察するため耳鼻咽喉科に訪れるというシーンがありました。

女の子にとって、埋め込んだ人工内耳は「ただ音が煩くなる」だけな存在で煙たがり、母親は「人工内耳をつけてから、娘に笑顔が消えた」と言っていました。女の子は、今では声を発さず、日本語手話で巧みに言葉を操り、表情も豊かに映っていました。学校でも日本語手話と日本語のバイリンガル教育をして、最初は乏し かった表現力も終いにはかなりの物になっていました。しかし、耳鼻科医は、声を出していないことに驚き、独り首をかしげていました。「人間には臨界期があって、その時期に音を入れて聴覚活用することが大事だ。その時期に音を入れないと言葉を獲得できない。」と言って・・・

私は、その耳鼻科医の不穏な表情にすごく疑問が浮かびました。母親の「笑顔がなくなった」訴えを聞き、なお臨界期がどうのと言った御託を並べ、音を入れることが最良のことだと思っている。女の子は、既に日本語手話と言う、一つの言語を獲得しているのです。きっとこの耳鼻科医も、聾の歴史や文化、日本語手話につ いて知らないのではないかと思いました。そこに存在している女の子が、笑顔であり、日本語手話と言う言語で巧みに表現している、また聾学校でも社会に出て困らないように日本語手話から日本語を教え育てる。両親が、人工内耳を捨て日本語手話を選んだことは最良の道であったと私わ思います。そのお母さんは「今娘は考えも 浅はかで、漠然と嫌だと言うだけですが、将来人工内耳が要らない理由をはっきり言えるようになったら外す手術をする」と仰っていました。その言葉に私は感動しました。その言葉に至るまでにどれだけ悩み現在も悩んでいるか・・・

STを目指すにあたり、聾の文化や歴史をしっかり学び、知った上で患者さんの気持ち寄り添える自分でありたいと思いました。

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本日の聴覚障害の歴史では、その時代の背景はわかりませんが1620年には書字と指文字による教育がなされていたことに驚きました。人類の誕生からと考えてみれば当たり前のことだと思いますが、歴史について知ることがなかった為に素直に驚きました。また、口話法も同様です。また疑問に思ったことでは、ミラノ会議を機会に口話法派と手話法派にわかれ、暗黒をまねいたことです。どちらもコミュニケーションとして欠かせない手段でありながら、独自の道に進んでしまったことが不思議です。
日本でも手話の禁止の歴史があり、全日本ろうあ連盟のこれまでの活動・あゆみ・運動の成果を拝見し、ここまでの道のりの長さに心打たれました。
最後に手話の普及では、ヨーロッパ~アメリカ~日本~韓国~台湾とつながりに驚きました。その時代の背景との関わりに深い歴史を実感しました。
講義内容とは別になりますが、先生の留学の目的を拝見し、志の高さに感銘を受けました。モチベーションを維持する為に心がけていることや原動力になっていることをもし宜しければ教えて下さい。再来週の講義も楽しみにしております。

高山:やはり多くの聴覚障害者やその家族を支援したいという気持ちが支えになっているのでしょうね。今の自分があるのも、彼らのおかげですし、少しでも技術や知識を若い人に伝えたいというのはあります。

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勉強不足で申し訳ないのですが、口話法と聴覚口話法は実際にはどのように行うのでしょうか?

高山:違いは聴覚活用を取り入れるかどうかの違いだけです。ここでは説明できませんが、いずれ授業の中で取り上げる予定です。

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入学して初めの頃習った「言語聴覚士の歴史」の授業でド・レペから始まる聾学校の歴史があったのですが、復習になりました。また、前史や考え方の背景になった人たちの説明、特に、クラークとギャローデッドの関係やグラハム・ベルのことなどが説明されていなかったので、今日の授業で理解できました。
昨日の1限の休講の時間を使って、神奈川県立平塚ろう学校の加藤先生の日本手話による授業のビデオを観ました。その後、先週の授業で、宿題だった教科書第8章を読みました。
健聴者から見ると、口話法や聴覚活用によってコミュニケーションの機会が増え、生活をするのに有利だと思われ、その習得を優先すると、手話が聴覚活用の療育に邪魔になるし、人口内耳で少しでもチャンスを広げることやインクルージョンによる全てを包み込む教育などの活動に希望を求めていたりしたのですが、それでは割り切れない「ろう者」の苦悩がちょっと感じることができたように思います。
各言語対応手話でなく、「ろう文化」手話について共通語を確立する過程があるため、また、生活環境や言語以外の文化が関係するために「日本手話」が存在するのでしょうが、「世界手話」が作ることができれば、もう少し良い環境ができるものなのでしょうか?また、その可能性や活動があるのでしょうか。先生のお考えやご存じのことを教えていただければ幸いです。

高山:世界共通の手話はありませんが、国際的な会議などでは国際手話というものが使われていることがあります。世界手話を作ることについては否定的な立場にいます。というのは、世界手話を作ることが、逆に、昔多くの国々がやってきた植民地支配のよる唖文化破壊や言語衰退につながる恐れも否定できませんし、ろう文化も各地で異なるわけですので、難しいところがあると思います。現在の主流としては現地の手話を尊重しながら国際開発を行うという国際協力が主流となっています。日本からは特に日本財団の事業が有名ですね。

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今日の講義では、歴史を振り返ることで、
○ろう者が「どのような制約を受けて生活してきたか」という視点
○現在に至るまでの「蓄積」を知るという視点
に気付きました。

聴覚に関する人の歴史を辿るうち、それぞれの時代のろう者が、聴者の文化の中で、様々な制約を受けて暮らしてきた歴史があることを知りました。レジュメの中に「抑圧」という言葉が使われていて、もっともな表現だと感じました。
また、現在用いられている聴覚口話法や手話法といった言語/教育体系、文化が成立するまで、ろう者とともに生きた多くの人々がいることも知りました。
講義の始めに先生が仰っていた「歴史を知ることで、これからの課題が見えてくる」という言葉を自分の立場に引きつけて考えてみると、私は言語聴覚士(あるいはオージオロジスト)として、当事者の個別の状況を理解する姿勢とともに、世の中を広く見て、「世の中に何が必要か」を考え、社会に働きかけていく姿勢が必要だと思います。
そのために、私自身の在り方を研いていこうと思います。どのように人の話を聴き、相手の物語や心の動きを理解するか、その方法を探っていこうと思います。
本日もありがとうございました。次回も楽しみにしております。

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講義、ありがとうございました。歴史を憶えるのが苦手なので、正直に辛かったです。講義の感想ではないのですが、前から伺おうと思っていたことがあります。障害を持ってる方々は、その障害についてどんな風に感じていて、障害のない私達にどんな風に接して欲しいと考えていらっしゃるのかが知りたいです。私が意識をし過ぎて、敏感になっているのでしょうか?普通にする!がわかりません。気を遣うのは当たり前の事ですから。先生でしたら、お聞きしてもいいかな…と思いきって伺うことにしました。

高山:普通で良いんですよ。逆に聞きますが、おそらく何も障害のない立場にしてみたら、障害のある方からどのように接してほしいと思っていますか?答えられますか?意識過ぎると逆に適切なお手伝いも出来ないでしょうし、普通に接することも出来なくなると思いますよ。必要な支援があるときには障害者も声をかけるでしょうし、あなたも声をかけやすい雰囲気を作ったらいいと思いますよ。何よりも自然体ですよ!

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高山先生 ありがとうございました。
今まで、聴覚口話法については知ってはいましたが、それがどうゆうものか解っていなかったし、これまで、その教育であったのならいいのではないかと、恥ずかしながら深く考えていませんでした。聴覚口話法では、困る子どもがいると聞き、またまた驚きです。。
手話教育だと、社会に出た時に困るのではないかとおもったのですが、筆談という方法もあるし・手話のできる人に通訳してもらう・ゼスチャーでやりとりするなどなど。。いろいろ方法はあるのではないかと思いました。
「こうあるべき」「こうあるもの」という枠組みを外し、自分で考えて行こうと思いました。明星学園には、見学に行ってみたいです。

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今日は、ろう教育の歴史の話を聞いて、欧米に比べ日本はいかに遅れているかを知りました。
また、日本では「ろう教育」がどのようなものなのか一般的に知られていないのだろうと思いました。

授業で歴史を知り、新しい知識が入ると興味が湧くもので、私たちに限らずもっと大勢の人にこのような話をきく機会があればいいと思いました。
または、子どものころからろう学校や盲学校など特別支援学校の人と交流を持つ機会があればよかったと。
お互いの違いを知り、違いがあるうえでコミュニケーションがとれたら楽しいだろうし、ろう教育を知る人が増えることで、もう少し発展していたのではないかと思いました。

もう一つ思ったのは、医療や技術の発展には必ずのように戦争が関わっているのだということです。今ある便利な生活の裏には戦争で犠牲になった人がいることを忘れてはいけないと思いました。

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最初のろう教育の歴史で話し合いをした時に、現在使ってはいけない差別用語がろう者のものでもあるという話を聞いた時に、長い間迫害されていたんだと思うと切なくなりました。最初のろう教育を行った人も聖職者(スペインの修道士ペドロ)で「ろう」が宗教的に救われたのも日本より早くてよかったと思います。最初 は宗教的な保護でも、のちに宗教をかえさなくても健常者にも理解されるのであれば、いいかなと思いました。
日本のろう教育は30年くらいヨーロッパより遅れているということだが、理解を得るためにもSTがろう教育の知識を学びどんな状況にも対応できるようになることも重要だと思った。

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今日は聴覚障害の歴史を勉強しましたが、1つ不思議に思ったことがありました。
それは、この授業で聴覚障害の歴史を聞くと、なぜこうも歴史が生きたものに感じられるのだろう、結構歴史って面白いなということでした。

実は私は本当に昔から、なんの歴史でも苦手で、面白かったためしがなく、今日は、あれ?歴史嫌いが治ったのかな?と思いました。
また、そう言えば当時も本当はこういう感じの歴史の授業を受けたかったんだよな、という気持ちにもなりました。

どうしてなのか考えてみました。
たぶん、先生がひとつひとつの歴史的な出来事について、聴覚障害者の視点からいうと、この人はこういう人(英雄だとか、最低のことをやった人だとか)とか、この出来事はこうした意味で画期的だとか(何年の苦しみを塗り替えたできごとだとか)、あるいは、先生個人の視点からの考えをおっしゃたりするので、それらが生きた人物・出来事と感じられたのだと思いました。
もちろん、それを聞いた上で自分で考えるようにともおっしゃっていました。

私が歴史の授業を受けていたのは相当前ですが、自分の立場、スタンスをあいまいにしたまま、何のために歴史を学ぶかという目的意識の希薄な状態で、ただ暗記で覚えているようだったからつまらなかったのだと気づきました。
当時の先生も、それでいいという感じでした。

聴覚障害者がどういう思いで生きてきたか、今後どうありたいか、私たちが将来どのようなサポートができるか、という視点をはっきりさせてみると、全ての歴史的な出来事がドラマティックに感じられたり、いかにも悔しい出来事に感じられたりするのだと思いました。

ちょっとレベルの低い感想で申し訳ありませんが、私にとっては長年の歴史嫌い克服のための、第一歩の記念すべき歴史的な日(?!)になったかもしれないので、お伝えしてみました。

もう一つは、聴覚障害の方の手話に対する思いについて知ることができたことが大変有意義でした。
日本はほとんど単一言語の国なのでわかりにくいけれど、たくさんの言語が話される国ではそれぞれの言語を大切にして日常語としつつ、学習言語は共通語ということがよくあるわけで、手話文化を絶やして口話に統一するとしたら、彼らから母国語をうばうことと同じであって、そこに抵抗があるのは当然だと理解できました。

また、口話法だと、うまく学べる子とうまくいかない子の差がでてきてしまう、という話にも納得がいきました。
少数の大成功例の陰に、悲しい人生がいくつも隠れていたとして、それで良いわけがないと思いました。
大事なのは自由であること、個々が自分や自分の子供のやり方を、選べることだと思いました。

今日も貴重なお話をありがとうございました。

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今日の授業を聞いて、欧米と日本のろう教育の差がとても開いていることを改めて感じました。
歴史を学ぶことで、ヨーロッパではろう教育が開始されているのに、日本では戦国時代…ろう教育を始められる時代じゃなかったんだなと何だか納得してしまいました。(それと戦国時代の逸話に、当時の盲の方の逸話もちらほらとあったなと思い出しました)
歴史を学ぶと、意外と様々なことが分かるのだなと思い、決してないがしろにしてはいけないものだと感じています。

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今日の授業では、欧米では聴覚障害児への教育が、思っていたよりも早くから行われていたのを知った。
また、聾教育の歴史は以前に少々習ったが、習った事が抜けており、あまり思い出せなかったので、授業でのグループワークでは、ド・レペしか答えられなかったので、勉強が足りないと感じられた。

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聴覚障害の歴史を学び、ろう教育が、聴者の意見で翻弄されていることを知りました。
そして、いつの時代も、教育者側、指導者側、関わる者側の意見のみで、当事者の意見は尊重されない世の中なのだと思わされました。
また、一部のろうの人が墨字や指文字を学びだした16世紀ごろ、日本ではやっと庶民が寺子屋で文字を学びだし、多くの人達が文字を読めるようになった。
ろう教育の歴史と日本の一般教育の歴史が、同じ位なのに驚きました。

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いままで、聴覚障害の歴史について詳しく知らなかったので、勉強になりました。顔写真付きだったので、どんな人かを想像しながら、学べたのでよかったです。

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お世話になっております。今日は無事に授業を聴講できました!今日は歴史を学びました。手話法、口話法、聴覚口話法、、
その状況下でコミュニケーション方法が移ろいでいたのですね、手話は、ろう者の視点に立ったコミュニケーション方法、口話法は
聴者の視点に立ったコミュニケーション方法、という印象を受けます。(色々な視点で先生から教授して頂いているので、戸惑うばかりです。)どんな方法がその子にとってよいのでしょうか。先入観からこれ!と決めつけてしまうのではなく、その子に合ったコミュニケーション方法を様々試行錯誤し、育むのがいいかもしれません。
それから手話の資料、ありがとうございます!手話を学ぶことで、より世界が広がる気持ちがしますね。英語を学ぼうとしている時と気持ちは変わりませんね。

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今日の授業の中で、一番印象に残ったことは、先生の「ろうの歴史を知ることも大切だが、同じ過ちを犯さないようにすることが大事である」という言葉です。過去の過ちをいつまでも引きずるのではなく、同じようなことでこれからの人々が辛い思いや生活しにくい状況を作り出さぬように最善を尽くしていくことが、歴史を学んだ物の使命だと思います。後ろ向きな考えを切り替え、前向きに進んでいきたいものです。
言語聴覚士として、ろう者や聴覚障害者の苦しみや辛さを理解し、いつでも彼らの立場になって考えられるよう努力していきます。

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こんばんは。
ろう学校がない16C以前、またそれ以降も貧しい聴覚障害者はどのような暮らしだったのか。音や言語の存在も知らずに過ごし、物事を考える手段はどうしたのか。言語を獲得しなかったら、頭の中はどんな状態なのでしょうか?指文字、書記もわからず、コミュニケーションは?教育は?
耳が聞こえないだけで、どうしてそんな不幸になってしまうのか…。
ギャローデットがクラークをアメリカに連れて行った話には感動しました。そういう情熱がろう教育を推し進めて行ったんですね。
手話による日本語教育を行うろう学校のビデオを見ました。人口内耳を使わないから取り外したいと。聴覚口話法を全く使わない教育とは?最近頭の中が大混乱しています。何が聴覚障害児にとって本当にいいのか…。人口内耳って一体?せっかくの技術をもっと生かす事はできないのでしょうか?

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今日の授業の内容はは聴覚障害の歴史ということでしたが、書籍もない先史時代にも、ろう者は存在した筈だという話が出、考えたこともなかったことだったので目が覚めた気がし、確かにどうしていたんだろうと、その様子を頭で想像しました。
また、ギャローデットは、自分が聴者であり手話もできないながら、クラークをアメリカへ連れてゆき、ろう学校を創るところまで成し遂げたという執念には驚きましたし、その二人について興味も湧きました。そして、歴史の流れについて読み、また特に高山先生の意見を聞いたことで、難聴やろうの人たちの多くが手話でのコミュニケーションを支持している事実を知ることができたのは、新しい知識になりました。
私自身、手話か聴覚口話法かという問題について、他の授業でも問題提起があり考える中で、聞こえる聴覚があるのなら、音声の日本語で通信する術を身につけた方が、より沢山の人と話すことができるのでいいのでは、という方に寄った意見だったのですが、実際に手話がより豊かに通じ合う手段ならば、それは当然自然に根付くし、教育にも取り入れられるべきだと思うので、実際の感じ方を知れたことはよかったです。しかし、まだまだ聴覚障害について知り始めたばかりですし、どちらがいいというはっきりした意見を持つことはできない気がします。
また、日本がヨーロッパと比べ聾教育において進んでいるとは思っていませんでしたが、100年も遅れていたとは、茫然とする事実でした。

長くなりましたが、最後に、何回かの授業を受けた中で、自分で調べなければと思っていることも含め、素朴に知りたいと思っていることについて書かせてもらおうと思います。
・今現在、ヨーロッパやアメリカではどんな聾、唖、障害児への教育法をしているのか?

高山:様々な方法があるのは当然ですよ。ただ、日本よりは各聾学校が特色をアピールしてそれぞれのろう教育を提供していると思います。ある意味では競争社会ですので、聾学校も生き残るために特色を出しているんでしょうね。

・世界の主な言語の数と同じくらい、手話にも種類があるのか?(というのは、難しいことだとは思いますが、世界共通の部分があれば、聞こえる人のように国ごとに言語を覚えなくとも世界の人と話ができて、とてもいいだろうなぁと夢想したから知りたいと思ったからです)
高山:もちろんですよ。200以上は確認されているはずです。逆に聴者も1つの音声言語だけだったらいいと思いますか?そうなったときに日本の文化は継承できるでしょうか。

・率直に知りたいのですが、高山先生は私たちの話を、口の形だけで理解しているのですか?やはりボソボソと話すより、口の形をはっきりと話した方がわかりやすいでしょうか?それから、どのくらいの声の大きさで話すと聞こえやすいなど、あれば教えてほしいです。また、人によっても違うと思うのですが、今私が質問したように、どのように聞こえるの?どのように話せば聞こえやすい?などと聞くのは、聞かれる側は無礼と感じるでしょうか?先生が最初の授業で『ろう、難聴者への抵抗や先入観をなくす』ことが目標の1つと示してくださったことは正に私に当てはまっていて、かわいそうなどという感情はなくとも、無神経な発言で傷つけたら、という心配をして、なかなか聞けないということはまだあります。それこそが差別か?と考え出すと何も聞けませんよね。ということで、この機会に率直に聞いてみたいと思いました。

高山:普通に補聴器をしていますので、声は聞こえますが、声だけでは理解できませんので読話を併用しています。あまり意識せずに普通に話しかけて頂くといいですよ。ぼそぼそよりははっきりと口を開けて頂いた方がわかります。人によっては聞かれることがいやな人もいると思います。ただコミュニケーションを図りたいという気持ちがあれば、それを示した上で聞くことは大事なことではないでしょうか。

最後の最後に、『リードマイリップス』という映画は観たことはありますか?読話がキーになるストーリーのフランス映画で、サスペンスラブストーリー?として映画としておすすめです。では失礼します。

高山:もちろん見たことありますよー。
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新しい道を作り上げていくには、それまでに起こった歴史を理解していない限り、これまでに無かった言語聴覚士像を形づくることはできないなと改めて感じた。医学的にも社会的背景においても、現代に比べ様々な困難がありながら、聴覚障害をもつ人々の文化を築き上げてきた歴史的人物が、今の聴覚障害の実状を目にしたらなんと言うだろうか。医療分野の発展に感激するだろうか?少しずつでも発展を遂げ、ろう者や難聴者としての尊厳や権利を社会的に発信し、変化を生んでいることに喜びをみせるだろうか?恐らく、誰一人として満足する人はいないだろう。歴史が作られ、長い長い時間が経過したということは、その分、人も環境も同様に変化しているということである。当然のことながら、昔と現在では同じ聴覚に障害を持つ人々のニーズでも大きな変化があるだろう。私たちは、その時代やニーズに合わせて、求められるものに対して柔軟に、かつ新たな挑戦も取り容れて、決して満足することなく挑み続けなければならない。

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史料が存在していないため、先史時代の聾者や難聴者ろう教育について知ることが出来ないことを、今日の講義で気がつきました。
文字を読み書き出来ることを当たり前のように感じていていくら、古い資料を目にしても、「保存状態が良かったのかな」程度にしか感じたことがありませんでした。
しかし、保存状態の問題で、史料が存在していないのではなく聾者が、記録を残す風習がなかったと捉えると、とても大きな問題に感じます。
教育システムが整っておらず限られた人々しか文字を知らなかった環境を考えると当然のことなのかもしれませんが当時の状況を知ることが出来ないのがとても残念でした。
また、人工内耳が保険などを使うと3000円程度で装用できると知り驚きました。装用しただけで、聴覚活用できるという訳ではないので、問題が多いと思いますがまだまだ、改善されていくと思うし、人工内耳に似ついての知識も増やしていきたいです。

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「聴覚障害の歴史」についてですが、聴覚障害者に関して、18世紀以前はあまり資料が無い、ということは、歴史に名を残す機会を与えられなかった、ということで、特権階級に生まれなかった場合は特に、厳しい運命を甘受するしかなかったのだろうと思います。有史以来、友愛という概念はごく最近の産物なわけですから。今日の講義の中でも、障害を持った当事者で一番「昔の」人は、中途失聴のベートーベン、その後は19世紀まで名前がでてきませんでした。少なくとも、一般的にはそんなところだと思います。本来なら輝くべき多くの才能が活かされず、素質を磨く機会すら与えられず消えていったのだと思うと、とても残念な気がします。

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日本のろう教育の歴史が浅いということがよくわかりました。自閉症をはじめとする発達障害への対応も日本は大変遅いですね。何故なのでしょうか。教育水準も文化水準も高いと思われるのですが…残念です。
ミラノ会議について調べてみたいと思います。講義の中にお互いの考えや意見を交換できるような、グループワークの時間があるとよいと思いました。

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ミラノ会議聞いたことはあったんですが名前だけだったのですが、内容聞いてみたら結構偏屈した内容なのですね。しかし言語聴覚士の勉強する前だったら自分はどうしたかと思うと複雑なところです。

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今日は歴史ということでとても深いものでした。どのように手話や口話法が発展してきたのかについて改めて知ることができ、より理解を深めることが大切だと改めて感じました。
本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。
確認ですが、毎回のメールはちゃんと届いているのか不安になります。。今日は不具合があり何度か送信しました。

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今回の授業では歴史を学びました。自分は歴史(世界史など)好きでしたが、歴史を頭に入れていくと、今まで学習した用語や概念に時間の流れを加味して考えることができるようになり、知識に厚みが増すと思います。
また授業ではろう教育や学校制度の整備が、どこか遠い所のお話(ファンタジー?)ではなく自分たちと地続きの世の中の時間の中で行われてきたものだというあたりまえのことが実感できたと思います。

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先週の備忘録の中で、先生は、「身体障害者手帳制度があるのは、現時点で知っている範囲で韓国と日本のみです。他の先進国ではあり得ないと思います。」と書かれておられます。これをもう少し詳しくお話いただけるとありがたいのですが‥。

私は、たぶん、聴こえの状態や手帳の級数で細分化して人を分けていることや、日本では手帳を所持することでサービスを受けられること、言い換えれば手帳を所持しなければサービスを受けられないことなどをおっしゃっておられるのかと感じているのですが、どうなのでしょうか?また、では欧米での福祉的サービスは具体的にどのような形でなされているのでしょうか? おそらくその考え方や、サービスそのものが日本とは根本的に大きく違うように想像はできるのですが‥。是非宜しくお願い致します。

高山:アメリカの場合には医師やオージオロジスとによる診断書があればいいわけですから、ある意味で身体障害者手帳のような細分化されたシステムはいらないわけです。

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私は社会科の教員をしていたことがありまして、どんな小さなことでも子どもたちに伝えるために色々なことを調べていましたが、西洋の歴史を調べているとその中に共通点に気づきました。
今まで技術発展や文化発展に必ず宗教が絡んできていることがどこかしこにあるものであるなぁと感じました。たとえば、キリスト教の教会や礼拝堂などの絵画はキリスト教の聖書に書かれている内容を確か字が読めない人でもわかるように描いていたし、学校のはじまりも教会だったような気がします。ろう教育も教会が関わっているのだなぁと初めて知りました。
教育に関わることは何でも世界から大きな遅れをとっているのは実感しますし、現に予算等の絡みもあり教育へ予算配分も少ないような気がしてなりません。
手話の普及の部分で「君の手がささやいている」は原作の漫画で読みました。あそこまで自分も優しくなれればいいなぁと感じております。
質問
教員免許で友達から健常者の教員免許と障害者の教員免許があると聞きましたがどういうことなのでしょうか。

高山:障害者用の教員免許はありませんが、障害者の教職採用試験の枠は増えています。また、障害児教育のための免許はあります。友達が言っていることはそれのことでしょうか。

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昨日の講義では聴覚障害の歴史を概観し、以前別の授業で少し触れたが、ミラノ会議についてほとんど知識がなかったのでそれを学べた事が大きかった。
個人的には、やはり手話と口話法の併用が良いのではないかと考えているが、二択であったら自信をもってどちらかを選ぶことはできない。それは恐らく私自信が聴こえているからだと思う。ただ、もし身内で聴覚障害児が生まれたら、まずは口話法から学んでもらえたら自分が助けになれる部分が大きいのだろうと思う。

質問をさせて頂きたいのですが、日本はアメリカと比較して30年以上遅れているというのは現状のろう者の状況でしょうか。そうだとしたら、もう少し具体的にどの点が特に遅れているのか授業などでお伺いしたいです。

高山:ろう者というよりも福祉サービスやろう教育が欧米と比較して遅れているのは否めないと思います。それだけ日本は縦割りで組織が堅いということだと思っています。

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臨床福祉専門学校講義備忘録(2009年9月16日)


2009
09.29

臨床福祉専門学校「聴覚障害学演習I」受講生以外の関係のない方、興味のない方は、このページをスルーして頂いて結構です。申し訳ありません。

受講生の皆さん、講義の内容のまとめをアップするのが遅くなりました。申し訳ありません。シルバーウィークで、やっと時間がとれゆっくり皆さんの感想や質問を読ませて頂いています。皆さんの感想や質問については今週には掲載したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

今日の講義のポイントは聴覚障害児・者の歴史、特にろう教育について知ることでした。正しい歴史理解は言語聴覚士としての現在の課題を浮かびかがらせるだけではなく、学問や専門性の積み重ねとはどういうことかと再認識するものだと思っています。ろう者がおかれてきた状況を正しく理解し、常に相手の立場に立って適切な支援のあり方を考えることが出来る用になって頂きたいと思っています。すなわち、技術や知識だけではなく歴史などの理解を通じて言語聴覚士としての倫理観を養って頂きたいと考えています。

1.ろう者の歴史の理解

まずはグループで、ろう者の歴史について話し合い、年表に記入してもらいました。本とか見ないままで、どのような歴史があったのかを正確に書くことは難しかったでしょうか。ある程度の重要なろう者に関わる歴史の区切りぐらいは覚えておいてくださいね。

2.宗教による個別教育から社会事業家による学校教育へ

8世紀頃からろう児に言葉を教えたことが文献からわかっており、18世紀頃まではどちらかというと宗教関係者による教育が行われていました。目的としてはおそらく「聖書」を読むことが出来るようにすることであり、コミュニケーション能力の向上についてはまだまだそこまで考えられていなかったと考えられます。18世紀頃からド・レペなどによって聾学校が設立されてから学校教育の時代が訪れるようになりました。

3.ミラン会議

1880年にイタリアのミラノにて開催された第2回ろう教育者会議によって、口話法を推進するという議決がなされ、それがもとで世界中で口話教育による教育が普及しました。多くのろう者にとってはミラノ会議がろう者にとっての暗黒時代を招いたという語り伝えがあるのも事実です。口話教育が合わないろう者にとっては苦痛だったのでしょう。この会議で反対票を投じたのは、ギャロ-デット大学の創立者であるエドワード・マイナー・ギャローデットでした。

4.日本におけるろう教育者

京都盲唖院を設立したことで知られる古河太四郎は手勢法を発案し、身振りも使ったろう教育を始めています。高橋潔は、川本宇之介や橋村徳一、西川吉之助らによる口話教育が推進される中で、大阪市立聾話学校で手話を使ったろう教育をやっていました。高橋の考えとしては、口話を否定はしないが口話よりも手話による教育の法が合う子には手話による教育を重視するということでした。

5.オージオロジーの発達

20世紀は戦争などもあり、戦争負傷者の治療が進む中でオージオロジーが発達しました。テクノロジーの向上もあり、補聴器や人工内耳が発明され、聴覚を活用したろう教育も発達してきました。

高山

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日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会2009年度研修会のお知らせ


2009
09.29

日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会では2009年度研修会を、平成21年度独立行政法人福祉医療機構助成金(高齢者・障害者福祉基金「特別分」)事業をうけて、下記のとおり研修会をお知らせいたします。

聴覚障害者への支援は手話通訳などのコミュニケーション支援だけでは十分でなく、本人のコミュニケーションレベルに合わせて手話やその他の手段で会 話ができ、社会福祉士や精神福祉士の資格を持ったソーシャルワーカーが専門的に相談支援、生活支援をはじめとするソーシャルワークを実施する必要がある が、こうした専門的な支援を実施していくための現状と問題点を提起したいと考えます。

今回は、聴覚障害者をとりまく相談支援、生活支援、ソーシャルワークについて各専門分野から様々な意見や課題、問題点、現状などを発現できることを期待しております。

日 時  2009年10月18日(日)午前10時~午後4時

会 場   筑波大学東京キャンパス G501教室  (地図参照)

〒112-0012 東京都文京区大塚3-29-1

内 容

9:30    受付開始
10:00    挨拶・日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会の紹介~設立趣旨・活動報告など~
10:30    講演「聴覚障害者を取り巻く相談支援、生活支援制度の現状」
厚生労働省 担当官 予定
11:30    質疑応答
12:00~13:00  休憩  (昼食は各自用意するか周辺の店をご利用ください)
13:00~15:30 「聴覚障害者に対する専門的な相談支援、生活支援の現状と課題」
基調報告  日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会  理事
シンポジウム
出席予定  厚生労働省 日本社会福祉士会 日本精神保健福祉士協会
全日本ろうあ連盟 当協会理事
15:30~16:00  質疑応答
16:00        閉会挨拶
(パソコン要約筆記はあります)

参加費   協会会員 1000円 非会員 2000円

参加費は当日にいただきます。

参加資格 *当協会会員または聴覚障害者に対する相談業務を行っている方

*身体障害者相談員、ピアカウンセラー、手話通訳者等、聴覚障害者の相談支援に関心がある方

申込方法  研修会要項をダウンロードし、研修会要項および申し込み書FAX、またはメールしてください。

http://www.jaswdhh.org/wp-content/uploads/2009/08/JASWDHH_kenshuu_2009.pdf

研修会要項および申し込み書

申込締切  10月10日(土)ただし定員になれば締め切ります。

問い合わせ先 日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会事務局長 矢野耕二

〒150-0011 東京都渋谷区東1-23-3 東京聴覚障害者自立支援センター内

FAX 03-5464-6059   メール office@jaswdhh.org

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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年9月9日)


2009
09.14

遅くなりましたが、臨床福祉専門学校言語聴覚療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの第2回目の感想や質問を特に学生さんと共 有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえれば と思っています。

第2回目の講義は東西線の事故の影響なのかわかりませんが、提出された感想や質問が少なく感じています。毎回の提出は出席と同様にカウントしていますので、忘れている方は至急提出してください。

※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。

高山亨太

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電車のトラブルもそうですが、視覚的情報が少ないのは緊急時などは大変なんだなと身をもって実感しました。 聴覚にも興味もあり、補聴器や人工内耳もこれから勉強していくので、言語だけでなく聴覚にも精通したオールマイティな「言語聴覚士」を目指したいです。

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日本はアメリカにかなり遅れを取っているという事は授業で聞いていましたが、ここまでの差があるんだと思いました。言語と聴覚を分けてさらにより個々に詳しい専門家を作る事で患者さんにとってピンポイントなケアを提供することができると感じました。1限の赤沼先生の授業でもおっしゃられていましたがこれから医師の様に言語聴覚師の仕事も専門分野に早く分かれていけばいいなと思いました。

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お疲れ様です。先週は欠席してしまい申し訳ありませんでした。先週は先生の講義をうけられなかったため、初めての講義でしたが
講義を受けてみて、手話の理解の必要性を感じました。
講義の内容では、言語聴覚士の給与の低さに驚きを覚えました。前職は普通の会社員でしたが、27歳であれば役付き手当てを除いても額面28万はもらえたような気がします。先生が「皆さんには社会に出たあと言語聴覚士の社会的地位向上に勤めてもらいたい」
とおっしゃっていたのには同意しました。また、同時にどのように地位向上を図ればいいのかという課題が見えました。
しかし、アメリカのオージオロジストになるための条件の厳しさに比べ、日本の言語聴覚士になれる条件のゆるさを考えれば、待遇の差にもうなざかざるを得ません。しかし、一般的な社会人レベルとして年収で500万は40代でもらえるようにしなければ、家計の中心者となるには不安に感じます。
資格で働く職業である以上、患者さんはSTのスキルに対価を見出す事と思います。例え年収で600万もらえたとしても、それを「高い」と言われないよう確かな技術と知識を身につけなければいけないと強く感じました。

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今日の授業の感想ですが、私も日本のろう学校にSTがいないことを知り驚いたことがあります。現状として、聴覚活用をベースとしたろう教育はどの程度行われているのでしょうか?ろう学校にSTがいないということは殆どが手話などが中心ということでしょうか。アメリカでは具体的にオージオロジーがどのように聴覚しょうがいの方々と関わっているのか知りたいです。来週の授業も楽しみにしています。

高山:聴覚活用をベースとしたろう教育を実施しているろう学校は多いはずです。それは乳幼児時期や小学校レベルでの教育が多いと思います。しかし、近年はろう学校に手話が導入されており、聴覚活用と手話を併用した教育をしているところも増えています。誤解して欲しくないのですが、手話を活用した教育が増えているから言語聴覚士が増えないと言うことではありません。

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アメリカと日本の言語聴覚士の養成課程や立場の差を知り、かなりショックでした。でも、今出来る事をやるしかないですよね。

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まとめ
・アメリカのSTにはオージオリストと音声言語療法士の2種類ある。
・アメリカでは、専門職として6~8年の勉強が必要である。
・言語聴覚士法の制定 1997年12月
・「専門職」は一生勉強することを忘れないこと。
感想
今日は東西線遅延の影響で学校にくるまで疲れました。しかし、病院で働くとなると(社会人としてもそうですが)、遅刻してはいけないものなので、早めに家をでることを心がけたいと思いました。私は教員免許を持っているので、学校で働いてみたいなとちょっとだけ考えてしまいました。

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今日とても印象に残ったのはアメリカの言語聴覚士の現状が、日本とずいぶん異なっているのを知ったことです。患者さん、サービスを受ける人の立場に立てば、アメリカの方がずっと良いと感じました。日本では言語聴覚士は新しい職業ということで、既に力を持っている医師などがやりやすく、得をするように仕組みができているように思えました。やはりまずは実際に臨床の場で役に立ち実績をつんでこそ、制度も変えていけるだろうと思い、がんばろうと思いました。
特に疑問も持たず、覚えなくてはとしか思っていなかった法律が、全く違ったように見えてきました。やはり頭を固くしていてはいけないなと思い、何事も色々な方向から光を当ててみようと感じました。
また、自分の経歴をたどったことで、なんとしてもこれまでの苦労を仕事に生かしていこうとの気持ちを新たにしました。

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「自分史」においてこれまでの自分を振り返り、これまでは、人に言えるような自信のある人生ではなかったと考えておりました。 しかし、言語聴覚士においては、最低限の知識や理論は必要であるが、人生経験は様々であるとの言葉に救われたようです。これまでのコンプレックスはすべて解決には至らないかもしれませんが、言語聴覚士として自信をもって患者様に対応することが患者様の不安を取り除く術の一つであると考えました。これからは、良い自分も悪い自分もすべて自分と認め、「自己知覚」を意識し、この決して長くはない2年間のうちに吸収できるものはすべて吸収していこうと感じました。

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今日の講義の中で、パラリンピックではなく、聴覚障害の方のためのデフリンピックという大会があるのを初めて知りました。今まで聴覚障害の方もパラリンピックに参加しているものだと思っていました。先生が講義の中で、スタートの音が聞こえないから、パラリンピックは出れないとおっしゃっていて納得しました。また、自分史を作成した中で改めて過去を振り返ってみると、色んな経験してきたんだなと実感しました。先生はアメリカの本場で学んで来られて、たくさん色んな経験をしていると思いますので、臨床での経験を教えていただきたいと思います。

高山:間違えて発言したのかもしれませんが、デフリンピックはスタートの音が聞こえないからパラリンピックから離れたのではないんですよ。もともとろう者もパラリンピックに出ていたんですよ。ただ身体的には問題ないので、他の障害者と一緒になると競技にならないわけです。そのような経過があり、デフリンピックとして独立したという歴史があります。

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他の先進国に比べても多くの軽度中度の聴覚障害者が支援を受けられないという事実に驚きました。聴覚障害者の方が暮らしづらいことが最も重大な問題であることは確かですが、当事者以外にとっても全くメリットがないとも思いました。稚拙な考えかもしれませんが、環境問題への対策が新たな雇用、技術や知識を生むのと同様に、障害者支援の幅を広げることも社会全体にとって利益があるはずだと思うからです。一時的な不利を被る一部のパワーグループの存在があるのかもしれませんが、一体何がそんなに対応を遅らせているのか、疑問に思います。
しかし一方で、これまでずっと聴覚障害者の視点から見た社会の不便さについてちゃんと考えてこなかった自分も、日本の対応を遅さに荷担していたとも言い換えられて、とても反省します。
健康教育についてRene Sand(1635)の「健康は住民にただ与えられるわけではない。そのためには住民が参加することが必要である」という言葉を引き合いに出すと、私も言語聴覚士としてまず自らの実践を通して、コミュニケーションバリアの減らし方、無くし方を創っていくだけでなく、その取り組みにできるだけ多くの人を巻き込んでいけたらと思います。

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質問
○アメリカと比較すれば、日本のSTがまだまだだということはわかりましたが、日本ならではの良さはないのでしょうか。
○何か聴覚障害のかたと接することの出来るボランティアはありませんか?
プリントに、当事者との会話・交流と書いてあったので、あぁ交流してみたいなと。

感想
○先生、いつから私たちは、耳が聴こえることを良しとし、聴こえないことを可哀想だと思うようになっていたのでしょうか。
気が付いたらいつのまにか障害のあることを可哀想と思うようになっていました。
見方を変えれば、耳が聴こえる故の物事もあるわけで、聴こえる=不便ということもありますよね。
もっと幼少の頃から色々な人と接する機会があれば、そうは考えない人になっていたのかな、と思いました。

高山:日本ならではの良さとしては、言語療法と聴覚療法を一緒にした資格が制定されたことでしょうか。逆の見方をすれば一緒になった資格って珍しいんですよね。先進国の中では。他に良い点でもあり、悪い点なのかもしれませんが、2つめは多様な教育課程があるということでしょうか。ボランティアの方法はたくさんありますよ。ろう者のための施設がありますので、そこに尋ねる方法もあると思います。

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聴覚障害者の一般的な区分の部分について、同じ障害がある方の中でも、育ってきた環境や価値観によっても、様々であり、枠組みだけで見てしまわずに、それらの要因を知る事が大切だと思いました。

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まず、自分史を書いてみて、「書くことが何もない」と思っていたのに、書き始めると、意外にたくさん書くことがあったことに驚きました。自分が今までやってきて、失敗したこともうまくいったことも、ただ考えようとしていなかったのだと気付き、また、どんな小さなことでも今の自分があるのは、そんな小さなことの積み重ねなんだと改めて感じました。人と関わる仕事をする上で、相手を理解することはもちろん大切なことだとは思いますが、まずは自分自身を知る必要もあるのではないかと思います。今日授業でやったように、時々文字にして自分の人生を書き出してみることで、自分自身の理解を深めていくことも大切なんだと思いました。
次に、アメリカと日本におけるSTの位置付けの違いがあんなにも大きいということに非常に驚きました。日本では大卒、アメリカでは院卒という違いについてはどちらも一長一短あると思います。臨床に出る前に専門知識をしっかり深く学んでおくことは大変重要なことだと思います。しかしながら、現場に出て初めて学ぶこともたくさんあるはずです。現場でしか学べないことも多くありますし、「経験」が求められる場面もたくさんあります。分野は全く異なりますが、以前働いていた時、私はそのように感じました。どちらが正しいわけでもなく、間違っているわけでもなく、私はただ、人によって勉強方法が異なるように、国によって過程が異なるだけで、現場で働くSTの目指すところは同じなのではないかと思いました。
新しい発見の多い授業でした。ありがとうございました。

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冒頭、手話講座を開いていただきありがとうございました。焦って汗をかきました。
本日の講義の「難聴の障害者手帳の基準について」「言語聴覚療法士という学問体系について」それぞれ、アメリカと日本の比較することでいろいろと見えてくる『バリアの多い日本』について考えることが多い授業でした。
またアメリカとの比較から『言語聴覚療法士』という仕事が、今後どのようになっていくかどうやってその専門性を深めていくかというところを近い将来、専門家となる私たちが担っているんだという思いをあらためて感じ、身の引き締まる思いがしました。
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アメリカでは州ごとに資格条件が違うということで、他州に働きに出るのには大変なのだろうな、と思いました。
条件も違うということは、もしかしたら微妙に業務も異なってたりするのかも…と思いましたが、基本が出来ていればあとは応用みたいな感じなんでしょうか。そうなれば、出来て当然がプロの道ですね。

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今日は、日本とアメリカにおける言語聴覚士を取り巻く状況の違いを知り、驚くことが多くありました。アメリカでは、オーディオロジストと音声言語療法士がそれぞれ独立した資格になっていて、専門職としての地位も確立していることがよく分かりました。一方、日本では聴覚療法も含め言語療法士になっており、業務独占ではないのでまだまだ医師や看護師の補助的な役割としての扱い
であるのかなと思いました。
また、身体障害者の認定においても、日本では70dBというのは、重度の方しか認定を受けられないので、支援としては不十分だと感じました。障害を持つ方がより良い生活を送れるように、この点は改善する必要があると思います。

ーーーーー

今日は、このような気付きがありました。 ○「話を聴く」ということについて、自分史を通じ、再発見のあったこと。○「ろう者」と一口に言っても、人生の辿ってきた道のりにより、その様子は様々であること。○「専門職の捉え方」について、具体的な視点を得たこと。細かな気付きが沢山あったのですが、自分史を振り返って感じたことを書きます。
****「話を聴く」ということについて。
【10年前の自分史】私は社会福祉士です。通信教育でしたが、現場に出て、「人の話を聴く」ということを学びました。社会福祉士は「相談」という専門的な会話を用いて、生活の様々な関係性を見立て、関係性に働きかけていく職業です。10年ほど前、まだ社会福祉士の通信教育を受けていた時のことです。ある先生が、自分史を振り返る時間を取ってくださいました。そして、20名ほどの参加者が、一人ひとり順番に振り返りの内容を話しました。
1時間ほど経って最後のひとりが話終えた後、その先生は、「今、皆の話を聴いた経験が、後から役に立ってくる。自分の価値観に照らし合わせて考えるのではなく、相手の価値観から、その人の経験をみるつもりで話を聴く」というようなことを教えてくださいました。言葉の細かい部分は忘れてしまいましたが、おおむねこのような内容だったと記憶しています。その先生の在り方、話を聴く姿勢、経験を受け止めてくださる安心感。そのような専門職としての能力と態度と感性は、いまでも私の在り方を方向付けています。
【10年経って】
それから現場に出て、多くの人に出会いました。多くの人に出会うほど、聴くということが、とても難しいことだと感じています
。なぜなら、自分の経験したことに基づいて、自分の経験したことのないことを想像するからです。相手の話を聞くと、自分の経験したことに基づいて、自分の感情や価値観が立ち上がります。しかし、相手の経験したことと、立ち上がった感情や価値観とは、明確に違います。人体の構造・機能の共通性や、言葉や仕草の意味、社会的背景の共通性、相手の価値観への認識などの影響によって、相手の経験とのずれが修正されていきます。今は、「話を聴く」ということについて、このように考えています。
【今日】
今日は、自分史を書いた後、クラスメイトと話し合いました。話し合った後、ふと、10年前のことを思い出しました。私は隣の席の友人の話を聴けたのだろうか。10年前と比べて、どれほど変わったのだろうか。襟をただす思いがします。
貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。

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アメリカのドラマ『ER』を観ていて、ナースの地位が高いこと(ドクターと対等)を不思議に思っていましたが今日の講義で納得しました。アメリカにおける対人援助職の養成システムは日本と比較になりませんね。他にも特別支援学校の教員が障害児教育のエキスパートだったりと、アメリカは嫌いですがそういった点はさすがだなと思います。日本の言語聴覚士を言語のエキスパートと聴覚のエキスパートに分けてほしいとは私も思っています。

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自分史、慌てて書きましたが、自分のこれまでを振り返り、自分について考える事は必要だと感じていたので、また考えてみます。先生の自分史もせっかく書いて頂いたのに、よく読めませんでした。3歳で聴力を失うと書いてあったと思いましたが…。それまでは聴こえていたんでしょうか?言葉は?失礼だったら申し訳ありません。言語療法と聴覚療法が一緒なのは日本だけということですが、学校の授業も何の説明もなくごちゃごちゃに進んでいるので、私の頭の中でははっきり区別できません。言語療法は聴覚障害のない言語障害を扱うもので、オージオロジストは聴覚障害を理解し、補聴器や人口内耳、手話、聴覚口話、言語療法について扱うもの?ですか?すみません。もっと調べておきます。

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本日授業の〈自分史〉は改めて客観的にみることで自分を振り返る良い機会となりました。ただグループ全員の話しを聞けなかったのが残念でした。話しあいの時間が人数に対して少ないように感じます。もう少し時間をとっていただけたらと思います。また日本とアメリカにおける専門職種のあり方の違いに驚きました。試験を経て現場に出ても、なお学びが大切だと改めて感じました。本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。以上

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今日はアクシデントもあり、手話を教えて頂いて嬉しかったです。手話の本を買って気づいたのですが、「これは相手の動きも見ての理解が必要で、一人で本から勉強するの大変だ」と思いました。
…ということは、聞こえがあまりよくない方が手話を身につけるっていうのは沢山の努力(適切な表現か悩みましたが)があるんだ、と体感しました。
よく思いやりとか相手の立場になって、といいますが、今日はそういう言葉の責任みたいなものを痛感しました。

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今日は人数が少なかったので、最初ゼミのようでした。手話を少しでも学べて楽しかったです。
またアメリカと日本のオーディオロジストの仕組みの違いに、それぞれのメリットがあると感じました。アメリカに比べ日本のST養成期間は短いですが、自身の専門知識の理解への責任はアメリカも日本も変わらないので、真摯に勉強しなくてはいけないと思いました。

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アメリカの、オーディオオロジーやスピーチセラピーの話は、ほかの授業ではあまり取り上げられることはなく、面白かったです。
後、自分史の話で、「自分の経験はおのずと言語聴覚士としての経験に役立ち・・・。」と、言う話の際、以前通っていた大学の先生の話を思い出しました。
その先生は、「何でもいいから取りあえずやってみろ。そして、そこで何かを感じる事が大事なんだ。」と、いっていました。
その先生いわく、何をしたかとか何をやったかではなく、そこで何を思ったのか、何を感じたかが大事であると言っていました。その話を聴いて自分も共感していました。物事に取り組む前から、結果が見えているものでも、頭で想像したものと、やってみるのでは感じるものは違います。
景色などは、写真家が撮った写真のほうが綺麗ですばらしいものですが、実際にその場にいけば違ったものを感じられます。例えそれが、いいものであろうとなかろうと、感じるものは写真とは比べられないと思います。もし仮に何も感じず、金策に走り淡々と作業をこなすのであれば、ごみ拾いをしていようが、総理大臣になろうが同じだと思います。知識や考えは本や、マスメディア、インターネットでお手軽に入る時代です。「自分には自分の意志や考えがあるんだ。」といって、その辺から得た情報で、周りと大差ないことを言う他所の国の人たちに、何の意味があるんでしょうか・・・?
それより実際にやってみること、そしてそこで何かを感じようと思うこと。そのほうが、自分は大事だと思います。なので、「自己知覚が重要」が、とてもよかったと思いました。

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今日もありがとうございました!授業内で電車トラブルでの情報伝達について、高山先生のご苦労をお聞きし大変勉強になりました。今朝は電車の情報が少なく勘を頼りに行動しましたら間に合いましたが、私もとても不安になりました。詳細な情報が欲しいとつくづく思いましたが、高山先生はもっとその気持ちが強かったと思います。ユニバーサルデザインではありませんが、ユニバーサル情報伝達の普及も日本には必要ですね!アメリカ(あまり電車はないかもしれませんが…)では、同じような事態になった場合、どのような対応がなされているのでしょうか?

今日の授業は、高山先生のご専門でしたね!高山先生が私たちに期待して下さっていることが伝わってきました。専門家として現場に出ても日々勉強に励み、専門性を高めたいと思います。来週の授業も楽しみです!よろしくお願いいたします。

高山:アメリカは接客というか対応が悪いので、日本のように丁寧には対応してくれませんし、日本みたいに視覚ディスプレイが多くないんですよ。車社会という背景もあると思います。意外と電車に関しては日本の方がバリアフリーですよ。

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アメリカにおける言語聴覚士養成に対する取り組みが充実していることに驚きと感動を覚えました。アメリカ社会において、言語聴覚士の重要性が認められていることが伺えました。ろう学校やインテグレーションの学校にも言語聴覚士が当たり前のように配置されている現状をみると、日常生活の中で身近に感じられる存在であるということも感じました。
難聴や構音の障害などで頭を抱える親御さんやご家族はたくさんいます。しかし、どこに相談していいのか分からない、またご家族の独断で、相談行くことを躊躇してしまい、あれよあれよという間に時間が経過し、取り返しのつかない状況に陥ってしまうことが往々にしてあると思います。もう無理だとあきらめ、泣き寝入りしてしまうケースもあるのではないでしょうか。いかに、日本における、言語聴覚士の理解と認知が低い現状であるかということを目の当たりにした気がします。
これからの言語聴覚士を日本社会に知ってもらい、なくてはならない存在であることを訴え続けていくことは、言語聴覚士を目指す私にとって重要な任務の1つであると思いました。ありがとうございました。

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アメリカとの比較を通して、日本の言語聴覚士として特性を活かして、向学心をもち続けることが大切だということ。力をつけていかねばと思いました。勉強しなければと気が引き締まる思いでした。ありがとうございました。 アッシャー症候群などが増えてきているとのことで、授業でも取り入れてほしい。

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日本の医療専門職の養成過程が米に比べて簡易であることは、この業界では知られていることだが、それにどのような意味があるか考えたい。
米ではオーディオロジストとスピーチセラピスト、双方ともに院卒以上の過程が求められるのに対し、日本では言語聴覚士の過程は特に簡易であるといえる。しかし、日本での言語聴覚士は国家資格としての歴史も浅く、患者に対しての数も足りていない事実がある。給与も米に比べて低い。つまり、専門職としての確立があまりなされていない。この事は、患者に適切な医療サービスが提供できなくなる要因ともなり得る。よって、言語聴覚士全体としての課題として専門性の向上と、それにより専門職としての地位を確立する必要があるように思う。
対して、養成過程が簡易であり、また日本には国民健康保険があることから、患者にとっては低コストで言語聴覚療法が受けられるメリットもあると思う。この事は軽視できない。いずれにせよ、今日の講義では、言語聴覚士の専門性を高めていく努力は急務であると考えさせられた。

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人間の生きてきた過程は人それぞれ異なっているものだし、だからこそ個人の考え方や今後の生き方が同じものにならないのだと
思うけれど、STという同じ目標を持つこととなった以上、個々の能力に違いがあってはおかしいし、それはそれぞれの持つ志にも
同じことがいえるだろうと思いました。特に、実際にSTになったときの事を考えると、誰が見ても理解・納得できる、STとしての確かな指標(できる分野を分けるとか、もっと徹底的にルールを作るとか)が、今の日本の制度には必要になるのではないかな、と思いました。

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今日は、『自分史』が印象的な授業でした。何に使うのか分からず何を書いていいか戸惑いがあったのですが、近くの席の人と、見比べていくうちに書き加えられる事柄があったり、新しい共通点が発見出来たりと、自分史一枚で、個性が出ていて面白かったです。何より。自分と、人は違うんだと認識させられました。
今日まで、自分と人は違うと言われれば、それを「当然だ」「分かっている」と頭だけで、思い込んでいた部分がありましたが、
自分史を交換してみたことにより素直に、違いを認識することができました。
自分の感覚で、物事をとらえがちですが、広い視野を心がけ、偏った考えに陥らないように気をつけたいと思います。
また、別の機会に「自分史」を活用させてみたいです。

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お世話になっております。本日は、電車遅延のため1限の授業に出ることができませんでした。手話の話や、身体障害者手帳のお話をされたとか。興味がありましたのでとても残念です。
世界と日本とはかなり差がありますね。日本はかなり厳しい!!しかも両耳聴力70dBからというのはヒドイですね!!夏休みに発達障害について少し勉強しましたが、こちらも療育手帳の交付に際し、IQの判定に厳しいものがあるそうです。高機能広汎性発達障害者でもIQが91以上あると取得が困難らしいのです。この手帳の有無により、就職の際かなり影響がでてくるらしいのです。複雑な気持ちです。

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本日の講義では、Professionalの文字が心に残りました。やはり、言語聴覚士を目指す者としての自覚や甘さなど考えさせられました。

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お疲れ様でした。今日は、アメリカと日本の言語療法、聴覚療法の事情の違いや、プロフェッショナルとなるための修業年限の違いなどを学習しました。他国での状況はあまり知らなかったので、私にとってとても興味深い内容でした。
日本では、STへの訓練期間が2年とアメリカと比べて短期間で資格をとることができ、自分のような、就職までにあまり長い時間をかけることができない人間にとっては日本の制度は恵まれた環境であると思いました。
同時に、日本での2年間の学習では学びきれないはずの、多くの事柄を、アメリカの学生はじっくり学んでいるのだろうと意識するきっかけになりました。オージオロジストやスピーチセラピストの、大学でのカリキュラムを知りたいです。
将来自分がどのような道に進んでいくのかはまだわからないですが、できるだけ視野を広く取り、将来できたら海外の専門家ともコミュニケートできるようなSTになることを、理想と思います。そのためには、資格取得後も学ばなければいけないことが、沢山ありそうです。
それから、、今日はコーラにバニラ味があるとはじめて知りました。(笑)日本のコーラは味が1つだけ、というのも考えてみると不思議です。

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地下鉄のアクシデントに関連して、電光掲示板の話がありましたが、1行表示で、しかもけっこうなスピードで流れてしまうので、あれもあまり見やすくはないと思います。構内アナウンスの内容も聞き取りにくくて役に立たないことも多く、頼りにしたいところなのですが。あの掲示板を設計した人は満員電車で通勤などしたことないのでは、等とよく思います。LEDなども進歩しているのでしょうから、表示方式の改良、大型化など、本来の目的にかなうようにして欲しいです。

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教科書の第8章を読んで、聴覚障害に関わる団体が色々とあることを知りました。その中で私は手話を覚えることでコミュニケーションやり取りに幅の広がりが出来るのだろうなと感じました。
そして、聴覚に関わる専門職として必要なのだなと先生から頂きましたレジュメを読んで思い、そして聴覚障害の理解を高め向きあえるように頑張らなければならないといけないと私は思いました。

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僕にとっては初回となった今日の授業では、日本の言語聴覚士の制度の欧米との違いについて学びましたが、その制度ゆえに、日本の聴覚障害者の人たちへの支援が、欧米と比べて充実しているとはいえない状況にあるのではないかと感じました。
また、遅くとも最後の授業までには、50音を手話で表現できるようになりたい思いました。

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入学して、言語聴覚士の職業範疇が広いことに驚いたのですが(えん下と失語しか知らなかった)、同時にそれ以上に、医師の指示がないと何もできないということがショックでした。今日はアメリカの言語聴覚士のステイタスの高さを知りまたまたショック!です。でも腐らず精進して、発言の場が増える→世間にもっと認められるようにプロフェッショナルせねばいかんですね。それ以前に私は落ちこぼれなんだから、そんな意味からも頑張らねば!

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今日は人数が少なくて淋しかったですね、日米の言語聴覚士の違いはもう少し何とかして欲しいです。やることが多くて大変になりそう。

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本日、講義ありがとうございました。先生が何か知りたいことない?と聞かれ、私は、言語聴覚療法は医療なのか教育なのかどっちなの?ということが知りたいと思ってその話をいたしました。
私は中学校や高校、養護学校(知的障害部門)の臨時講師をしていました。養護学校では自閉症やダウン症の生徒たちと一緒に悪戦苦闘しながら1年間すごしました。ただ、特殊教育免許がなく知識もなく、普通の教員免許で教えていました。現状は今も変わらないと思いますが、今思うと不思議だなぁ何で普通の教員免許で指導できるんだ?とおかしく思いました。言語聴覚士は資格として思うのは、教育がかかわるような分野が非常に多いと思うのですが今まで勉強してきても内容は医学分野がほとんどであれ?と思うことも多いです。
何で教育が置き去りにされているのか不思議に思っていたのですが、その問題点は約40年ほど前から議論されていたようです。調べたところ1960年にWHOのパーカー教授の勧告で言語聴覚障害分野の訓練をする施設がいくつか作られたようです。
もともとことばの教室と言ってSTの資格ではなく教員免許の人が指導しているので門戸開放と教育と医療の一体となったシステムが必要と考えていますがどうなのでしょうか。なぜ、医療と教育が別れたままなのかがしりたいです。

高山:私個人の考えではありますが、教育委員会のシステムの弊害、文部科学省と厚生労働省がつながっていないことが挙げられるのだろうと考えています。

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プロフェッショナルとしてどう在るべきか。自問自答しながら、今から意識して知識と自分の在りようを見つけて行きたいと思います。

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東西線の事故のために、手話講座がありラッキーでした。自分の名字がやっと覚えることができた程度ですが、導入の参考になりました。聴覚障害者の人数の認識が、米国と違っていることを以前から疑問に思っていましたが、今回の授業で基準の閾値レベルの違いがあることが示され、理解できました。

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今回の授業で、自分史を書き、これまで自分がどんな経験をし、どんなことを考えてきたか振り返ることができました。STとして、これまで経験してきたものを活かすことができるようになりたいと思いました。
また、日本は世界と比べてどれだけ遅れているか、差が出来てしまっているか、これから変えていくべき問題点など、STとして自覚していくことが大切だと思いました。

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聴覚療法の進むアメリカと日本の差に気付かされ、自分の知識の無さを痛感しました。先生はなぜ学び続けられるのですか。また、先生は聴者と口話法だけで、会話が可能だと思います。それなのになぜ手話を覚えようと思ったのですか。

高山:ろう者との出会いが手話を覚えようと思ったきっかけでした。その人が持つろう文化や考えに魅せられたというのも理由の1つかもしれません。ろう者との出会いがなければ、こうして講義をすることもなかったと思います。不思議ですよね。

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授業にて、専門性を高める努力が必要と感じました。 アメリカのオーディオロジストは、6年。スピーチセラピスト8年勉強するということから、専門家になる為には、それだけの知識を身につける必要があるのだと思いました。 また、自分自身がわからないことが多く、努力が足りないと感じました。(国連、障害者権利条約があることを恥ずかしながら始めて知りました。)
日本で2年間という短い時間の中でどれだけ専門性を高めることができるのか?と考えると、知識を身に付けること・STの先生やひとに触れること。この二つを平衡させていくことが必要だと思いました。 時間を上手く使い、様々なことに興味を持ち、勉強していきます。

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参考になった点についてですが、障害を持たない私たちが障害を知る術は
1 当事者と関わる
2 書物を読む
3 携わった方の話をきく
4 想像する
と、最初に思い浮かんだので学校に通いはじめてから意識をしていました。しかし、返って解らなくなったり先入観や思い込みが増えた気がします。

高山先生に『あなたは手話が使えなくて可哀想、聞こえて可哀想だと思う。』と言われた時、その言葉は見方を変えれば想定内の発言でした。私も一度は同じことを発想していたように思いますが、本当に言われた時ハッとさせられました。恐らく私は、障害に対して理解が乏しく、見方を変えて発想することなど腹落ちしていなかったんだと思います。私は中途難聴の気持ちが分かることがあったとしても、生まれつき難聴の方の気持ちは理解することはできないと思っています。ただせめて、先入観や固定概念や誤解を減らしたい。
そのために当事者の方にできる限り食い付いて(それを受け入れてくれる方に)考え方を修正したら良いのではないかと感じました。

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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年9月2日)


2009
09.14

遅くなりましたが、臨床福祉専門学校言語聴覚療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの感想や質問を特に学生さんと共有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえればと思っています。

※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。

高山亨太

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臨床福祉専門学校講義備忘録(2009年9月9日)


2009
09.10

臨床福祉専門学校「聴覚障害学演習I」受講生以外の関係のない方、興味のない方は、このページをスルーして頂いて結構です。申し訳ありません。

学生の皆さん、今日は東西線が動かないというハプニングがあり、お疲れモードだったと思いますが、授業に参加できなかった方や遅刻した方はレジュメをよく読んだり、同級生に聞いて今日の内容を理解するようにつとめてくださいね。

今日もたくさんの感想や質問を頂きました。私だけが読むのはもったいないと感じています。独断ではありますが、プライバシーを害しない程度に可能な範囲で皆さんの感想や質問を学生の皆さんと共有したいと思っています。感想や質問の提出の有無は毎回チェックをしていますので、まだ提出していない方は必ずご連絡ください。

今日の講義のポイントはいろいろありますが、各自で自分なりのとらえ方で結構です。現状を理解した上で、どのように変えていくのかという、アセスメント、計画立案の能力を磨いていくつもりで考えてください。

今日の講義の狙いは、聴覚障害の定義について法的な面から世界と比較して考えてもらうことと、言語聴覚士としての専門性や課題についてアメリカとの比較から学んでもらうことでした。

  • 聴覚障害の定義について

日本で法的に聴覚障害者と認定されるためには、身体障害者福祉法の定義に準することになります。身体障害者福祉法では身体障害者手帳制度がありますので、それに合わせて聴覚障害の程度に合わせて障害等級が決定されます。1級から7級まであります。1級ほど重度の障害者と考えても差し支えないと思います。ただ、聴覚障害単独の場合は、2級が最高になります。聴覚障害の投球は、6級から認められることになり最低でも両耳平均聴力70dB以上、もしくは片耳90dB以上で始めて身体障害者福祉法上の定義に合致するわけです。すなわち、それ以下の軽度・中等度聴覚障害者は福祉のサービスの対象になりにくく、適切なサービスを受けられない状況が起きてしまうわけです。そのような状況が日本では起こっているわけです。授業中は言いませんでしたが、身体障害者手帳制度があるのは、現時点で知っている範囲で韓国と日本のみです。他の先進国ではあり得ないと思います。

世界的には、世界保健機関などを中心におおよそ25dB以上から聴覚障害者として認めています。日本の定義は世界基準と比較して厳しすぎる点が考えられます。そのため、だいぶ前から中途失聴者などの団体を中心にデジベルダウンの要望が出されていますが、まだ実現・法律改正にまで至っていません。ただ、そのような現状の中で都道府県や市町村レベルで軽度・中等度聴覚障害者へのサービスを提供し始めたところも増えています。

「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」「盲ろう者」「(健)聴者」など様々な呼称がありますが、それらはあくまでもカテゴリーに過ぎません。大事なことは、その人がどのようにアイデンティティーを確立してきたのか、どのように人生を経てきたのかを理解することが大事なのです。中途失聴者でも、手話を習いろう文化にふれあう中でろう者として自立していった方もいます。カテゴライズを好む言語聴覚士にならず、クライエントの感じ方を大切にしてください。2006年には、国連が障害者権利条約の中で、手話は言語であると認めています。国際的な動向としては、文化的言語的少数者としてのろう者の存在を認め、手話も認めるところが増えています。大事なことは、医学的観点から捉えるだけではなく、文化的言語的観点からも聴覚障害者を捉えることなのだと思っています。つまり、dBの程度だけではその人なりを理解することはできませんし、サービスを提供できるわけありません。

世界保健機関が提唱している「国際生活機能分類」も機会があれば様々な文献に目を通しておいてください。

  • 自分史

言語聴覚士としての理論や知識は最低限統一されていなければなりませんが、それまでの人生経験は様々で結構なのです。クライエントも聴覚障害者として、ろう者として、難聴者として、また聴覚障害を負うまでの人生で様々なことがあったはずなのです。皆さんの人生経験は言語聴覚士としての1つの武器になるはずです。言語聴覚士としてのアイデンティティーにもつながると思います。しかし、様々な言語聴覚士がいますから、専門職として律するために「言語聴覚士法」「倫理綱領」があるわけですよね。倫理綱領(Code of Ethics)については、アメリカはかなり厳しい条文になっています。裁判社会という社会的背景も影響していますが、それだけ専門性が高いということにもなりますね。

  • 言語聴覚士の専門性とは

言語聴覚士法の第2条の条文ぐらいは覚えておいてください。基本です。

言語聴覚士という、SpeechとHearingの両面に関わる専門資格があるのは先進国の中では日本だけです。専門分化が進んでいる、アメリカから見たらあり得ないわけです。アメリカは聴覚はAudiologist、言語面はSpeech Patologistと専門家が別れているからです。皆さんはその2つの専門性を2年間で学ぼうとしているのです。善し悪しの問題ではなく、それが日本の現状であり、見方を変えれば強みとも言えます。生涯にわたって研鑽を積む中で、中身だけでもアメリカのAudiologistに近づけるようになってください。すでにアメリカでAudiologistというとほとんどの皆さんがDr、すなわち博士なんです。学歴だけ見たらかなり差があります。日本はどのようにあるべきなのか、各々で考えてみてください。なお、参考までに文献を配布しましたが、そこに言語聴覚士が成立するまでの過程が書かれています。世界保健機関の勧告を受けて、はじめの案としては言語療法士と聴覚療法士が別々に考えられていた事実もあるのです。文献(言語聴覚士(国家資格)誕生までの概略とその養成)はよく読み込んでおいてください。

ろう学校におけるオージオロジスとの雇用などを見たら、日米でも差があります。私個人の考えとしては、ろう学校も専門細分化しても良いと思っています。

講義中は触れませんでしたが、専門職の専門性についての部分も各自でよく読んでおいてください。専門家として成立するための要件や要因がいくつかあります。日本の現状と照らし合わせてみてください。

次回までに、教科書の28ページから38ページ、64ページから69ページ、235ページから238ページまで読んでおいでください。また、配布した「ろう教育の歴史と現状」も目を通しておいてください。次回は、ろう教育や医療・福祉の歴史を概観しながら、現在の現状について講義する予定です。

高山

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新世界記録おめでとう!


2009
09.10

現在、9月5日〜15日まで台湾にて開催されているデフリンピック(Deaflympic)が実施されています。オリンピックの下部組織であり、パラリンピックから独立して、ろう・難聴者だけで競技を競うオリンピックです。

今日は、ハンマー投げの競技があり、筑波の後輩である森本真敏君が新世界記録で金メダルを取りました!以前から、ろう者のハンマー投げ世界規則保持者(ギネスブックに掲載されています)でしたが、このところなかなか記録が伸びなくて苦しんでいたという話を人づてで聞いていましたので、最後の投擲チャンスでの新世界記録樹立(61.08メートル)での金メダルには感動しました!

インタービューでも言っていましたが、プレッシャー、緊張の日々で大変だったと思います。しばらくはゆっくり休んでください。筑波でお祝いしよう!

http://www.jfd.or.jp/sports/21sd/arc/1862#more-1862

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ギャロ−デット大学新学長候補者発表


2009
09.04

ギャロ-デット大学より、新学長候補の選考結果が発表されました。最終候補として選考されたのは、男性3名、女性1名の計4名でした。みなさん、いずれも自身がろう者で博士号を有する方々です。まだまだろう学校や大学でろう者の学長が誕生していない日本では考えられない状況ですが、なんともうらやましい限りです。筑波技術大学もいずれ実力のあるろう者が学長として立候補する日は遠くないと思います。候補者は以下の通り。

Dr. T. Alan Hurwitz, president, National Technical Institute for the Deaf (NTID) and vice president/dean of Rochester Institute of Technology for NTID(T・アラン・ハーウィッツ博士、 ロチェスター工科大学NTID担当副学長兼国立聾工科大学(NTID)学長)

Dr. Ronald J. Stern, superintendent/chief executive officer, New Mexico School for the Deaf(ロナルド・J・スターン博士
ニューメキシコ州立ろう学校校長兼最高経営責任者)

Dr. Roslyn Rosen, director, National Center on Deafness at California State University, Northridge(ロズリン・ローゼン博士
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校・全米ろうセンターセンター長)

Dr. Stephen F. Weiner, provost, Gallaudet University(ステファン・F・ウェイナー博士ギャローデット大学副学長)

臨床福祉専門学校講義備忘録(2009年9月2日)


2009
09.03

おはようございます。朝早くから、すいません。

臨床福祉専門学校「聴覚障害学演習I」受講生以外の関係のない方は、このページをスルーして頂いて結構です。ごめんなさい。

さて、臨床福祉専門学校の皆さん今日はご苦労様でした。たくさんの感想・考察・質問を頂きました。皆さんに返事を出したいところですが、皆さんが書いて頂いたことは毎週の講義やこの備忘録にて反映させていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。書くことで論理的に振り返ることが出来るということもあり、短くてもいいので必ず毎講義終了後にメールでの提出をお願いします。めんどくさい講義がひとつ増えたなぁと思うでしょうが、一期一会と思って全15回の講義につきあってくださいね。あくまでも、「各論・総論」ではなく「演習」なので皆さんの積極的な参加・出席を求めます。

ホームページの左側にある「カテゴリー」欄にも「臨床福祉専門学校備忘録」を追加しましたので、受講学生の皆さんは定期的に目を通してください。

  • 今日の講義の狙い

今日は、聴覚とは?聴覚障害とは?ということで、医学的解剖学的側面だけではなく、文化的社会的側面からも捉えて欲しいとディスカッションして頂きました。狙いは、皆さんに多様な理論を持ちつつ、多様な視点、見方を柔軟に持って頂くためのきっかけとして自身で捉え直してもらうことでした。それが、おのずと言語聴覚士としてというよりは、オージオロジスととしてのアイデンティティー確立に大きく貢献してくれるはずです。

  • 使用教科書などについて

基本的には、奥野英子編著「聴覚障害児・者支援の基本と実践」を適宜活用しながら、その他の参考文献も活用していこうと考えています。高山より配布される文献や資料だけではなく、自分からも能動的に疑問に思うことは自ら資料を収集したり、検索したりしてみてください。

  • ノートについて

ノートというか、オージオロジスととして現場に出たときに自らだけではなく、クライエントにとっても役立つような「聴覚障害学」ファイルを作成してみてください。教科書などは、在学中であればたくさん目を通す機会はあると思いますが、現場に出ればどれだけ目を通す機会があるのでしょうか。要は、現時点で自分にとって使いやすい資料集、いつでもすぐに取り出して、コピーすることが可能なファイルがあったほうが便利だと個人的には考えています。

たとえば、聴覚についての解剖学的な図をクライエントに提示するときでも、子ども、少年向けでしたら、リアルな図よりは、かわいく、やさしく描かれたイラストの方がいいかもしれません。絵を描くことに自信があれば、自分で書いた図をファイルに保存しておくことは、あとで無駄にはならないはずです。対象者が違えば、必要な資料、またその内容、情報量も変わってきます。また、現場ですぐに情報を確認したいときに教科書を読み返すことは大変なはずです。最終的に、講師としてノートについて評価をすることはありません。ファイルを作るってかなり大変なものです、学生である今こそゆっくり時間をかけて作ってみてください。タグなどは講義のカリキュラムを参考にしてもかまいませんし、各自で自由に設定してもかまいません。

  • 聴覚とは、聴覚障害とは

解剖学的なことを言えば聴覚はこの世に生まれてくる以前の母胎内で形成され、機能し、また死の直後まで活動している感覚器官とも言えます。社会学的に見れば、聴覚情報を活用して、情報を得て、人々と交流し、様々な活動を形成すると言ったところでしょうか。心理学的に言えば、聴覚で情緒的な部分を感じ取る、また言語を獲得し、社会に適応していくと言ったところでしょうか。リスクマネジメント的観点から言えば、状況判断、危機管理などの役目もあると思います。

しかし、本当の意味での「聞こえ」「聴こえ」ってなんでしょうか。あくまでも、現時点では社会的にはおそらく聴覚障害をもたない皆さんにとっては、当たり前の感覚、聞こえて当たり前という感覚があると思います。聞こえることが当たり前であるからこそ、形成された価値観、先入観があると思います。万が一、皆さんに聴覚障害があっても、皆さんが聞こえてても、この世の中の第一言語が手話、この世の中を動かす感覚が聴覚よりも視覚であったとしましょう。そうしたら、聴覚ってなんだろうと思うと思います。聴覚を言語を専門として扱う言語聴覚士になる皆さんだからこそ、今一度改めて問い直してみて欲しいと考えてディスカッションしてもらいました。

聞こえることが当たり前であることが前提であるこの社会の中で、結果的に聴覚障害あることによってできないことも難しいこともあることも事実です。しかし、出来ることよりも出来ないことに目を向けがちになっていませんか。聴覚障害について正しく理解した上で、クライエントの可能性をポジティブに引き延ばせる言語聴覚士になってください。

  • 聴覚の仕組みや聴覚障害の種類、オージオグラムについて

すでに習ったところも多いと思いますので、各自で確認、復習しておいてください。特に、聴覚障害者の総数などについて、厚生労働省から平成18年度身体障害者実態調査の結果がホームページで公開されていますので、各自で手にとって読んでみてください。今の日本の聴覚言語障害者の現状の一部がわかると思います。また、聞こえない、聞こえにくい子どもの90%が聞こえる親から生まれてきます。基本的には音声言語を活用する親が多いわけです。そのような中で、自身も「聞こえる」オージオロジストとしてどのように関わるべきなのか、イメージしてみてください。効果が見込まれる児童への人工内耳装用については、基本的に反対しませんが、本当の意味で親が十分に障害認識をし、ろう・難聴の大人の話を聞き、様々な教育方法やコミュニケーションがあることを理解した上で、決定しているでしょうか?現実的には、そうではないのが現状だろうと考えています。言語聴覚士の立場で、どのように親を子どもを支援したらいいのかについて考えていた学ためにも、まずは自身の言語聴覚士としてのアイデンティティーについて考えてみてください。

  • 次週について

来週は、身体障害者福祉法などの法律など社会的な観点から、聴覚障害者の定義などについてを手短に講義した上で、言語聴覚士の専門性について話し合ってみたいと思っています。次週までに可能でしたら、言語聴覚士に関わる法律や歴史などについて調べてきてください。

それでは、よろしくお願いいたします。何かコメントや質問などがあれば、ここにコメントして頂くか、高山までメールください。

高山