学生の皆さん、お元気ですか。明日はよろしくお願いいたします。連休などで休みぼけしていたため、大変遅くなりましたが、臨床福祉専門学校言語聴覚療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの第2回目の感想や質問を特に学 生さんと共 有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえれば と思っています。
※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。
高山亨太
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今日も、授業ありがとうございました。先生は、授業の時、皆の話を口話法でよみとっているのでしょうか?それとも、微妙に声がきこえているのでしょうか?
高山:補聴器をしていますので、声は聞こえますよ。ただ聴覚だけでは皆さんの話し言葉を理解するのは困難ですので、読話によって皆さんの発言を理解しています。
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今日の歴史の授業とても興味深かったです。
聾の歴史について全くというほど知識がなかったですが、聾の歴史があんなにから昔からあったとは驚きました。
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歴史はかなり昔から色々あったんだなと思います。
人工内耳は、最近出来たと思ってましたが、以外に昔からあること、3000円で手術を受けられるという事実にとてもびっくりしました。
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授業ありがとうございました。
今日はろう者の歴史でしたが、グループワークでは全くはっきりしたことが言えなかったので反省しました。
歴史を知るにつれ、ろう者は徐々に教育を獲得し教育方法を試行錯誤し、現状を獲得したのだとわかりました。
しかし、日本の現状はまだまだ不十分で、これから充実したものにしていかなくてはならないことで、聴覚障害者の視点からいいものを選択し決定していくことが重要だと考えました。
ろう者は手話を母国語として独自の文化を形成し、また、健聴者の文化のふたつをもっているのだと思いました。そのことをしっかり覚えておかなければと思います。
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前期のST総論で、言語聴覚士の流れのお話の中、
「障害者の多くは神の怒りに触れた者として迫害を受けた」と教わりました。
今日はその授業ではじめて知った衝撃が思いおこされました。
今の私たちには考えられませんが、そういう時代から長い長い年月がかかって今に至っていると思うと、人間は本当に成長するのに時間のかかる生き物だとちょっと情けなくなりました。
でも、先人たちが試行錯誤しながら築いてきた今でもあると思います。今日の授業の中で、ST総論では出てこなかった先人たちの名がたくさんありました。STを目指すにあたり、きちんと覚えていきたいです。
教科書と併せ、長い歴史を経て…とはいえ日本はスタートも遅いし、難聴の方々への知識も交流も理解もまだまだ浅いと知りました。それは私も含め、です。改めて身が引き締まりました。
「専門家」を目指す者として、恥ずかしくないように、知識を深め、またたくさんの人と日常生活において交流を持ち、頭も心も磨いていきたいです。
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今日は日本と欧米のろう者を取り巻く歴史をグループで考える時、以前に勉強したのに関わらず全然出てこなくて参りました。
そして、授業で歴史を知らないと現代の課題が分からない。その通りだ痛感しました。
今日教えて頂いたトータルコミュニケーション、「龍の子学園」、「明晴学園」に私は興味を抱きました。調べてみたいと思います。
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今回、ろう教育の歴史を学び、16世紀頃に、ろう教育を受けられなかった人がいたり、日本においても、ろう教育が広まるまで聴者と同じ教育を強いられていた過去があること、戦争がきっかけで手話が広がった事実など、そうした歴史的な背景があるからこそ、今のろう文化、ろう教育があるのだと分かりました。
耳が聴こえないという障害は、見た目ではわかりづらい分、教育の対応が遅れたり、聴者にはすぐに理解できないというのも、歴史の中にたくさんあったのではないかと思いました。
手話をする上で、そうしたこれまでの歴史をも考えていくことで、少し意識が変わる気がしました。
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本日の講義を聞いて、聴覚障害者を取り巻く環境には様々な時代の変遷があった事を知りました。
また、現在では手話は聴覚障害者及びその周辺、又は聴覚障害の勉強をしている人だけでなく、多くの人達がそのような言語を知るところとなっていますが、言語学的アプローチがなされるまでは言語として認められていなかったということに軽く衝撃を受けました。予習で教科書を読んでいた時にも運転免許証を取得出来るようになったことがつい最近だという事に驚きました。
現在ではトータルコミュニケーションという切り口が主流となっているようですが、日本では文部大臣訓話により、聴覚口話法が主流だったということは、様々な授業で耳にします。ミラノ会議により聴覚障害者にとって暗黒の時代が訪れた。という具体的な事例としてはどういった内容があるのでしょうか?
授業を受けていても、まだ会話の内容についていけない時がたまにあります。本日配布して頂いた資料で手話、指文字を学んで行こうと思います。
高山:ミラノ会議による影響としては、口話法が合わない子どもに対する教育が持続され、本来保障されるはずの子どもの教育機会が疎外されたことでしょう。また、手話を禁止したため多くの聾学校で体罰がなされていたことも問題であったと思います。
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聞こえ方は人それぞれでコミュニケーション方法も様々であるのに、口話法に型をはめてしまうのはないですね。その点、トータルコミュニケーションと言う考え方は素晴らしいと思いました。
人工内耳の値段には驚きましたw(°0°)w私の中学生の時のおこずかいです。国の高額負担あってのもの!数年前までは四百万円もかかっていたのが嘘のようです。しかし、それでも音を獲得したいという気持ちが国を動かしたのかなと思いました。また、そうまでして音を獲得した時の喜びは、とても大きかったんだろうなと感じました。ありがとうございました!
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質問です。聴覚口話法と口話法の違いが参考書などを見てもわかりにくく、わかりやすく知りたいです。
感想は、今まで習ってきたろう教育の中で今日の授業は一番詳しく、専門的でした。正しい歴史を知ることは現在のろう文化を勉強していく上でも、重みを増しますし、同じ過ちをおかさないとう点でもこれから自分の中で記憶して背景として捉えていきたい。ありがとうございました。
高山:違いは単純ですよ。口話法は補聴器がなかった時代に、触覚や視覚などを活用しながら読話や発話をさせる方法であり、教育方法であったわけです。聴覚口話法は補聴器が開発、発達したことにより、従来の口話法に聴覚活用の考え方を取り入れて聴覚活用を促しながら、読話、発話によってコミュニケーションをする方法なのです。答えになりましたでしょうか。
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今日は、ろう教育の歴史を思い出して下さいというテーマが与えられて、本や資料を見ないで、メンバーの記憶だけで、思い起こすのは難しかったです。だけど、必死で思い出そうとするのでグループの一体感が生まれて楽しかったです。
ろうの歴史を改めて学ぶことが出来て良かったです。手話のイラストをいただいたので、少しやってみようと思いました。
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他の授業で以前簡単に聴覚障害の歴史を学びましたが、今日より詳しく学ぶことができ、大変勉強になりました。
日本は欧米に出だしから遅れ、現在も追いついていません。ただ「日本はアメリカより30年遅れている」と言うだけでは現状は変わらず前進しません。今後は遅れているなりに日本独自の色を出して、その差を縮めていく行動が必要だと思います。考え方を変えれば、30年先を進んでいる(もしあれば)アメリカの失敗経験から日本は学び、同じ過ちを犯さないで済むという利点が考えられます。今後は、具体的に聴覚障害者の適切な教育環境などを考えていきたいと思います。
以下の質問について、授業またはホームページ等で教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
①ギャローデッド大学について
留学生の割合および国別の統計があれば、教えて下さい。
②南西ろう短期について
・テキサス州出身者でなくても学費は同じか?
・もし違うのであれば、わざわざ引っ越しをして来る者もいるのか?
→アメリカは州によって教育制度が異なり、州立大学は他州出身だと学費が高くなると以前アメリカ人留学生から聞いたことがあり、気になったので、質問させていただきました。
高山:ギャロ-デット大学の留学生の割合などについては職員ではないので分からないのですが、大学のホームページ内にて公開されているはずです。時間があるときにでもギャロ-デット大学のホームページを訪れてみてください。テキサスの短期大学についてはテキサス州の学生は基本的に無料です。その他の州からやってくる学生は有料ですが、多くは州の職業リハビリテーションサービスを活用して入学していますので、多くの諸経費が自分の州から支給されるはずです。
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今日のろう教育の歴史はとても興味深かったです。ろう教育口話法で行うか、手話法で行うか試行錯誤していた様子が分かります。どちらにもメリットデメリットがあるようで、一概にどちらが絶対的に良いと断定できないのですね。ギャローデット大学はろう文化の中心ということで、手話による教育を実施しているそうですが、ろう教育の先進国アメリカでは今手話法によるろう教育が主流なのですか。日本は30年ろう教育が立ち後れているということですが、これから日本のろう教育の進む道としては手話法による教育が広まって行くのでしょうか。
高山:ただ1つ確実に言えることは聾学校の数は、現に減少していますので、聾学校による教育は衰退していく部分もあると思います。アメリカでは手話だけではなく、他にも口話法や人工内耳の子どもだけ、トータルコミュニケーションなど聾学校によって特色が違いますので、逆に言えば親は聾学校を選びやすい部分はあると思います(引っ越しなどが大変だと思いますが。)。
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今日の授業で印象に残った点は手話法派と口話法派の対立の歴史です。
なので、それについて質問です。
ミラノ会議の段階では、なぜ口話法の方が圧倒的な支持を受けたのでしょうか?最近になって日本で手話法が支持されるようになってきたのは、ろう文化の継承という観点以外にどのような理由があるのでしょうか?
また、先生の考える手話法、口話法、聴覚口話法それぞれの良い点、悪い点は何でしょうか?
私は実際にろう学校の授業を(VTRでも)見たことがないので、なかなかそれぞれの方法での授業を想像できません。だから、先生のご意見を教えていただけたら嬉しいです。
高山:ミラノ会議にて口話法が支持された理由として、参加者が聴者であり、かつ音声言語を使っている立場であり、手話よりも口話による教育の方がいいと考えたこと、手話はみっともないという理由もあったのでしょうか。政治的理由もあったと思います。ろう教育の方法論については授業を予定していますので、それまでに自分なりに考えてみてください。
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聴覚障害の歴史は前期の授業で少しふれただけでした。そのときは国試対策として流れを覚えるだけだったように感じました。
グループワークで考えたとき単語だけしか出てこなかったからです。
今日の授業は流れだけではなくその時代の背景もあわせて理解することが出来て嫌いな歴史ですが、おもしろく授業を聞くことができました。
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ついつい「今」ばかりをみてしまいますが、積み重ねて来た、想像を越えるであろう数々の運動の中で「今」があることを、少しでも理解しようとし、知識を得て行く事で、「今」の価値、また今後の課題の意味をより深く感じる事ができるのではないかと思いました。
聞こえる人の視点で物事が進んでしまうのはなぜだろうと思い、一方で、田舎暮らしがまだ、日本の暮らしの中心だった頃は、ハンディがあっても、なくても(ない人なんているのだろうか)お互の支えあいの中で、暮らしにくさを感じずに過ごせた部分もあるのではないかと思うこともあります。
私も、都会のうずの中にいると自己中心的な気持が強くなってしまいますが、田舎にいるときは、自然に人と打ち解ける事ができ、優しさをいただき、私も少し、その中に入れていただける様に思う事があります。
便利になる事で「できる」事も増えますが、効率を求めすぎて、大切なものを忘れてしまう事もあるように思います。
同じでない一人一人が、自分でも気付いていないかもしれない個性を存分に発揮できるといいのにと思います。
これからの歴史が、一人一人が存分に行かされる方向に進むといいと感じました。
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聴覚障害の歴史は長いのに今もなお議論されている事に、難しさを感じましたが何がそうしてるのか解りませんでした。
高山:聴覚障害の様相が様々であること、聞こえる親の存在、学力保障、コミュニケーション保障など様々な観点で、聴覚障害児にこれといった教育方法を1つに絞ることの方が難しいのが現状です。親が教育方法を選択するに当たっても、適切な情報提供が出来ているのでしょうか。そうではないのが現状と思います。
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日本とアメリカでは聴覚障害者への文化にかなり違いがあることがわかりました。
例えば、大学にせよ、アメリカでは早々に、ギャローデット大学が出来ましたが、日本ではそれから100年後にやっと国立の大学が出来るなど、かなり遅れているのだと感じました。ただ、どんなに言語聴覚士の技量が遅れていても、求められることは、日米間に差はありません。どんな人にも対応できるSTにならなければと思いました。
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今日の授業で一番驚いたのは、韓国や台湾のろう者が日本に対してそこまで悪いイメージを持っていないということです。台湾人はそうでもありませんでしたが、韓国人の友達と話をした時、同世代の若者であっても日本人に対して敵対心を持っている人が多かったからです。歴史が人に与える影響の大きさを改めて感じました。
2008年にすべてのろう者が条件付きで運転免許取得可能となったということでしたが、もし万が一違反があった場合、通常警察はスピーカーで走っている車を止めたりすると思うのですが、ろう者でその注意されている声が聞こえない場合はどのようになるのでしょうか?ろう者だということに警察は気付くのでしょうか?アメリカでは、そのようなケースで警察がろう者だと気付かず、停車する命令に従わず、逃走したと勘違いし、射撃したという話を聞いたことがあります。本日も貴重な授業をありがとうございました。
高山:そのために条件付きとしてろう者であることを示すマークを前と後ろに張ること、拡大ミラーの装着を義務つけられています。もし、補聴器が活用できる場合には必要ありませんが、たいていは気付くと思います。
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聴覚障害の歴史は神山先生の授業で学びましたが、ほとんど頭から抜けているのに気付き、焦りを感じました。
今日の授業では、新しい情報と共に以前の情報を復習することができ、有り難かったです。
きちんと復習したいです。プリントの後半の内容から、先生は口話法よりも手話法を薦めているように感じました。
私は、多くの聴者の中で生きていく為には口話法の獲得が必要だと考えています。また、日本語の獲得にも手話法では限界があると聞きました。もし、先生でしたら、難聴の子どもにどちらの教育を薦めますか?
高山:私はただろう教育の歴史とろう者が置かれた状況を教えただけです。憶測はやめてくださいね。最後の3行を多くのろう者に発言してみてください。想像できますか?実際に口話法で成功といいますか、口話法でスムーズに会話が出来る方、学力が向上した方はほんの一握りであるのが現状です。教育方法について考えるときには、必ず言語発達と基礎学力、コミュニケーションは区別して考えてください。あなた個人として、言語聴覚士として個人的な考えはあると思いますが、一番重要なのはすべての今日行く方法について患者さんやその家族に適切に説明できることだと思います。私は、家族の状況や子どもの心理的発達状況を勘案して、適切だと思われる教育方法や聾学校か地域の普通の学校かと考えていますので、どれがいいというのはございません。
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質問
○「口話法」と「聴覚口話法」の違いがわかりません。
おしえていただけますか?
調べたら口話が声を出して話をすること。読話は口の動きを見て話を読み取ること。とありました。
そうすると、口話法と聴覚口話法の違いは、聴力があるかないかになるのでしょうか。
どんな方が口話法で、どんな方が聴覚口話法を使うのでしょうか。
○これは、個人的な興味?なのですが、先日の新聞に「音の歳時記」という12ヶ月を音のイメージで表現した詩が載っていました。
もし、先生でしたら(難聴の方ならば)、12ヶ月をどのように表現されますか?(目が見えない方にも聞いてみたい質問なのですが・・)
ちなみに、その詩は、
1月「しいん」厳冬に天地は静まる。
2月「ぴしり」春が兆して氷が割れる。
3月「たふたふ」雪解けの川。
4月「ひらひら」野を越えて蝶が飛ぶ。
5月「さわさわ」風がわたる。
6月「しとしと」
7月「ぎよぎよ」帰るの合唱。
8月「かなかなかな」
9月「りりりりり」
10月「かさこそ」落ち葉。
11月「さくさく」霜の朝。
12月「しんしん」雪が降って時の逝く音。
でした。もしよろしければ、ネットで回答いただければ嬉しいです。宜しくお願いします。
高山:口話と聴覚口話については他の方の質問に対して回答しましたので、参考までに読んでおいてください。おもしろい質問ですね。1月「びゅー(寒風)」2月「ビュン(寒い)」3月「じゃりじゃり(節分の豆が転がっているイメージ)」4月「ふわり(さくらが舞い落ちるイメージ)」5月「すいすい(鯉のぼりのイメージ)」6月「ざぁー(雨)」7月「バサバサ(海開き)」8月「みんみん(セミのイメージ)」9月「ぼわー(蛍の光のイメージ)」10月「ひらりひらり(落ち葉)」11月「ぶるぶる(寒い)」12月「がやがや(クリスマスの混雑のイメージ)。答えになっていませんね。皆さんにも聞いてみたいですね。
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前期に言語聴覚総論の授業で歴史について少し触れたのですが、今日の授業ではよりたくさんの事を知りました。
日本のろうの歴史や教育は、アメリカより30年以上遅れているとありましたが、実際はどうなのか?ということを知りたいです。
というのは、日本は日本、アメリカはアメリカで文化や考え方が違い、ろうの教育・歴史についても、「遅れている」より「違い」という部分も大きく影響しているのかな?と思いました。高山先生はどのような時に、日本とアメリカの差を感じますか?
私はまだ他国のことは分かりませんが、日本はまだまだ障害者に対しての壁が暑いと感じます。
高山:やはり専門職の力の差だと思います。
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聴覚障害の歴史を学び、現代のような「ろう教育」や「ろう文化」が確立されるまでの背景には、たくさんの聴覚障害者の苦労や努力があったのだと想像することができました。また、日本はアメリカと比較して30年以上も遅れているという現状に驚きました。今後、もっと日本のろう教育や文化が発展していってほしいと感じました。
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やはり、全ての物事には歴史があるんだ、と改めて感じました。
どんなに頑張っても過去には戻れないから、みんなにとって一番良い方向に持っていこうと、最良の方法をこれからも探し続けていく必要があると思いました。歴史を学ぶという事は、考え方の基礎や土台を学ぶという事かな、と思います。以前、授業で歴史について少し習った筈なのに、殆ど覚えていなかったので、今日の授業を機に、きちんと覚えたいと思いました。
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今日一番印象的だったのはミラノ会議についての先生の言葉です。
「私達はミラノ会議を二度と繰り返してはいけない。手話、口話、人工内耳、いろんな方法が認められるように。」
STはろうの方と聴覚口話法で関わることが多いですよね。
ともすると聴覚口話法に固執して他が見えなくなってしまいそうで、それはとても恐ろしいと思いました。
同時に選択肢が多ければ多いほど、ろう児とその親がどのような言語を選び取って行くのか、その過程はきっととても悩ましく、壮絶な葛藤があるのではないかと思いました。手話なのか口話なのか…等を選択する時から、ろうの方とその家族の方に寄り添える専門家の必要性を感じました。
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今日も先生にお会いできて楽しい授業を、ありがとうございました。プリントの説明と説明の間に、先生はとても心にしみる言葉をいくつか伝えてくださいます。
きょうもいくつかありましたが、さまざまな補聴手段をつかっても、「聞こえないことは変わらないということを忘れないでください」・・・そのことの本当の深い意味は、まだ、セラピストとして半人前にもなっていない私には良くわかってはいませんが、こころに置いて、ずっと考え続けてSTを目指したいと思っています。
今日は嬉しいことがありました。札幌の母の入所している老健の看護婦さんから、弟が、母の嚥下診断の報告書を私へと言づかって、送ってきました。私がSTを目指し、この夏にSTさんの評価の現場を見学させてもらったので、そのことを知っている看護婦さんのご好意なのでしょう。評価報告書を書く練習をしているところですので、なんだか感動しました。
来週もよろしくお願いします。少し先生がお疲れのように見えます。どうぞ、お体をお大切になさってくださいね。
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う教育が進められていく中で、墨字と指文字、口話法、手話法など色々な人がそれぞれの方法で教育を行っていたことが分かりました。その当時の聴覚障害を持っていた人の中で、実際にそのようなろう教育を受けられたのは、ほんのわずかな人々だったのだと思いますが、ろう教育を受けられなかった人たちはどの様な人生を送っていたのかが、気になりました。
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最初に出欠を取った際、先生が欠席者がいることを知り「ぼくも遠いし来たくないよー」とおっしゃったのですが毎回「高山先生ならでは」の授業をとても楽しみにしておりますので(朝早く、遠くから来ていただき、大変で申し訳ないのですが)来て下さい。
さて、今回の歴史の授業で、1933年手話を禁じ口話法が進めたというところで考え込みました。
聴こえの問題はひとりひとり違っていると思うのですがご本人が成長過程で最適なコニュニケーション手段をいろんな生活場面を経て、導き出すものだと思います。
手話を禁じることで、ある面のコミュニケーションの場をうばっていることにならないかと思いました。
口話法と手話について、授業のどこかでご説明いただけたらと思っております。来週も高山先生の唯一無二の授業を楽しみにしております。
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昨日別の授業の一環でビデオの視聴をしました。「手の言葉で生きる」という神奈川県の聾学校に通う児童に密着した物で、内容は日本語手話と日本語対応手話の違い、日本語手話から日本語を学ぶ苦労や、コミュニケーションエイドの選択の悩みを主に描いておりました。その中の1シーンにその女の子が、幼い頃に埋め込 んだ人工内耳の様子を診察するため耳鼻咽喉科に訪れるというシーンがありました。
女の子にとって、埋め込んだ人工内耳は「ただ音が煩くなる」だけな存在で煙たがり、母親は「人工内耳をつけてから、娘に笑顔が消えた」と言っていました。女の子は、今では声を発さず、日本語手話で巧みに言葉を操り、表情も豊かに映っていました。学校でも日本語手話と日本語のバイリンガル教育をして、最初は乏し かった表現力も終いにはかなりの物になっていました。しかし、耳鼻科医は、声を出していないことに驚き、独り首をかしげていました。「人間には臨界期があって、その時期に音を入れて聴覚活用することが大事だ。その時期に音を入れないと言葉を獲得できない。」と言って・・・
私は、その耳鼻科医の不穏な表情にすごく疑問が浮かびました。母親の「笑顔がなくなった」訴えを聞き、なお臨界期がどうのと言った御託を並べ、音を入れることが最良のことだと思っている。女の子は、既に日本語手話と言う、一つの言語を獲得しているのです。きっとこの耳鼻科医も、聾の歴史や文化、日本語手話につ いて知らないのではないかと思いました。そこに存在している女の子が、笑顔であり、日本語手話と言う言語で巧みに表現している、また聾学校でも社会に出て困らないように日本語手話から日本語を教え育てる。両親が、人工内耳を捨て日本語手話を選んだことは最良の道であったと私わ思います。そのお母さんは「今娘は考えも 浅はかで、漠然と嫌だと言うだけですが、将来人工内耳が要らない理由をはっきり言えるようになったら外す手術をする」と仰っていました。その言葉に私は感動しました。その言葉に至るまでにどれだけ悩み現在も悩んでいるか・・・
STを目指すにあたり、聾の文化や歴史をしっかり学び、知った上で患者さんの気持ち寄り添える自分でありたいと思いました。
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本日の聴覚障害の歴史では、その時代の背景はわかりませんが1620年には書字と指文字による教育がなされていたことに驚きました。人類の誕生からと考えてみれば当たり前のことだと思いますが、歴史について知ることがなかった為に素直に驚きました。また、口話法も同様です。また疑問に思ったことでは、ミラノ会議を機会に口話法派と手話法派にわかれ、暗黒をまねいたことです。どちらもコミュニケーションとして欠かせない手段でありながら、独自の道に進んでしまったことが不思議です。
日本でも手話の禁止の歴史があり、全日本ろうあ連盟のこれまでの活動・あゆみ・運動の成果を拝見し、ここまでの道のりの長さに心打たれました。
最後に手話の普及では、ヨーロッパ~アメリカ~日本~韓国~台湾とつながりに驚きました。その時代の背景との関わりに深い歴史を実感しました。
講義内容とは別になりますが、先生の留学の目的を拝見し、志の高さに感銘を受けました。モチベーションを維持する為に心がけていることや原動力になっていることをもし宜しければ教えて下さい。再来週の講義も楽しみにしております。
高山:やはり多くの聴覚障害者やその家族を支援したいという気持ちが支えになっているのでしょうね。今の自分があるのも、彼らのおかげですし、少しでも技術や知識を若い人に伝えたいというのはあります。
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勉強不足で申し訳ないのですが、口話法と聴覚口話法は実際にはどのように行うのでしょうか?
高山:違いは聴覚活用を取り入れるかどうかの違いだけです。ここでは説明できませんが、いずれ授業の中で取り上げる予定です。
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入学して初めの頃習った「言語聴覚士の歴史」の授業でド・レペから始まる聾学校の歴史があったのですが、復習になりました。また、前史や考え方の背景になった人たちの説明、特に、クラークとギャローデッドの関係やグラハム・ベルのことなどが説明されていなかったので、今日の授業で理解できました。
昨日の1限の休講の時間を使って、神奈川県立平塚ろう学校の加藤先生の日本手話による授業のビデオを観ました。その後、先週の授業で、宿題だった教科書第8章を読みました。
健聴者から見ると、口話法や聴覚活用によってコミュニケーションの機会が増え、生活をするのに有利だと思われ、その習得を優先すると、手話が聴覚活用の療育に邪魔になるし、人口内耳で少しでもチャンスを広げることやインクルージョンによる全てを包み込む教育などの活動に希望を求めていたりしたのですが、それでは割り切れない「ろう者」の苦悩がちょっと感じることができたように思います。
各言語対応手話でなく、「ろう文化」手話について共通語を確立する過程があるため、また、生活環境や言語以外の文化が関係するために「日本手話」が存在するのでしょうが、「世界手話」が作ることができれば、もう少し良い環境ができるものなのでしょうか?また、その可能性や活動があるのでしょうか。先生のお考えやご存じのことを教えていただければ幸いです。
高山:世界共通の手話はありませんが、国際的な会議などでは国際手話というものが使われていることがあります。世界手話を作ることについては否定的な立場にいます。というのは、世界手話を作ることが、逆に、昔多くの国々がやってきた植民地支配のよる唖文化破壊や言語衰退につながる恐れも否定できませんし、ろう文化も各地で異なるわけですので、難しいところがあると思います。現在の主流としては現地の手話を尊重しながら国際開発を行うという国際協力が主流となっています。日本からは特に日本財団の事業が有名ですね。
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今日の講義では、歴史を振り返ることで、
○ろう者が「どのような制約を受けて生活してきたか」という視点
○現在に至るまでの「蓄積」を知るという視点
に気付きました。
聴覚に関する人の歴史を辿るうち、それぞれの時代のろう者が、聴者の文化の中で、様々な制約を受けて暮らしてきた歴史があることを知りました。レジュメの中に「抑圧」という言葉が使われていて、もっともな表現だと感じました。
また、現在用いられている聴覚口話法や手話法といった言語/教育体系、文化が成立するまで、ろう者とともに生きた多くの人々がいることも知りました。
講義の始めに先生が仰っていた「歴史を知ることで、これからの課題が見えてくる」という言葉を自分の立場に引きつけて考えてみると、私は言語聴覚士(あるいはオージオロジスト)として、当事者の個別の状況を理解する姿勢とともに、世の中を広く見て、「世の中に何が必要か」を考え、社会に働きかけていく姿勢が必要だと思います。
そのために、私自身の在り方を研いていこうと思います。どのように人の話を聴き、相手の物語や心の動きを理解するか、その方法を探っていこうと思います。
本日もありがとうございました。次回も楽しみにしております。
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講義、ありがとうございました。歴史を憶えるのが苦手なので、正直に辛かったです。講義の感想ではないのですが、前から伺おうと思っていたことがあります。障害を持ってる方々は、その障害についてどんな風に感じていて、障害のない私達にどんな風に接して欲しいと考えていらっしゃるのかが知りたいです。私が意識をし過ぎて、敏感になっているのでしょうか?普通にする!がわかりません。気を遣うのは当たり前の事ですから。先生でしたら、お聞きしてもいいかな…と思いきって伺うことにしました。
高山:普通で良いんですよ。逆に聞きますが、おそらく何も障害のない立場にしてみたら、障害のある方からどのように接してほしいと思っていますか?答えられますか?意識過ぎると逆に適切なお手伝いも出来ないでしょうし、普通に接することも出来なくなると思いますよ。必要な支援があるときには障害者も声をかけるでしょうし、あなたも声をかけやすい雰囲気を作ったらいいと思いますよ。何よりも自然体ですよ!
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高山先生 ありがとうございました。
今まで、聴覚口話法については知ってはいましたが、それがどうゆうものか解っていなかったし、これまで、その教育であったのならいいのではないかと、恥ずかしながら深く考えていませんでした。聴覚口話法では、困る子どもがいると聞き、またまた驚きです。。
手話教育だと、社会に出た時に困るのではないかとおもったのですが、筆談という方法もあるし・手話のできる人に通訳してもらう・ゼスチャーでやりとりするなどなど。。いろいろ方法はあるのではないかと思いました。
「こうあるべき」「こうあるもの」という枠組みを外し、自分で考えて行こうと思いました。明星学園には、見学に行ってみたいです。
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今日は、ろう教育の歴史の話を聞いて、欧米に比べ日本はいかに遅れているかを知りました。
また、日本では「ろう教育」がどのようなものなのか一般的に知られていないのだろうと思いました。
授業で歴史を知り、新しい知識が入ると興味が湧くもので、私たちに限らずもっと大勢の人にこのような話をきく機会があればいいと思いました。
または、子どものころからろう学校や盲学校など特別支援学校の人と交流を持つ機会があればよかったと。
お互いの違いを知り、違いがあるうえでコミュニケーションがとれたら楽しいだろうし、ろう教育を知る人が増えることで、もう少し発展していたのではないかと思いました。
もう一つ思ったのは、医療や技術の発展には必ずのように戦争が関わっているのだということです。今ある便利な生活の裏には戦争で犠牲になった人がいることを忘れてはいけないと思いました。
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最初のろう教育の歴史で話し合いをした時に、現在使ってはいけない差別用語がろう者のものでもあるという話を聞いた時に、長い間迫害されていたんだと思うと切なくなりました。最初のろう教育を行った人も聖職者(スペインの修道士ペドロ)で「ろう」が宗教的に救われたのも日本より早くてよかったと思います。最初 は宗教的な保護でも、のちに宗教をかえさなくても健常者にも理解されるのであれば、いいかなと思いました。
日本のろう教育は30年くらいヨーロッパより遅れているということだが、理解を得るためにもSTがろう教育の知識を学びどんな状況にも対応できるようになることも重要だと思った。
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今日は聴覚障害の歴史を勉強しましたが、1つ不思議に思ったことがありました。
それは、この授業で聴覚障害の歴史を聞くと、なぜこうも歴史が生きたものに感じられるのだろう、結構歴史って面白いなということでした。
実は私は本当に昔から、なんの歴史でも苦手で、面白かったためしがなく、今日は、あれ?歴史嫌いが治ったのかな?と思いました。
また、そう言えば当時も本当はこういう感じの歴史の授業を受けたかったんだよな、という気持ちにもなりました。
どうしてなのか考えてみました。
たぶん、先生がひとつひとつの歴史的な出来事について、聴覚障害者の視点からいうと、この人はこういう人(英雄だとか、最低のことをやった人だとか)とか、この出来事はこうした意味で画期的だとか(何年の苦しみを塗り替えたできごとだとか)、あるいは、先生個人の視点からの考えをおっしゃたりするので、それらが生きた人物・出来事と感じられたのだと思いました。
もちろん、それを聞いた上で自分で考えるようにともおっしゃっていました。
私が歴史の授業を受けていたのは相当前ですが、自分の立場、スタンスをあいまいにしたまま、何のために歴史を学ぶかという目的意識の希薄な状態で、ただ暗記で覚えているようだったからつまらなかったのだと気づきました。
当時の先生も、それでいいという感じでした。
聴覚障害者がどういう思いで生きてきたか、今後どうありたいか、私たちが将来どのようなサポートができるか、という視点をはっきりさせてみると、全ての歴史的な出来事がドラマティックに感じられたり、いかにも悔しい出来事に感じられたりするのだと思いました。
ちょっとレベルの低い感想で申し訳ありませんが、私にとっては長年の歴史嫌い克服のための、第一歩の記念すべき歴史的な日(?!)になったかもしれないので、お伝えしてみました。
もう一つは、聴覚障害の方の手話に対する思いについて知ることができたことが大変有意義でした。
日本はほとんど単一言語の国なのでわかりにくいけれど、たくさんの言語が話される国ではそれぞれの言語を大切にして日常語としつつ、学習言語は共通語ということがよくあるわけで、手話文化を絶やして口話に統一するとしたら、彼らから母国語をうばうことと同じであって、そこに抵抗があるのは当然だと理解できました。
また、口話法だと、うまく学べる子とうまくいかない子の差がでてきてしまう、という話にも納得がいきました。
少数の大成功例の陰に、悲しい人生がいくつも隠れていたとして、それで良いわけがないと思いました。
大事なのは自由であること、個々が自分や自分の子供のやり方を、選べることだと思いました。
今日も貴重なお話をありがとうございました。
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今日の授業を聞いて、欧米と日本のろう教育の差がとても開いていることを改めて感じました。
歴史を学ぶことで、ヨーロッパではろう教育が開始されているのに、日本では戦国時代…ろう教育を始められる時代じゃなかったんだなと何だか納得してしまいました。(それと戦国時代の逸話に、当時の盲の方の逸話もちらほらとあったなと思い出しました)
歴史を学ぶと、意外と様々なことが分かるのだなと思い、決してないがしろにしてはいけないものだと感じています。
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今日の授業では、欧米では聴覚障害児への教育が、思っていたよりも早くから行われていたのを知った。
また、聾教育の歴史は以前に少々習ったが、習った事が抜けており、あまり思い出せなかったので、授業でのグループワークでは、ド・レペしか答えられなかったので、勉強が足りないと感じられた。
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聴覚障害の歴史を学び、ろう教育が、聴者の意見で翻弄されていることを知りました。
そして、いつの時代も、教育者側、指導者側、関わる者側の意見のみで、当事者の意見は尊重されない世の中なのだと思わされました。
また、一部のろうの人が墨字や指文字を学びだした16世紀ごろ、日本ではやっと庶民が寺子屋で文字を学びだし、多くの人達が文字を読めるようになった。
ろう教育の歴史と日本の一般教育の歴史が、同じ位なのに驚きました。
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いままで、聴覚障害の歴史について詳しく知らなかったので、勉強になりました。顔写真付きだったので、どんな人かを想像しながら、学べたのでよかったです。
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お世話になっております。今日は無事に授業を聴講できました!今日は歴史を学びました。手話法、口話法、聴覚口話法、、
その状況下でコミュニケーション方法が移ろいでいたのですね、手話は、ろう者の視点に立ったコミュニケーション方法、口話法は
聴者の視点に立ったコミュニケーション方法、という印象を受けます。(色々な視点で先生から教授して頂いているので、戸惑うばかりです。)どんな方法がその子にとってよいのでしょうか。先入観からこれ!と決めつけてしまうのではなく、その子に合ったコミュニケーション方法を様々試行錯誤し、育むのがいいかもしれません。
それから手話の資料、ありがとうございます!手話を学ぶことで、より世界が広がる気持ちがしますね。英語を学ぼうとしている時と気持ちは変わりませんね。
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今日の授業の中で、一番印象に残ったことは、先生の「ろうの歴史を知ることも大切だが、同じ過ちを犯さないようにすることが大事である」という言葉です。過去の過ちをいつまでも引きずるのではなく、同じようなことでこれからの人々が辛い思いや生活しにくい状況を作り出さぬように最善を尽くしていくことが、歴史を学んだ物の使命だと思います。後ろ向きな考えを切り替え、前向きに進んでいきたいものです。
言語聴覚士として、ろう者や聴覚障害者の苦しみや辛さを理解し、いつでも彼らの立場になって考えられるよう努力していきます。
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こんばんは。
ろう学校がない16C以前、またそれ以降も貧しい聴覚障害者はどのような暮らしだったのか。音や言語の存在も知らずに過ごし、物事を考える手段はどうしたのか。言語を獲得しなかったら、頭の中はどんな状態なのでしょうか?指文字、書記もわからず、コミュニケーションは?教育は?
耳が聞こえないだけで、どうしてそんな不幸になってしまうのか…。
ギャローデットがクラークをアメリカに連れて行った話には感動しました。そういう情熱がろう教育を推し進めて行ったんですね。
手話による日本語教育を行うろう学校のビデオを見ました。人口内耳を使わないから取り外したいと。聴覚口話法を全く使わない教育とは?最近頭の中が大混乱しています。何が聴覚障害児にとって本当にいいのか…。人口内耳って一体?せっかくの技術をもっと生かす事はできないのでしょうか?
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今日の授業の内容はは聴覚障害の歴史ということでしたが、書籍もない先史時代にも、ろう者は存在した筈だという話が出、考えたこともなかったことだったので目が覚めた気がし、確かにどうしていたんだろうと、その様子を頭で想像しました。
また、ギャローデットは、自分が聴者であり手話もできないながら、クラークをアメリカへ連れてゆき、ろう学校を創るところまで成し遂げたという執念には驚きましたし、その二人について興味も湧きました。そして、歴史の流れについて読み、また特に高山先生の意見を聞いたことで、難聴やろうの人たちの多くが手話でのコミュニケーションを支持している事実を知ることができたのは、新しい知識になりました。
私自身、手話か聴覚口話法かという問題について、他の授業でも問題提起があり考える中で、聞こえる聴覚があるのなら、音声の日本語で通信する術を身につけた方が、より沢山の人と話すことができるのでいいのでは、という方に寄った意見だったのですが、実際に手話がより豊かに通じ合う手段ならば、それは当然自然に根付くし、教育にも取り入れられるべきだと思うので、実際の感じ方を知れたことはよかったです。しかし、まだまだ聴覚障害について知り始めたばかりですし、どちらがいいというはっきりした意見を持つことはできない気がします。
また、日本がヨーロッパと比べ聾教育において進んでいるとは思っていませんでしたが、100年も遅れていたとは、茫然とする事実でした。
長くなりましたが、最後に、何回かの授業を受けた中で、自分で調べなければと思っていることも含め、素朴に知りたいと思っていることについて書かせてもらおうと思います。
・今現在、ヨーロッパやアメリカではどんな聾、唖、障害児への教育法をしているのか?
高山:様々な方法があるのは当然ですよ。ただ、日本よりは各聾学校が特色をアピールしてそれぞれのろう教育を提供していると思います。ある意味では競争社会ですので、聾学校も生き残るために特色を出しているんでしょうね。
・世界の主な言語の数と同じくらい、手話にも種類があるのか?(というのは、難しいことだとは思いますが、世界共通の部分があれば、聞こえる人のように国ごとに言語を覚えなくとも世界の人と話ができて、とてもいいだろうなぁと夢想したから知りたいと思ったからです)
高山:もちろんですよ。200以上は確認されているはずです。逆に聴者も1つの音声言語だけだったらいいと思いますか?そうなったときに日本の文化は継承できるでしょうか。
・率直に知りたいのですが、高山先生は私たちの話を、口の形だけで理解しているのですか?やはりボソボソと話すより、口の形をはっきりと話した方がわかりやすいでしょうか?それから、どのくらいの声の大きさで話すと聞こえやすいなど、あれば教えてほしいです。また、人によっても違うと思うのですが、今私が質問したように、どのように聞こえるの?どのように話せば聞こえやすい?などと聞くのは、聞かれる側は無礼と感じるでしょうか?先生が最初の授業で『ろう、難聴者への抵抗や先入観をなくす』ことが目標の1つと示してくださったことは正に私に当てはまっていて、かわいそうなどという感情はなくとも、無神経な発言で傷つけたら、という心配をして、なかなか聞けないということはまだあります。それこそが差別か?と考え出すと何も聞けませんよね。ということで、この機会に率直に聞いてみたいと思いました。
高山:普通に補聴器をしていますので、声は聞こえますが、声だけでは理解できませんので読話を併用しています。あまり意識せずに普通に話しかけて頂くといいですよ。ぼそぼそよりははっきりと口を開けて頂いた方がわかります。人によっては聞かれることがいやな人もいると思います。ただコミュニケーションを図りたいという気持ちがあれば、それを示した上で聞くことは大事なことではないでしょうか。
最後の最後に、『リードマイリップス』という映画は観たことはありますか?読話がキーになるストーリーのフランス映画で、サスペンスラブストーリー?として映画としておすすめです。では失礼します。
高山:もちろん見たことありますよー。
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新しい道を作り上げていくには、それまでに起こった歴史を理解していない限り、これまでに無かった言語聴覚士像を形づくることはできないなと改めて感じた。医学的にも社会的背景においても、現代に比べ様々な困難がありながら、聴覚障害をもつ人々の文化を築き上げてきた歴史的人物が、今の聴覚障害の実状を目にしたらなんと言うだろうか。医療分野の発展に感激するだろうか?少しずつでも発展を遂げ、ろう者や難聴者としての尊厳や権利を社会的に発信し、変化を生んでいることに喜びをみせるだろうか?恐らく、誰一人として満足する人はいないだろう。歴史が作られ、長い長い時間が経過したということは、その分、人も環境も同様に変化しているということである。当然のことながら、昔と現在では同じ聴覚に障害を持つ人々のニーズでも大きな変化があるだろう。私たちは、その時代やニーズに合わせて、求められるものに対して柔軟に、かつ新たな挑戦も取り容れて、決して満足することなく挑み続けなければならない。
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史料が存在していないため、先史時代の聾者や難聴者ろう教育について知ることが出来ないことを、今日の講義で気がつきました。
文字を読み書き出来ることを当たり前のように感じていていくら、古い資料を目にしても、「保存状態が良かったのかな」程度にしか感じたことがありませんでした。
しかし、保存状態の問題で、史料が存在していないのではなく聾者が、記録を残す風習がなかったと捉えると、とても大きな問題に感じます。
教育システムが整っておらず限られた人々しか文字を知らなかった環境を考えると当然のことなのかもしれませんが当時の状況を知ることが出来ないのがとても残念でした。
また、人工内耳が保険などを使うと3000円程度で装用できると知り驚きました。装用しただけで、聴覚活用できるという訳ではないので、問題が多いと思いますがまだまだ、改善されていくと思うし、人工内耳に似ついての知識も増やしていきたいです。
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「聴覚障害の歴史」についてですが、聴覚障害者に関して、18世紀以前はあまり資料が無い、ということは、歴史に名を残す機会を与えられなかった、ということで、特権階級に生まれなかった場合は特に、厳しい運命を甘受するしかなかったのだろうと思います。有史以来、友愛という概念はごく最近の産物なわけですから。今日の講義の中でも、障害を持った当事者で一番「昔の」人は、中途失聴のベートーベン、その後は19世紀まで名前がでてきませんでした。少なくとも、一般的にはそんなところだと思います。本来なら輝くべき多くの才能が活かされず、素質を磨く機会すら与えられず消えていったのだと思うと、とても残念な気がします。
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日本のろう教育の歴史が浅いということがよくわかりました。自閉症をはじめとする発達障害への対応も日本は大変遅いですね。何故なのでしょうか。教育水準も文化水準も高いと思われるのですが…残念です。
ミラノ会議について調べてみたいと思います。講義の中にお互いの考えや意見を交換できるような、グループワークの時間があるとよいと思いました。
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ミラノ会議聞いたことはあったんですが名前だけだったのですが、内容聞いてみたら結構偏屈した内容なのですね。しかし言語聴覚士の勉強する前だったら自分はどうしたかと思うと複雑なところです。
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今日は歴史ということでとても深いものでした。どのように手話や口話法が発展してきたのかについて改めて知ることができ、より理解を深めることが大切だと改めて感じました。
本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。
確認ですが、毎回のメールはちゃんと届いているのか不安になります。。今日は不具合があり何度か送信しました。
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今回の授業では歴史を学びました。自分は歴史(世界史など)好きでしたが、歴史を頭に入れていくと、今まで学習した用語や概念に時間の流れを加味して考えることができるようになり、知識に厚みが増すと思います。
また授業ではろう教育や学校制度の整備が、どこか遠い所のお話(ファンタジー?)ではなく自分たちと地続きの世の中の時間の中で行われてきたものだというあたりまえのことが実感できたと思います。
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先週の備忘録の中で、先生は、「身体障害者手帳制度があるのは、現時点で知っている範囲で韓国と日本のみです。他の先進国ではあり得ないと思います。」と書かれておられます。これをもう少し詳しくお話いただけるとありがたいのですが‥。
私は、たぶん、聴こえの状態や手帳の級数で細分化して人を分けていることや、日本では手帳を所持することでサービスを受けられること、言い換えれば手帳を所持しなければサービスを受けられないことなどをおっしゃっておられるのかと感じているのですが、どうなのでしょうか?また、では欧米での福祉的サービスは具体的にどのような形でなされているのでしょうか? おそらくその考え方や、サービスそのものが日本とは根本的に大きく違うように想像はできるのですが‥。是非宜しくお願い致します。
高山:アメリカの場合には医師やオージオロジスとによる診断書があればいいわけですから、ある意味で身体障害者手帳のような細分化されたシステムはいらないわけです。
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私は社会科の教員をしていたことがありまして、どんな小さなことでも子どもたちに伝えるために色々なことを調べていましたが、西洋の歴史を調べているとその中に共通点に気づきました。
今まで技術発展や文化発展に必ず宗教が絡んできていることがどこかしこにあるものであるなぁと感じました。たとえば、キリスト教の教会や礼拝堂などの絵画はキリスト教の聖書に書かれている内容を確か字が読めない人でもわかるように描いていたし、学校のはじまりも教会だったような気がします。ろう教育も教会が関わっているのだなぁと初めて知りました。
教育に関わることは何でも世界から大きな遅れをとっているのは実感しますし、現に予算等の絡みもあり教育へ予算配分も少ないような気がしてなりません。
手話の普及の部分で「君の手がささやいている」は原作の漫画で読みました。あそこまで自分も優しくなれればいいなぁと感じております。
質問
教員免許で友達から健常者の教員免許と障害者の教員免許があると聞きましたがどういうことなのでしょうか。
高山:障害者用の教員免許はありませんが、障害者の教職採用試験の枠は増えています。また、障害児教育のための免許はあります。友達が言っていることはそれのことでしょうか。
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昨日の講義では聴覚障害の歴史を概観し、以前別の授業で少し触れたが、ミラノ会議についてほとんど知識がなかったのでそれを学べた事が大きかった。
個人的には、やはり手話と口話法の併用が良いのではないかと考えているが、二択であったら自信をもってどちらかを選ぶことはできない。それは恐らく私自信が聴こえているからだと思う。ただ、もし身内で聴覚障害児が生まれたら、まずは口話法から学んでもらえたら自分が助けになれる部分が大きいのだろうと思う。
質問をさせて頂きたいのですが、日本はアメリカと比較して30年以上遅れているというのは現状のろう者の状況でしょうか。そうだとしたら、もう少し具体的にどの点が特に遅れているのか授業などでお伺いしたいです。
高山:ろう者というよりも福祉サービスやろう教育が欧米と比較して遅れているのは否めないと思います。それだけ日本は縦割りで組織が堅いということだと思っています。