以前、関わっていた聴覚障害者の集まりである「青空会」のホームページです。青空会は人生の途中で、心を病んでしまったろう者や難聴者、その家族が出会いや支援を求めて集まったグループです。精神障害を持つ聴覚障害者やその家族に対する社会資源がまだまだ少ないのが現状で、彼らはそれでもたくましくゆっくりと歩んでいます。アメリカに留学したことで、疎遠になってしまいましたが、何かお手伝いできないかなと思い、まずはホームページに紹介することにしました。興味のある方はホームページを訪ねてみてください。
Archive for 11月, 2009
臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年11月4日)
11.27
お疲れさまでした。
お昼も食べずに午後からもいろいろあるそうで・・・寒くなってきたので体調管理気をつけてください。
MAP作成は大変でした。いろんなタイプのマップを見れてとても勉強になりました。
同じ聴覚障害でも、いろいろあるんだなと。先天的な障害、後天的な障害、老化に伴う障害。タイプによって、支援内容も大分異なってくる。しっかりと理解していきたいと思いました。
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講義、ありがとうございました。
先生もおっしゃっていましたが、今回マップを作るにあたり、中途失聴者の情報の少なさ支援の具体的な内容等の乏しさにため息が出ました。
聴覚を奪われてしまった喪失感や不安を思うと、中途失聴への理解を深めて、関わらなければいけないと思います。仕事や今までの生活を失うことにもなるので、簡単に障害の受容なんて言っていられません。
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本日も講義いただき誠にありがとうございます。
先週の講義感想について、先生のHPにてご返答を頂きありがとうございます。
本日の中途失聴についての講義において先生の臨床でのお話が出てきて、とても興味深く伺いました。今後も先生の臨床の話も伺えたらと思っております。
さて、今回の講義ですが『難聴者と中途失聴の違い』というか両者のニーズを考えると、同じ土俵では考えられないことでありまったく異なったこととして考えさせられました。
今までの先生の講義に共通している
・見方を換えてみてみること。
・医学モデルの前に、その人を受け入れることからすべては始まる事。
など、今までの先生のお話が講義中、何度も頭に浮かびました。
臨床の場に立った時、私の前にいるなんらかの問題を抱えている聴覚障害の方に対してまずできる事は、ひたすらお話を伺うことそして一緒に考えていくことだと思います。
その局面においては、知識以上に私自身が今までどうやって生きてきたかどうやって人間関係を築いてきたかが問われるれると身の引き締まる思いを抱きました。
本日も貴重な学びの場を頂き、誠にありがとうございました。毎週、遠方より当校まで足を運んでいただき貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございます。毎回授業を楽しみにしております。寒さも厳しくなってきました。くれぐれも御身体にお気をつけてお過ごし下さい。
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寒い一日でしたね。今日も授業をありがとうございました。
今日の授業で中途失聴と難聴者、老人性難聴の違いを改めて考える機会をいただきました。以前中途失聴の方とお話ししたことがありますが、深い傷を負われていました。普段の生活で家族が話していることが分からず孤独感を強く抱いておられるようでした。長い時間をかけての心のケアが必要不可欠とのことでしたが先生だったら具体的にどのようなアプローチをなさいますか。
是非伺いたいです。
高山:私だったら、まずは傾聴をし、状況を見て支持的精神療法に移行するだろうと思っています。しかし、やはり一番良いのは中途失聴の当事者によるピアカウンセリングだと思います。
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【授業の感想】
本日も授業ありがとうございました!
今回聴覚者支援マップでは、私が在住する県を調べましたが、新たに知ることが多くありました。また、他の方々のマップを見せていただき、同じ関東圏でも地域格差が大きいことがわかり大変勉強になりました。今回作成したマップを改良し、実際にSTになった時に活用できるようにしたいと思います。
次に、本日の授業内容の「中途失聴」について考えたことを述べたいと思います。
<中途失聴者は…>
「発声がきれいなために、聴者と間違えられることが多い」と授業で習いましたが、私も唯一出会ったことがある失聴の方(片側)に対して本人から申告があるまで「聴者」だと思い込んでいました。知らぬ間にストレスを与えていた可能性があったのかもしれないと反省しました。
<中途失聴者が抱えるコミュニケーションの問題>
「固有名詞などが読めない」とありましたが、これは私にとって新たな知見でした。確かに日本語には多様な読み方があり、一筋縄ではいかない点があります。何気ないことでも、今後はSTの卵として意識を向けていきたいと思います。
<コミュニケーション技術の欠如>
先日他の授業で読話を体験しましたが、相手に繰り返し言ってもらっても最終的に全て理解することが出来ず、読話の難しさを実感しました。今日高山先生から「読話の習得に5年はかかる」というお話を聞き、先日の体験と重ね「あんな短時間でマスター出来るはずなかった…。」と納得しました。実際のコミュニケーション場面では、そう何度も相手に繰り返し言ってもらうことが困難になります。そうなると、コミュニケーション受信が筆談だけになってしまい、今まで生きてきた世界との格差に孤立感を感じざるを得ないと思います。STとして、中途失聴者に対してどのような支援が出来るのか今日の授業を踏まえて、今後考えていきたいと思います。
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本日のグループ内でのレポート課題発表は、それぞれの取り組み方を知ることができ良かったです。地域の特性はもちろんのことですが、制度や課題など共通の問題もあり共感しました。また、自分のマップの不備や問題の捉え方、誰を対象にしたマップなのかと気づかさせて頂いた部分が多くとても勉強になりました。
中途失聴については、カウンセリング・家族支援等STとしてサポートを構築する大切さがわかりました。課題レポートでも感じたことですが、地元の聴覚障がいに関係する情報が少なく、また公表されていないなど、多くの課題があります。また、STが働ける施設が少ないです。田舎ならではの問題とは思いますが、STの必要性と知名度をあげ、地域の方へ情報発信する必要性とそれを具体的にどのように取り組むかが今後の課題でもあると思いました。
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中途失聴者は、後天的な理由で聴覚障害をきたした人なので、先天性難聴者に対しての支援に加え、精神的サポートの大切さを感じました。
また、今までコミュニケーションとは、対人関係の潤滑油とは頭では思っていたのですが、コンサマトリーなコミュニケーション、また固有名詞など読めない事については思いもしなかったので、すごく納得しました。
聴こえない事、聴こえなくなる事とはを考えさせられる講義でした。
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今日は、作成した地図を検討し、その後、中途失聴について話し合いました。
中途失聴は、構音は保たれるので、発音が美しく一見してそれと気づかれることがないというお話を伺いました。その場合、先天性難聴の場合と比べ、以前とは聴力の異なる自分を周囲に理解してもらうという過程が加わり、困難のひとつとなります。本人も、周囲も、環境が急変するので、それに合わせてどういった作戦が取れるかを考える必要が生じると思います。人生の節々で、環境の変化は誰しも経験することだと思いますが、聴覚を失うことは変化を受け入れ、新しいやりかたを学び取るまでに時間も労力もかかる、負担の大きい作業になります。
そこにこそSTの出る幕があるのでしょう。技術的に、聴覚障害をどう補助したり、手話などの能力を得るかという問題はもちろん重要です。しかし、上記のような時間と労力が必要となる過程そのものを多少なりとも肯定できるような精神的な支援もまた、QOLを考えるうえで必要となるのではないかと感じました。
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今日は中途失聴についてでしたが、一番印象に残ったトピックはコンサマトリーのところで、今まで仕事などで出会った中途失聴者が一番主張して言っていたのはこの点で、周りは楽しそう笑っているのに、何で笑っているのかわからない、話しについていけない、聞こえてない(理解していない)のに聞こえたふりをして、気疲れしてしまうなどたくさんの目に見えない悩みを抱えていらっしゃいました。やはり聞き返したりすることで話しを止めることは今まで聞こえていた人にとって屈辱感があることや、劣等感を感じ自分に自信をなくしてしまうなど、授業の中でもありましたが、このようなアイデンティティの問題はほって置くことのできない問題で、時間がかかってもいいので、すこしずつケアしていかなければ心理的にも危険な状態に陥る可能性があるので、私たちSTとしてこういう面をちゃんと見逃さずにサポートしていけるようにしていかなければなりません。
また家族へのケアも大切だと思います。
家族は難聴者のよき理解者であるのと同時に、たくさんのサポートを身近でしていただく方なのでSTとしては持っている知識をお伝えして橋渡しするような立場で接していけるよう、カウンセリングも大事になってくると思いました。
また、レポート課題をみんなで共有できたのはとても良かったと思います。
わかりやすかったのは、難聴と中途失聴と加齢による老人性難聴の区分を明確にわかりやすく定義してくださったのでよかったです。
ありがとうございました。
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中途失聴者について学び、ある日突然世界が変わってしまう恐ろしさを、
知った気がします。また、そのことによる心理的な、サポートの大切さもまなびました。
今まであったものがなくなることは、不安をあおり、ポジティブには捉えずらいことです。悲観的に物事を捉えやすく、先(未来)をみる事をやめます。そして、己を肯定しようとし、必死に自分を探し、周りを見て悲観します。
最終的には、障害を受容するのではなく、己をちゃんと否定できたときに、
自己肯定感が持てるのだと思います。
それまで、己と見つ目合い必死に現実と向き合っている時期は、とても辛いのだと思います。”声を使うのをやめた中途失聴者”その、一つのを段階なのだと思いました。
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地図を作製して、荒川区の医療機関のSTのいる大学病院は1施設しかないことに驚きました。しかし、荒川区全域にわたって、耳鼻咽喉科・リハビリテ‐ション科を有する病院・診療所が数多くあるのは、聴覚障害者にとっては住みやすい区であることが分かりました。
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障害の受容と、まわり人間の理解の難しさを感じた。話すことは、可能であるが、相手の言っている事がわからない状態は、本人にとっても話す相手にとっても大変なわずらわしさを生む。
藤田保さんの文から、会話中は脳が話すモードになっているため、言いたいことのスピードと筆記する手が噛み合わず、イライラしてくると記されていて納得した。中途失聴者も、相手が書き終わるのを待つのがもどかしく、早合点してしまうそうである。
言葉を獲得しているとは言え、聴覚を失うことの孤立感.疎外感は計り知れない。わずらわしくても、中途失聴者を意識し、声をかけることが、中途失聴者を支える最良の手立てであると思えた。
先生は、中途失聴者の方との交流はありますか。その場合、どのようなコミュニケーション方法を用いますか。
高山:私は相手に合わせるようにします。相手の様子や相手の要望を見て、筆談でお話しすることもありますし、手話で話すこともあります。
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本日もありがとうございました。
今回出された課題、最初は何から調べて良いか分からず、正直めんどくささも感じましたが、調べていくうちにどんどんはまっていき色々な課題が見えてきて興味深く調べることが出来ました。
自分が住んでいる地域の現状が良く分かった気がします。
また、視覚障害者に対する支援は目にも見えやすく分かりやすいので、ほとんどの場所でなされてましたが聴覚障害者に対する支援は充分ではないことを実感しました。
今日の授業が終わったあと、友達と中途失聴について話をしました。
すごく難しい問題だと思いました。いつも当たり前にしていた会話が聴こえないことでキャッチボールができなくなる。会話はその時の内容だけではなく、テンポとか雰囲気とかで言葉の受け取り方(感じ方)が変わってくると思います。
また、音がある世界を知っているからこそ、聞こえなくなった時の喪失感は大きなものなのだろうと話していて思いました。
先天性難聴に対する支援は授業を通して分かりますが、中途失聴者に対しての支援はどういったものがあるのか気になりました。
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本日も講義ありがとうございました。
マップ作成にあたり、自分が住んでいるN柄町のあるC生郡に病院や支援施設があまりにもなかったので、昨日、C葉県の『聴覚障害センター』に行きました。
田舎ゆえの問題点や実はこうすればOK!以外と知らない××サービス…などの生の声が聞けて、面白くマップが作れるだろう…と思ったのです。
…でしたがお休みでした。文化の日(ゴジラの誕生日でもある!)が優先だったようです。
休みの日でないと相談にも来られない人もいるだろうに(たとえ予約制であっても)、こういったところは休日も開いていて欲しい、図書館式に月曜休みとかでもいいから何とかならないものだろうか…と思いました。
イベントも硬軟織り交ぜ、センターはどんどん解放していってもらいたいものです。
余談ですが、ゴジラにも豚耳状のちっちゃい耳があります。
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今日もありがとうございました。
今回のレポートでは、神奈川県の鎌倉市を調べました。
マップ作成にあたり、「鎌倉市福祉計画」に寄せられた市民からの「意見集」を
参考にしました。
聴覚障害に関するところでは、
・地震災害への備えとして、情報をメールで知らせて欲しい。
・医療機関での検査の際、検査者と言っていることが分からず、身体的に苦し
んだ。
・鎌倉を訪れる観光者にも聴覚障害者はいるはずだ。観光者へのサポートが欲
しい。
などの声が上がっていました。
言語聴覚士として、目の前のひとりの当事者の課題に取り組むことと同時に、視
野を広く持ち、社会に働きかけていく視点を持つ重要性を感じました。
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中途失調の場合、これまで聞こえてた世界があるため、喪失感が大きい。配布された資料の中に、中途失調者は視覚情報に鋭敏になり、相手の表情が捉えやすくなり気にしてしまう、と書かれていた。
ある感覚の機能が低下すると、それを補おうと他の感覚が増すのだろう。資料の中ではこれが裏目に出てしまったようだ。視覚が鋭くなりすぎたがゆえに、問題が起こってしまったのだ。
また、複数の人数の中で会話すると一段と情報量が落ちるとある。中途失調者に限らず、聴覚障害者はとかくその傾向が強いだろう。一対一で話すなら、会話は保つことができるだろうが、複数で話すと、音源定位が出来ないばかりか、読話もむずかしい。授業の中では読話ができるようになるまでは5年かかるとのことであった。
中途失調がいかに心理的なダメージが大きいか、今日の授業とこの資料から理解することができた。
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授業の中で他の人のレポートを見せてもらって、地図の作り方や調べている場所が各自違っていて、とても参考になりました。
中途失聴の方は、新たなコミュニケーション技術を獲得するのに時間がかかってしまう事がわかりました。
今まで築きあげてきた物を失ったり、また再構築しなくてはいけないと思うので、精神面を含め全般的な支援が必要になると感じました。
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今日は中途失聴についての講義を受けて、中途失聴者には、先天性の難聴者とはまた違った苦しみやストレスがあるのだと感じました。それまで持っていた「聴力」というものを剥奪されるということの喪失感を考えると、それを受け止めるには長い時間がかかるとともに、その本人を支える人の存在が必要だと思います。失聴後のコミュニケーション手段についても、筆談では円滑な会話が成り立ちにくく、聞こえないことによる状況の把握の困難さもあり、精神的なストレスや自己劣等感が生まれやすいと思われるため、そのような方に関わるSTもご本人の心のケアに配慮し、ストレスを軽減できるようなコミュニケーション方法などの環境の向上を意識して対応していくことが重要になるでしょう。
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今日の授業で他の人のミニマップを見せてもらったが、自分のミニマップと比べてみると、他の人達はよく調べてきているのに対して、自分の作ったは程度が低く感じられた。
あまり作成に時間をかけなかったのもあるが、もっと調べればもう少し良い出来になったと思うので、充分なものでなかったと思う。
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マップについて
作成してみてよかったです。自分の街についても障害者支援についても知ることが出来ました。ところが、本日の授業冒頭で先生がおっしゃった「よりよいマップを作るには」を聞いて、反省しました。
まず、マップを活用する対象をきちんと絞っていなかったこと。
そして、作成したマップがきっと当事者から見たらわかりにくいこと。
色や視覚情報を使わなかったこと。
なによりも、聴覚障害の方なら電話が出来ないのに、FAXやメールアドレスを記載していないこと。
数えだせばきりが無いほど反省点がありました。
しかし、今回マップを作成したことにより、情報の少なさや情報の伝え方の難しさを実感できたのでとても良かったです。
中途失聴について
本日いただいた藤田さんのプリント最後に「感覚遮断」について書いてありましたが、先生も「便利に」使ったことはありますか。
「望む孤立」とあり、感覚遮断の世界で安らげるとも書いてありました。
そのような心境に至るまでは紆余曲折あり並大抵のことではその境地に立てないと思うのですが。。
高山:たくさんありますよ。聞こえないことをいいことに、様々な場所で悪用してましたよ。特に音を気にせずに寝られるんですよね。素晴らしい。(笑)
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今日も貴重なお話をありがとうございました。
今日の授業では、聴覚障害関係のマップを自分で作った上で他の人のものと比べることができ、とても有意義でした。
作り方の工夫も参考になり、内容の情報交換もありがたかったです。
感じたことの1つは、まず、聾学校があまりにも少なく、大抵どの地域でも通うのには遠くて、いくつかの教育方針から選べるなどという地域はあまりないということでした。
もし、自分が聴覚障害児の親になったらと考えると、その負担や苦労、自分の考え方と実際の教育のギャップなどに悩みそうだと思いました。
また、意外とどこの地域も聴覚障害者のサポートの仕組みは同じで、画一的な気がしました。
また私の調べた地域には、民間の施設などはほとんどありませんでした。
もう少し、各自治体やそれぞれの地方の人たちが自由にアイデアを出してサービス・支援を行っていく形の方が、支援のありかたが進化して、選択肢も増えるように思いました。
聴覚障害児・者の支援や教育というものは、あまりお金もうけとは相いれないように思いますが、例えばなんだかの助成をするなどして、もう少し民間活力を利用した方が良いのではないかと思いました。
それから2つめに、中途失聴者について理解が深まりよかったです。
特に、中途失聴者が感じる孤独というものが、具体的にどういうものかイメージできていませんでしたが、新しい言葉を覚えそびれるとか、たわいのない冗談から疎外される等、例を挙げていただき、よく納得できました。
中途失聴者となることは悲しいことではあるかもしれませんが、過去に同じ辛さを味わった人もいて、自分一人におきたことではないと実感できれば、その人にとってなんだかの救いになるかもしれないと思います。
STが、中途失聴というものについて知識を持っており、適切に支援して水先案内人となれること自体が、彼らにとっては「同じ辛さを味わった人達」の存在を感じられることであるようにも思えました。
今日もありがとうございました。
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中途失聴者について
高山先生の難聴に対しての見解と今まで教わってきた医学的な難聴の話と少し違いがあり、分からなくなりましたが、必ずしも医学的見解と当事者の捉え方が一致するとは限らないのだと知りました。
質問です。
今日お話されていた中途失聴者のお話は両側性におけるものでしょうか?
一側性であれば、その受けとめかたは変わってくるのではないかと考えました。
実際、一側性中途失聴の上司を持ったことがあるのですが、かえって聴覚活用が洗礼されていき些細な音さえ気になってその場にいられない時があるようでした。メンタルサポートを考えた時、中途失聴については、先天性とはまた違う観点(聴こえを知っている)で一側か両側か分けて考えた方がよいのか?と感じました。
高山:もちろん、片耳か両耳かでニーズは変わってきますから、「ニーズ」は何なのかという視点が一番重要だと思いますよ。両耳中途失聴者=全員同じ問題ではありませんからね。
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今日の授業で、中途失聴について考え、昨日まで聴こえていた人が聴こえなくなってしまった時の心情というのは計り知れないと思いました。その人の家族や友人も、以後どのようにコミュニケーションを取れば良いのか、戸惑いを感じるだろうと思います。そうした状況下でSTが関わる場合、心のケアはもちろん、本人にとって最良のコミュニケーション手段や方法を少しでも早く共に考え、試行錯誤していくことが大切ではないかと思いました。
そして、コミュニケーションが上手く出来ずに溜まってしまうようなストレスは、本人が望むコミュニケーションに少しでも近づくことでしか解消できないように思うので、本人が一番コミュニケーションをしたいであろう人、家族、友人の協力、支えも欠かせないと思いました。よって、中途失聴の場合、本人だけでなく、家族や友人へのカウンセリングやアプローチがあるとより良いのではないかと思いました。
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今日はそれぞれが作成したマップについてグループに別れて話し合いましたが、本当に良い情報交換の機会になりました。また、自分では思いつかないようなマップの作成方法や、人によって視点が異なっていて、また同じようなものを作成する際のアイデアをもらうことができたような気がします。色んな人の良いアイデアを吸収して、今後に活かしていきたいと思います。
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本日も講義お疲れ様です。
マッピングレポートを恐縮ながらも提出させていただきました。
本日、授業を受けさせていただいて、私自身の至らなさにつくづく肩を落とす次第でした。
レポート作業を進めていく中で、見た目や情報収集にこだわりすぎ、聴覚障害者が実際にそれを見て、いち早く施設に連絡できることを念頭に置かなかったせいで、肝心なFAX番号や、URL、さらには担当者の名前やメールアドレス、部署名の記載などをしていなかったことに気付く次第でした。しかし、それに「今、ここで 」気付けたことは幸いです。
レポートを「完成」するに至りませんでしたが、「充実した時間」と「今、ここで」の気付きを得られたことは、今後のあらゆる生活や、仕事、学校生活における心理的側面においても重要であることは否めません。
たくさんのことを、今回のレポートで学ぶことができました。ここまで深いものであることに「今、ここで」気付けたことも幸いです。
授業から話はそれてしまいますが、実際に私の勤めていた企業でも、管理者研修の一環で、「今、ここで」の気付きをいかに部下に気付かせるか、さらに、部下が気付いて次に自分が何をお客様にできるのか、を重点に置いた研修が実施されていたことは記憶に新しいことです。顧客サービスを医療サービスに活かすことが できるのであれば、企業を知らない医療従事者よりもさらに一歩進んだ医療サービスを提供できるのではないかと考えます。これが今後の私の強みになれば幸いなんですが・・・。
話が脱線いたしましたが、次回も、「今、ここで」を大切に、授業に臨みたいと思います。次回も楽しみにしております!!
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今日の講義では、中途失調について学んだ。それまで聞こえていた音を失うということは、それまで居た世界との断絶を意味するものであることを知った。また、周囲の理解がないことは、中途失調者の精神的ダメージを倍増させることを改めて認識した。当事者だけでなく周囲の人たちに理解を促していくのも私たちの重要な仕事であると感じた。
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難聴者は難聴者の中途失聴者は中途失聴者のそれぞれの支援が必要で有ることを改めて感じる事ができました。
ある日、急に聞こえなくなった事を受け入れる事に、当人も回りも時間がかかるのは当然の事かもしれません。適切なサポート、特に精神面の支援がとても重要であると感じました。
印象的でしたのは、「声を使うのをやめた、あえてつかわない」という事です。表に現れづらい障害だからこその難しさを感じます。
当たり前に様々な人が集える社会にむかってほしいと願います。
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〈今日の授業の感想〉
今日は、それぞれが作ってきた地図をみせあって、自分の住んでいるところとの違いや、逆に共通点など色々な点で発見があったので、非常に面白かったです。今後STとして社会に出るときに、色々な地域の事情を知っておくと、視野も格段に広がるし、患者さんのバックグラウンドの一つも少しは配慮できるのではないかと思いました。クラスの皆が作ってきた地図を、もっとじっくりみたいと思いました。自分の住んでいる地域にだけではなく、広い範囲に視線をおくことが大切なのだと感じました。そのために、もっと知識を深めること、沢山の人と交流を持ち、お互いの考えを伝え合っていくことが必要なのだと思いました。
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今日もありがとうございました。レポートの課題では、グループで話し合う時間を設けてもらったので、振り返るよい時間になりました。
自分のレポートは、人が見るという視点が落ちていたように思います。反省です。
中途失調になったら、現実を受け入れるまでに時間がかかり、思っていなかったことがでてくるのだと思う。
確かに、人に言えず、気づいてもらえないとしたら辛いだろうと思います。
自分がそのような人に関わったら、相手のことをできるだけ想像し、気持ちを聞いて関わっていこうと思います。
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【今日の感想】
●課題について
同じ課題でも、人によって視点が異なり興味深かった。
私はことばの教室や福祉施設を中心にピックアップしたが、中には聴覚障害者向け警報機(振動するもの)を備えている施設も調べている方もいた。聴覚障害者を支援する社会資源と聞いて思い浮かべるものや制度の幅が広がった。
●中途失聴(難聴)について
“コンサマトリーなコミュニケーション”が限られてしまう、ということが(特に女性はおしゃべりでストレスを発散する人が多いと思うので、)精神的に本当につらいことだと感じた。さらにそういうおしゃべりをしていた友人達との関係性も変わってしまうかもしれないことは失聴のショックからの立ち直りを一層難しいものにするのだと思った。これまで構築してきた人間関係の中だけで、失聴を受け止めるのが困難だからこそ、外部の支援者(カウンセラーなど)の積極的な働きかけが大切だと理解した。
また、聴者が中途失聴の方を心理的にサポートするにはピアカウンセリングが良い、というポイントが、自分がSTとして関わるときの指針となると想像されるので、心強かった。
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今回は中途失聴について学びました。中途失聴者が抱えるコミュニケーションの問題に固有名詞などが読めないという問題があることを知りました。私たちはテレビや日常会話のなかで自然に固有名詞の読み方を習得しているのだと気づきました。手話ニュースで、漢字にふり仮名がふってあるのは、そうしたことへの配慮であったのだと初めて知りました。
また、中途失調の場合、発話に問題がない分、聴者と誤解されるなど、コミュニケーションにおけるストレスが大きいと思いました。そういったことから、中途失聴者の精神面のケアとコミュニケーションにおける支援など、言語聴覚士も含め、専門家のサポートが重要だと感じました。
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中途失聴者のお話で心理的な問題を解決していくことがその後の支援にしとても大切だと感じました。
今まで音声言語というコミュニケーションで構築されてきた他者との関係を一から構築し直していくことは当事者も他者も簡単ではない。音声言語でのコミュニケーションを突然失うと、筆談から始まることが多い。筆談は音声言語でコミュニケーションしていたものにとってとても疲れることだと思う。疲れることで他者とのコミュニケーションがめんどくさくなってしまい、最小限の気持ちしか伝えなくなってしまったり塞いでしまうこともあるだろう。我々STは訓練訓練となりがちだが訓練の前にその方のモチベーションを上げ、心のケアをしていくことが一番大切だと学んだ。
中途失聴の方の抱える問題
・コミュニケーション
・社会的地位
・家族関係
・友人関係
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今日の講義を受けて。
最初に、マップのグループワークでは、それぞれの自治体の違いに驚きました。
県や市・区によって、障害者への支援が違うのだと改めて思いました。
中途失聴の講義では、いままで聞こえがあったのに、突然又は進行的に聞こえなくなるという事により、精神的にとても負担が大きくなるという事を知りました。
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中途失聴者の失聴した直後の状況を知ることができ、とてもためになりました。様々な情報を収集し、コミュニケーションを取る際に重要な役割を果たしている聴覚が、ある日突然機能しなくなってしまうのは、計り知れないショックと絶望を感じるに違いありません。中途失聴によって、今まで築き上げてきた人間関係が崩壊し、さらには仕事にまで影響がおよびかねません。
STとして、聴覚補償などの支援だけでなく、中途失聴者の苦痛や悲しみを少しでも受け入れ、精神的な支援もできるようにならなくてはならないと感じました。
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講義ありがとうございました!
他の人の福祉マップを基に、近くの人と話をすることで、福祉マップに対するその人なりの感じ方はもちろん、調べていない他の地域の情報を知ることで新しい発見ができ、良かったです。意見交換は大切ですね。
『固有名詞などが読めない』、今まで意識をしたことがなかったので、驚かされました。聞こえが悪いことで、そういった弊害もあるのだと改めて知りました。『聴覚障害者の精神保健』の冊子のようにどの本にも仮名を振ればいいのに。とまでは思えませんでしたが、一緒に楽しめる方法があれば良いと感じました。
また、『環境音も聞こえず、目に見える風景は無機質な印象になる』と言う点が印象的でした。普段、過ごしている中で、生活の音を特別意識することなく、過ごしていますが、プロジェクターの音や外の自動車の音を感じ取れなくなる、と想像しただけで、隔離されたような気持ちに陥りました。
この状態が毎日続くのかと考えたら、中途失聴者の自明性の喪失や、現実の世界へのつながりを感じにくくなってしまうのも、分かるような気がしました。
孤独感を少なくするためにも、中途失聴者の支援の情報が、もっと幅広く入手出来る仕組み作りが大切だと思います。それには何が大切のなのか、考えてみようと思います。
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中途失聴者の心理状態は、先天性の難聴者のそれに比べると想像しやすいが、やはり衝撃は大きいものだと思う。講義の中で、「剥奪」と表現されていたが当にそうなのだと思う。だから私個人としては、長谷川洋さんの中途失聴者の定義がしっくりくる。
彼らがどう問題を抱えてどう生きていくかは、周りの環境次第で大きく変わっていくことだろう。したがってSTの役割は、カウンセリングや補聴支援、情報提供はもちろんのこと、その他環境整備についても及ぶべきだと思う。今具体的には、家族や職場の人達に適切な説明をするなどしか思いつかないが、そういったアプローチもしっかりできるSTになりたいと感じさせられる講義だった。
また忘れてはならないのが、中途失聴者の身内も深い悲しみやショックに陥っている場合があることである。その支援策もやはり考えていかなければならない。普段から色々なケースを想定していく必要があるだろう。
本日も講義をありがとうございました。
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今日はありがとうございました。
今日のテーマは中途失聴。知人で、原因はわからないのですが、中学生の頃に中途失聴になられた方がいらっしゃいます。一緒に飲みに行きますが、きっと話はわかっていらっしゃらないのでは…と思うことがしばしば。でも表情を場の雰囲気にあわせてくださっています。昨年、手話を習いはじめたそうです。失聴後、数十年は経っていて、話を聞いたときは不思議に思いました。その頃は、難聴者=手話という画一的なイメージしか持っていなかったので…。今日の授業で、中途失聴の方にとって、「手話の獲得」はなかなか難しいというお話がありました。技術的に大変ということもありますが、周囲に手話のできる人が少ない、ということも、関係するのかとも思います。
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本日も授業をありがとうございました。
クラスの皆が作成したレポートを吟味する時間が、意外に色々考えさせられました。
地域によって差があり、他地域と比べることによって何が足りないのか?などが
浮き彫りになって面白かったです。
あとは、自分と他人のレポートを比較することで、何が足りない、こうすればもっと良くなるということも分かり、有意義な時間が過ごせました。
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みんなのマップをみて、その情報の細かさにびっくりしました。私はA4で収めなきゃという思いばかりで、とても荒い情報になってしまい、反省しています。
調べていく中で、自分がずっと住んでいた地域に意外と多くの聴覚障害者を対象とした施設があることを知り、驚きました。病院などの医療施設の情報をあまり手に入れることができなかったので、もう少し調べてみようと思いました。
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マップ作成は話し合った数人だけでも様々な視点でとても興味深かったです。また、今日の授業テーマ:中途失聴については、声に問題がないことにより周囲に問題を認識されにくく、ちょっとした会話のずれが生じるなどコミュニケーションの問題が大きく、また内に抱え込んでしまうなど孤立してしまう点に深い問題を感じました。
家族も含めて十分な理解と支えをしっかり行うことがその後につながっていくのだと支える側のフォローの重要性を改めて考えさせられます。
ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。
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難聴者と中途失聴者の違いについてのテーマでした
中途失聴者はなかなか聴覚を失った事実を受け入れられないということは他の授業でも習いました突然何も聞こえないという現実が始まる、突然目の前が真っ暗で何も見えなくなる、突然足が前に出なくなる、突然話ができなくなる・・・明日にでも、誰の身にも起こりうることですね
52歳で脳出血で半身不随となった父を25年ほど介護し続けた母の様子がしだいにおかしくなって、札幌の実家にこちらから電話すると、話しているうちにじきに「あら?この電話聞こえない、どうしたんだろう、壊れてるよ。そちらじゃないの?あれ、へんだねえ」なんて言う様になって勝手にむこうから切ってしまったり、お金の勘定ができなくなったり、唯一得意な料理のとんかつの、小麦粉、卵、パン粉の手順がわからなくなったり・・・そういう現実の自分の老化が受け入れられなくて、周囲の家族に当り散らしたり・・・
歳をとって失ってゆく自分の運動機能や生活における機能に対処してゆくというより、もうできなくなっていることも忘れたりして、神様はできるだけ、老人を泣かせないようにしてくれているのでしょうが、それでも、心の奥深く、失った事柄への哀惜の傷みはうずき続けているらしいと感じることがたくさんあります
性格上、なくしつつあるもの、なくし続けていくことには、私はたぶん、そう嘆かずにいられそうな気がしていますが
先日の、難聴者のゆうかさんはどんどん聴力は落ち続けているそうです
デジタル補聴器ではなく、アナログ補聴器がいいのに、もう販売中止だと嘆いていました
彼女は手話はできません
聞こえないということがどういうことか、ほとんど日頃忘れているそうです
犬の販売店と、訓練をしているようですが、今日のお話のように、発話がきれいで、しょっちゅう難聴ではないと誤解されて嫌な思いをしたから、最近はずっと髪を上げて、補聴器がお客さんに見えるようにしているそうです
さらに、初めて会った人には難聴であることを必ず最初に告げるそうです
人間が生きてゆくことは本当にさまざまな苦しみと出会うことなのですね
私もこれから先、もっともっと大きな喪失や苦難に出会うのかもしれませんね
でも、人間の細胞は持ち主である私の思惟を超えて強く、弾んでさらに前に進もうとしているようです
中途難聴の人の嘆きや不安を語るとき、先生の目はやはり哀しみの色がみえます
でも先生も弾んでいらっしゃる
おちゃめな顔で、ふざけている
高山先生は私より先に生まれてはいない
でも教わっているのだから、やはり私には先生ですね
でもでも、私が教師をしていたころ(去年の今頃は、農業高校で牛の声を聞きながら授業をしていました)、私は高校生たちと”ため”で、ふざけあっていました
授業に行くと早弁をしている生徒に玉子焼きを食べさせられたこともありました
10年前に卒業していったあの子たちとおんなじくらいのお歳なんですよね
アーモンドチョコは召し上がりましたか?あのまんまだと、かばんの中で溶けてしまいます
私は行徳で古典文学を60代、70代の人生の先輩方に教えています
その方たちのまえで、私は先生ではありますが、”ひよっこ”です
そしていつもあんなふうに飴やチョコを頂くのです
ちょっとまねしました
お嫌いだったらごめんなさい
明日は、言語障害の一科目の小テストです
来週まで、お元気で!
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今日は皆で地図の見せ合い、楽しかったです。
地域によって差がありました。豊かな市、そうでない市。しかし、どこも、市または個人が取り組もうという姿勢が垣間見られ、魅力を感じました。
私が住んでいる市についても、様々なことを発見し、注意して見ること、発見することの楽しさを改めて感じました。
さて、今日は中途失聴の講義でした。
ベートーベンの自伝をみた特、耳が突然聴こえなくなる世界とは一体どのような世界なんだろうと耳を塞いでみたことがあります。
聴こえていたものが突然聴こえなくなるのは、聴こえていた頃を知っているだけ喪失感が強いでしょう。最初から知らなければこのような喪失感を味わわなくて済むのに、と自暴自棄になるかもしれません。しかし、逆に知っているからこその可能性もある。
私も中途失聴について他人事ではありません。
だからこそ、ご本人やご家族が希望や未来を描けるような援助を試みたい、と思います。
その為にもやはりその地域を知ることは大切ですね!
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臨床福祉専門学校1年B組の木村です。今日も授業ありがとうございました。
支援マップのレポートは、次回の授業で提出できるよう頑張ります。
最初に印象に残ったのは、固有名詞などが読めないことがあるため、ルビ
をつけるべきであるというお話です。これは中途失聴者だけでなく、難聴
やろうの人の場合にも当てはまることではないでしょうか。ニュースの字
幕だけでなく、バラエティ番組や映画の字幕にもルビをつければ、聴覚障
害の人にはより見やすく、テレビ局にとっても視聴率が上がって、双方に
メリットがあると思いました。
次に印象に残ったのは、声を使うことをやめた中途失聴者についての、
「声がきれいなら聞こえているはずだ」という周囲の人の思い込みが、そ
その人を、聞こえないだけでなく話せない人にもしてしまった、というお
話です。たとえ聞こえなくなっても、話の内容が分かれば、自分の思いを
声にのせて相手に伝えることはできるわけですし、その人の笑い声を聞け
なくなって残念に思っている人も多いのではないでしょうか。手話の習得
の難しさは、私自身、先生に教えていただいた指文字が、10日くらい使わ
ずにいるだけでおぼつかなくなるので、まして、高齢になって失聴した人
が手話を覚えるというのは、その人とかかわりの深い周囲の人も高齢であ
ることを意味するわけですから、想像するに余りあります。ただ、読話に
ついては、補聴器や人工内耳を装用した場合でも難しいのか、装用しない
場合に難しいのかがわかりませんでした。そこで質問なのですが、中途失
聴者では、補聴器や人工内耳を装用したもののうまく活用できないという
ケースは、かなりあるのでしょうか?
高山:読話を獲得するには10年はかかると言われています。補聴器をつけているのかどうかの問題ではありません。ためしにNHKのニュース(アナウンサーが真正面を向いている番組)を音を消して、口を読み取ってみてください。出来ますか?
また、欧米では、中途失聴者が読話を習得したり、周囲の人たちととも
に手話を習得したりしやすいような制度はあるのでしょうか?
高山:制度というか、地域や障害者団体主催での取り組みはありますよ。日本もあります。
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今日も講義ありがとうございました。
マップを提出したわけですが、クラスの人たちのを見ていたら自分のやつがとても恥ずかしくなりました。もっとカラーを使ったり、工夫すべき点があったのに調べることに必死で見やすい工夫をできなかったのが反省点です。
ところで、今回、私は茨城を調べたんですが、先生が感じる茨城の問題点はありますか?よろしかったら、教えてください。
高山:茨城の問題は地域格差が激しいことだと思います。広大であることも1つの理由だと思います。
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まずマップについて、グループで話し合った結果自分のマップの至らない点がわかりました。今回は、自分が働くであろう地域で作成しましたが、実際働きだした時その地域のことについて今回の反省点を踏まえ、もう一度作成したいと思います。いざという時に患者さんの役に立つすべになると思いました。
中途失聴について、僕たちは今授業的に発達の授業が多くその関係で先天性の難聴児について学ぶことが多いように思います。「情報量が少ない」とレジュメに書かれており、確かにそこではっとしました・・・教科書に書かれていることも中途失聴について書かれていることが少なかったのです。
別の授業で、中途失聴の人は正常の聞こえを知っているのでその聞こえと違う補聴器に対して嫌悪感抱くことが多いと聞きました。その嫌悪感というのは、無理やり慣れるしかないのでしょうか?慣れない場合どうやって対処していっているのでしょうか?
高山:人間って、脳って、なかなか簡単にはあきらめないように頑丈な康三になっているんですよね。やはり、どこかで慣れていく方が多いですね。臨床を見ていると。
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本日も授業ありがとうございました。
今回の先生のレポートに関して、私は地元を選んで調べてみましたが、結局のところ自治体、教育委員会、各種団体などの情報に限られてしまいました。レポートを皆さんに評価していただきましたが、いいものには程遠いものでした。どうしてもほかの地域と比較してもサポートをするにも程遠いのが現状です。そのため、大きい街などに行かない限り聴覚障害の情報を手に入れることは不可能であることになります。都会並みのサポートといっても資金のめどはたたないので現状維持が精一杯といったところです。また、多くの相談施設は、オールジャンルの相談が可能だそうです。この点がサポートの行き届かない理由かも知れません。 また、中途失聴の話は身近な問題に感じました。重要な点は今までの人間関係を変えることなく障害を理解してもらう努力をして最大限の心をこめたサポートにSTはエネルギーを注がないといけない気がしました。
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マッピングに関して他の三人と地元に関して話し合ったところ色々違いがあることに驚きました。後自分の地元に関してかなり大きな施設があったのに何年も知らなかった事には無関心だったことに関して反省。EVENTがあったから存在を知りえましたが無かったら知らないで終わっていたかもしれません。今回は地元に関して知る言い機会でした、もう少し詳しく作り直したいです。
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昨日の講義では、マップを通して、様々な地域の聴覚障害者に対するサービスを知ることが出来ました。また、障害者にとってどのようなサービスがほしいのかもっと詳しく知りたいと思いました。
また、中途失聴の講義では、私の知り合いにも中途失聴の方がいるので、その方をイメージしながら聞いていました。問題や課題は沢山あることを改めて感じさせられる内容でした。
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中途失調者の定義について決まったものがないことがわかった。
先日東京都の中途失調者の会に出席した時に、「80歳でも人工内耳は可能ですか?」と質問が飛び交って、正直、音に対する貪欲さを感じました。しかし、私がもし中途失調者になったら、音を獲得するためなら様々なことをして取り戻したいと思うと考えたら、貪欲というよりは、普通のことなのかも?と思いました。今後も人工内耳を選択する人は多くはないと思うが、コミュニケーション技術の習得まで時間がかかると思うと、メンタル的なケアも必要だと感じました。
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他の方のマップを拝見し、共通して感じたのは、今はインターネットでいろいろな情報収集をすることが可能な方は可能であり、聴覚に不自由のある方にとってとても有益なツールだと思いました。
一方で、おそらくはじめに見学などを問い合わせる前の情報収集としてインターネットをしたいところなのに、情報が少ないサイトの施設や機関があると、不快な気持ちにもなりました。
先生の言われたマップを作る目線もそうですが、自分が何か発信する際はあらゆる想像力を使って相手の目線を意識しなくてはと感じました。
グッと寒くなりました。風邪などひかれないようお気をつけください。
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マッピング大変でしたぁ。
しかしいざ調べてみると以外な発見が多々あり、とてもためになったと思います。
一番気になったのは情報量の少なさ。
まだ入学して半年ちょっとですが、その間に習った事などを用いて専門用語をキーワードに検索をかけるてみてもなかなか。
その他はBBSでのやりとりです。不確かなの中で交わされる情報に戸惑ってしまわれるのではないかと思いました。
言語聴覚士を名乗る人の意見なども書き込まれていましたが、それが正しいのか、またその人が本当に言語聴覚士なのかわかりません。
その他、たくさんの課題を発見する事が出来ました!
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今のSTの市場ニーズの状況からすると、私を含めて多くの同級生たちは成人・高齢者のニーズへの対応をすることになると思います。小児の聴覚言語指導をしたい人が多いし、その必要性が感じられるのに、社会体制の現状では致し方ないというところでしょう。その中で、中途失聴は必ず遭遇する課題だと思います。
昨日の中途失聴の授業で、自分の体験を紹介しながら、確かにあの突発性難聴になった時、両耳がなっていたら、世界が現実感のない無声映画を見ているように感じただろうと恐ろしさを感じていました。
コンピューター技術を言語聴覚士の領域に活かすことが私の目標です。その点で、聴覚障害を持つ人をサポートする人と機器による支援について、マップ作りの課題と昨日の授業は参考になりました。
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私は、昨日の授業を受けるまで中途失調の方と難聴の方を同じように考えてました。他の授業でも『中途失聴の方は聴こえていたのが聴こえなくなる』ということを聞きましたが、どういうことか理解できてませんでした。わかったつもりになっていました。先生の説明を聞いて、今のうちに気が付くことができてよかったです。ありがとうございました。
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一昨日の授業は中途失調の人の内容でしたが、先生の話を聞く中で、結局のところ、私には難聴の人や中途失調の人の思いは実感としてはわからないということを改めて思い、専門家として知識はつけたとしても、その点で共感できるわけではないことを、肝に銘じ続けなければならないと思いました。
しかし、それが弱味というわけではないとも思います。共感できれば通じ合うものも多いと思いますが、わからないことをわきまえているからこそ油断せずに関われると思います。それは、聞こえに関してだけではなく、自分以外の全ての人とについていえると。
それから、マップ作りに関しては、まだまだ全く、実際に聞こえづらい人が使える情報を使いやすく提供するには、考え不足だったと思い、改善点はたくさんあると思いました。本当に就職した際には、実際に作ってみたいと思います。
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感想遅れてしまい、申し訳ありません。中途失聴者は幼児期に難聴になった方々とは異なる不安を抱えているのだと理解しました。周囲とのコミュニケーション手段を突然失った、喪失感は計り知れないものだと思います。その方たちを前にSTはコミュニケーション手段の再構築を支援しなくてはならないので、どのように心理的にも寄り添っていくかが鍵だと思いました。
臨床福祉専門学校講義備忘録(2009年11月25日)
11.27
臨床福祉専門学校「聴覚障害学演習I」受講生以外の関係のない方、興味のない方は、このページをスルーして頂いて結構です。申し訳ありません。
久々の授業は体力的に堪えましたが、皆さんの顔を見てほっとしました。ただ、皆さんも少しお疲れのようでしたね。風邪やインフルエンザには気をつけてくださいネ。
今週はディベートができたらと思ったのですが、失敗したなぁと思っています。あんまり議論が起こらず、もう少しルールを明確にしておけば良かったと後悔しています。なので、2限目のB組ではディベートはやりませんでした。代わりにグループディスカッションをやってもらいました。ディベートは時間もかかりますし、皆さんの積極性に頼らざるを得ないところもありますので、これからはやめましょう。
高山亨太
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- 今週の目標
ろう教育の現状を知る
言語発達について考える
- 言語聴覚士がろう学校で働くときに
言語聴覚士がろう学校に設置されている例はまだまだ少ないのが現状です。特別支援学校には「自立活動」という科目もありますので、そこに言語聴覚士としての専門性を発揮し、聴覚障害を持つ児童が健全な発達や社会参加が出来るように関係者と連携しながら担当することも重要です。教員免許を持つ学生さんは是非教員採用試験に挑戦して、ろう学校での勤務を目指してみるのも1つかなと思っています。
- ろう教育の歴史的編纂
平成になるまでのろう教育の目標は聴覚障害児が就職できるようにすることが主な目標だったと思います。というのは、多くのろう学校の高等部には普通科が設置されておらず、どちらかといえば職業訓練的なカリキュラムが多かったのです。現在は、大学に進学する聴覚障害者が増えており、ろう学校もそれに合わせた教育カリキュラムが求められつつあります。
- 言葉とコミュニケーション
いつも言っていますが、言葉を育てることとコミュニケーションを育てることは別に考えていくことは重要です。コミュニケーションは社会で生きるために必要な手段であり、言語は思考を司る1つの手段でもあります。互いの機能を相互作用させていきながら、育てていくことは重要なことです。日本語の獲得のために聴覚口話法による教育が適していれば、それで進めていき、発音がきれいではなければ手話によるコミュニケーション力を高めてあげるというといった感じで言えばわかるでしょうか。
- 言葉の特徴
言葉には恣意性や有契性などの観点から考えることが出来ます。恣意性とは言葉のなりたちが説明できないことです。例えば、「りんご」はなぜ「りんご」なのでしょうか。私たちは「りんご」をなぜ「りんご」と覚えなければならないのでしょうか。対して、有契性は写像性とも言い換えることが出来、手話だと「りんご」の特徴を捉えて「りんご」と視覚的に表現できます。聴覚障害児の言語発達を支援するときに聴覚口話法か手話かトータルかなどと考えていくときに重要なことは言葉の特徴を理解することが第一歩となります。聴覚口話法のメリットでもあり、デメリットとなるのは恣意性であり、手話のデメリットとなるのは有契性です。音声言語ではなぜ「りんご」なのかを説明できず、聴覚障害児にとっては概念を理解するための第一歩でつまづきやすいのです。逆に手話だと「りんご」と音声言語で話すと「RINGO」と5つの音素が出てきますが、それを手話では説明できません。耳で聞いたとおりのことを手話では表現しきれません。手話のメリットと聴覚口話のメリットをうまく活用しながら、聴覚障害児の言語発達支援につなげていくことが重要となります。
臨床福祉専門学校講義備忘録(2009年11月4日)
11.25
臨床福祉専門学校「聴覚障害学演習I」受講生以外の関係のない方、興味のない方は、このページをスルーして頂いて結構です。申し訳ありません。
体調不調が続いたり、忙しいことにかまけて更新が遅くなりました。寒さ厳しくなってきましたが、今年も残りわずか!がんばって乗り越えていきましょう!
高山亨太
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- 今週の講義の目標
・中途失聴者の現状と課題について考察する
・中途失聴を取り巻く社会資源の状況について知る
- 中途失聴の定義
様々な学者や当事者から定義が様々な立場から発表されていますが、聴力損失の時期から、生態学的状況から、文化的背景からと様々な立場からの発表がありますが、共通理解としては、音声言語獲得語、成人してから聴覚障害を負った方と捉えることは可能です。成人してからの片耳難聴も聴覚障害なのですから、中途失聴者に入ると個人的には考えています。
- 中途失聴の原因
様々ですが、多くは病気や事故などといった原因が明らかな場合が多いと言われています。
- 中途失聴者が抱える問題
コミュニケーションの充足感の不足
発音がきれいなために受ける様々な誤解
音声による状況判断が出来ない
障害を負ったことによる心理的問題
職場復帰の課題
情報が少ない
社会資源が少ない