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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年12月17日)


2009
12.24

臨床福祉専門学校言語聴覚 療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの感想や質問を特に学 生さんと共 有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえれば と思っています。

※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。

高山亨太

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手話通訳とパソコン要約筆記と磁気ループは研修会などで実際見たことがあったのですが、ノートテイクは話しか聞いたことがなかったので、詳しい説明が聞けて勉強になりました。
そして、情報保障の選択の重要性を学べました。これからは、研修会の時などにどのように情報保障しているか、よく見てみたいと思いました。ありがとうございました。
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今回の菅家先生のお話しは今現在のろう学校の現場のお話しをお聞きし、その状況を少しですが、身近に感じることができました。情報保障についてはそれぞれにメリット、デメリットはがあるということも知りました。通訳する人にも多くの負担がかかってしまう状況には人材の育成、体制作りが必要であるのですね。
またSTが教育現場で働く時は先生方との連携が不可欠だとも感じました。
今日はとても有意義なお話しをしていただきありがとうございました。
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今日は素敵な講義をして下さり、有難うございました。学生に対する情報保障とインテグレーションの現況について貴重なお話を伺う事が出来ました。まず、情報保障の現状として、大学以外ではまだ十分な情報保障が行われていないことについては、これからSTも中心になって学校に働きかけていく必要があると感じました。
また、実際にノートテイクを体験してみて、聞いた内容を、必要な事を漏らさずに、わかりやすく書きとることの大変さを実感しました。
情報保障手段についても、ノートテイク・パソコン・手話のそれぞれに利点、欠点があり、場所や被通訳者に応じて適切な手段を選択することの大切さを知りました。
インテグレーションについては、聴者と関わる機会が出来る点は良いですが、十分な支援がなされているとは言えず、大変な面も多いと思います。
いずれにせよ、STには聴覚障害の方々が私達と同じように好きな事を勉強し、情報を得ることが出来るように積極的に支援していく姿勢が求められている事を強く感じました。
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今日は昨日に引き続き、菅家早織先生のお話をお聞きする機会を頂きました。
情報保障について、自分が持っていた認識はアバウトなものだったと思い知らさました。(特別支援学級など、限られた環境でのみ用いられる概念と思っていました)
今、こういう学校で勉強していると、電車内などに文字情報などがないことが気になりますが、お恥ずかしながらそれ以前の私は意識したことはありませんでした。
これは推論ですが、特に意識していない人の方が多いのが現状だと思います。気がつけば、その必要性が当たり前のもとだと気づくのではないでしょうか。なので、これからSTをはじめ、専門家が声をあげていくことが何かを変えていくのでは、と思いました。
また、はじめてノートテイクに挑戦しました。普段の授業でも必死に書きとることはありますが、人にお見せするとなると別物ですね。
自分が書いた字は小さく、ノートテイクの本来の目的に沿っていないとまた気づかされました。
今のうちに、たくさんのことに気づき、先々に活かしたいと思いました。
また貴重な機会を頂きありがとうございました。それでは楽しいクリスマスとお正月をお迎えください。飲みすぎにご注意くださいね(笑)。来年もまた宜しくお願い致します。
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今日も素晴らしい授業をありがとうございました。今日は千葉聾学校の菅家先生のお話を聞かせていただきました。印象的だったのは情報保障のお話でした。先日の学校探検(学校内の聴覚障害者にとってのバリアフリーの状態を調べに行ったこと)も思い出し、聴覚障害者の立場に立ってみれば、現状はバリアフリーが実現されているとは言い難いということを感じました。
ノートテイクのボランティアのお話はとても興味深かったです。そうしたボランティアは聴覚障害者にとってとても役立つし、ボランティアする側も、知っていればやってみたいと思う方が多くいるのではないかと思え、どんどん環境が整備されていくと良いと思いました。
私自身もノートテイクや手話について、より興味を持ちました。
聴覚障害者が、当たり前に自分の望む人生を選び、職業的にも夢をかなえられるためには、聴覚活用を重視したとしてもなお、手話やその他の情報保障が必要なのだということがよくわかりました。
日々、聴こえる生活をしていて聴覚障害者に日常的に接していないと、なかなか聴こえにくい世界を想像するのが難しいので、今日のお話はとても参考になりました。
病院STと聾学校の連携のお話も興味深かったです。千葉県は広いので、千葉聾学校とこども病院の繋がりのような理想的な状況が県内の各所にあればさらに良いだろうと思いました。貴重なお話をありがとうございました。
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菅家先生の講義を受け、一番印象に残った事は、情報保障でした。先日、学校にて人工内耳講習会にてパソコン要約筆記を初めて見ました。表示内容が講演している方の話内容そのままだったので、なぜ要約して表示しないのか不思議に思っていましたが、今日の講義聞いて納得しました。
また、同質・同量の情報が話してる内容だけでなく、雑談や笑いまでも内容にいれる必要があることの説明をうけ、その大切さをしり、同時に聴覚障害の方の大変さを知った様に思います。訓練やリハビリだけでなく、学校生活における情報保障等においても、考える事も出来るSTになりたいと思いました。本日は、有難うございました。
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本日も興味深い講演ありがとうございました。情報保障について、何となくわかっているつもりでいましたが、「同質、同量」の情報を共有できるようにするということをきちんと知ってはいませんでした。大学の講義などでも、「その場に参加できる」ためには、たしかに講師の話以外の情報(学生の発言、環境音)も必要な場合があります。私自身はノートテイクを実際に見たことはなく、TVで紹介されているのを見ただけですので、何も知らなかったのと同じだと思いました。今、このような情報補償は、どの程度「需要」を満たせているのでしょうか。やはり、まだまだ普及していないというのが現実なのでしょうか。
また、聴覚障害者教育の千葉県の現状に関する説明がありましたが、たとえば県立聾学校の入学希望者のうち、実際に入学できるのはどの位なのでしょうか。神奈川県では、特別支援学校をいくらつくっても追いつかないほどだそうですが、同様の状況でしょうか。
最後の方で、病院のSTが変わると聾学校の方は不安になる、場合によっては検査を学校側でやり直したりしなければならない、というお話がありました。そのような「困った実例」や、より具体的なSTへの要望などを教えていただければと思います。宜しくお願いします。
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菅家先生のお話から、情報保障の大切さとその提供方法の難しさを感じました。ノートテイクやパソコン要約筆記は、失語症や人工内耳の講演会でも取り入れられ、情報保障の幅は徐々に広がりをみせています。しかし、授業で行なった数分の自己紹介の筆記すら通訳することは難しく、また講演会などの通訳の情報保障も十分でないことから、情報保障の定義にある同質・同量の情報提供には限界があると感じました。通訳者にも被通訳者にもより活用しやすい機器の開発を望むとともに十分に情報を得られない人がいることへの社会への働きかけが必要であると感じました。
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今日は貴重なお話ありがとうございました。私も大学生のとき、ノートテイクを経験しました。まだ学校に入り始めたこともあり荷が重く感じ3回で挫折してしまいました。今思えばもう少し頑張れば良かったな、と思いますが。
その時に思ったのは、講義内だけでのノートテイクであっても、先生の話だけではなく多くの情報を耳から聞き取っていることを知り、その瞬間を伝える難しさを知りました。またサポートとの連携の難しさも実感しました。
最近では、この学校で行った人工内耳の講演会でもノートテイク・手話通訳が活用され実際に見る機会がありました。
当事者の方に向けられた情報保障でしたが私自身も助けられたことも多くあり、情報保障は当事者の方だけではなく誰にでも必要なものなのかも知れないと思いました。
先生の経験からそれぞれの環境の違いを知ることができました。特別支援学校の概要などはなんとなく知っていましたが聴覚障害者教育に関して、実際の取り組みを知らなかったのですごく勉強になりました。
でもせっかくの機会だったので、情報保障だけではなく先生の仕事についてもう少し幅広く聞いてみたかったです。
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本日はお忙しい中お越し頂きありがとうございました。本日の菅家先生のお話を聞き、情報保障の意義やその手段についてとても興味を持ちました。
今まで情報保障という言葉自体は聞いたことはありましたが定義等はよく理解していませんでした。そして今日先生にお聞きし、改めて考えてみるとまだまだ情報保障が行われている所は限られているのでは、と思いました。例えば移動している乗り物などの中でのトラブルや建物にいる時の緊急時など。今回は聴覚が主体でお話して頂けましたが今後、自分自身で様々な方々に色々な角度で広い意味の情報保障を考えていければと思います。
また、情報保障の手段として本日行ったノートテイクは自分が想像していた以上に困難でした。しかし、その困難さを体験することによって情報保障を考えていく良い経験をさせて頂きありがとうございました。
最後になりますが本日はどうもありがとうございました。
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菅家先生
本日はお忙しいところ貴重なお話をしていただき、感謝申し上げます。また、初めて聾学校の先生に接する機会を持ちました。どうもありがとうございました。
以下、授業を受けて自分なりに考えてみたことを述べます。
①情報保障について
今まで情報保障について深く考えたことがなかったので、大変勉強になりました。特に、ノートテイク・パソコン要約筆記(通訳)・手話通訳のメリットおよびデメリットについて、しっかりまとめていただき知識として定着させることができました。
また、情報保障とは「同質」・「同量」の情報を提供しなければならないとのことで、周囲の雑音なども伝えるということは新たな知見でした。
私の大学でもノートテイク講座およびボランティアがありましたが、当時は聴覚障害に関心がなくノートテイクに関わらなかったことが今となっては悔やまれます。今後はSTの卵として、今日の講義をきっかけに情報保障について真剣に考えてみたいと思います。
②インテグレーションについて
「特別支援学校(聾学校)」「特別支援学級(難聴学級)」「通級指導教室」について基本的な説明からしていただき、スムーズにその後の話を理解することができました。
また、私たちには欠かせない聾学校の先生とSTとの連携のお話では、提示していただいた具体例を参考に、将来お互いが信頼し円滑に連携できるように今のうちに技術を磨きたいと思います。
加えて、私の大学の友人で難聴の方がいます。今まで小・中・高時代の話を聞いたことがなかったので、勇気を出して今度会った時に友人が不快にならない程度に話を伺い、普通学級に在籍する難聴児も支えられるように専門性を高めたいと思います。
今日は、どうもありがとうございました!またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。寒くなってきましたので、お体にお気をつけ下さい。
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今日の、千葉県千葉聾学校の菅家早織先生のお話を聞き、1番印象的だったのは、ノ‐トテイクについてでした。実際に、ノ‐トテイクの体験を行い、改めて大変さを知りました。先生の自己紹介をノ‐トテイクし、聞き漏らさないようにと思って書いていると文章がまがってしまい、見やすいように書こうと思っていると聞き漏らしてしまうなど、完璧には書くことができませんでした。しかし、講義ではノ‐トテイクを体験する機会がないので、とても楽しかったです。お忙しい中ありがとうございました。
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お疲れ様です。今日のリアクションペーパーです。よろしくお願いします。
お忙しい中、お話いただきありがとうございました。菅家さんは手話に興味を抱いてそれからその後、どのようなことが大切だとお感じになりましたか?手話から聴覚障害について入っていかれて、その後は聴覚障害をどのように学ばれたのですか?聴覚障害についてもっと学びたいと思ったのはなぜですか?ノートテイクをしているときは、聴覚障害のある学生さんとはどのように接することが大切なのでしょうか?
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本日のお話ありがとうございました.今回ノートテイクについての理解を深めることが出来ました.1分間に話す文字数と書字の文字数にここまで差があることに気付くことが出来ました.
また,聴者と同質同量の情報量を提供することは,ほぼ不可能に思えました.聴者が聞く全ての音を伝えることは不可能だし,理解してもらう為には時間がいくらあっても足りません.だからこそ,聴覚障害者と聴者の世界を共有する必要があるのだと感じました.各々の発信する力,受信する力を合わせることで少しでも共有できるのではないかと思いました.これがバリアフリーにつながっていくのではないでしょうか.
本日の貴重なお話ありがとうございました.臨床につながるお話で,貴重な体験となりました.ありがとうございました.
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高山亨太先生
管家先生による『情報保障とインテグレーション』のお話をろう学校の様子を思い浮かべながら伺うことができました。
管家先生が学生時代に経験をされたノートテイクのお話を基にパソコン通訳、手話通訳、ノートテイク、それぞれの利点を生かしかつ補いながら、場面、場面に応じたコミュニケーション方法をその人にあった方法で組み合わせ、選択することで場を共有する人が同質・同量の情報を得てその場に起こっていることを理解し、活動制限のかかることなく情報保障をしていくことの重要性について考えることができました。
また言語聴覚療法士を目指すものとして小児の分野のコミュニケーション手段として重複障害なども考えた場合、聴覚を活用していく一方で適切な視覚的手段も早期に獲得していく必要があると考えました。
通級指導教室御担当の先生の現場でのお話はとても興味深く今回は時間の関係で伺えませんでしたが管家先生のキラキラした輝いた笑顔の基になっていると思われる
生徒さんのご様子もぜひぜひ伺ってみたいと思いました。
最後に頂いた『言語聴覚士を目指される皆さんへ』という私たちへの励ましのお言葉のひとつひとつが重く響きました。
本日は年末の大変お忙しい中、貴重な学びの場を頂き誠にありがとうございました。
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高山先生
2日連続、笑顔輝くゲストスピーカーお二人をお招きしての豪華な授業を誠にありがとうございました。あたたかなクリスマスプレゼントを頂いた気持ちになりました。高山先生の笑顔も輝いていますがゲストのお二人も負けずに輝いてるように感じました!
後期を振り返りと、高山先生が私たちのために貴重なお時間をやりくりして毎回充実した授業の資料を携え、当日は遠方より来校頂き臨床家を目指すものとして、まずは先生の真摯なお人柄とその笑顔に学ぶことが多い時間だったと思っております。そして聴覚演習として歴史・バリア・聴覚活用・・・貴重な学びの場となりました。誠にありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます!
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本日も講義ありがとうございました。実は本日、家庭の事情で遅刻をしました。
途中から入ってゆけず廊下からこっそりご講演を聞いていたのですが、全内容が聞けなかったこともそうですが、あとから友人に聞いたところ、ビジュアルアクション的にも素晴らしかったということで非常に残念でした。
この学校でのある講義の先生で“聴覚活用”に非常に熱い情熱を注いでおられる方がいらっしゃいます。この世に“音”が有る限り、なるべく耳を活かさねばと私も思うのですが、講演のレジメを見ると、先生の柔軟な考えが伝わってくるようです。
昨日の講演もそうでしたが、資源活用・関係者の連携、大切ですね。
あとノートテイクのお話!私はブラインドタッチが出来ないし、授業の筆記もとても苦手です。頭の中で漢字変換してると集中力がプッツリ途切れ、何をやってるんだかまったくわからなくなります。今日はそんな私に書記のヒントを頂けたであろうに…、…嗚呼、つくづく惜しい事をした!
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今日は菅家さんのお話を聞き、ノートテイクや手話、パソコンのメリット、デメリットを知ることが出来ました。また、聾教育についても知ることが出来ました。菅家さんは、若いのにしっかりしている方だな思いました。そして最後に、STとの連携について話ていましたが、沢山そういう問題があるのかなと思いました。私も将来、STとして働く時に、周囲との連携を大切にしていかなければならないなと思いました。貴重なお話をありがとうございました。
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昨日の筒井先生と、また違った立場の菅家先生のお話が伺えて勉強になりました。ありがとうございました。お話の途中で、菅家先生が高山先生を実例として話して下さいましたが、情報保証が出来ていないと、不安に感じる事は沢山あります。同質・同量の定義を遵守するのは難しいですね。聴覚障害者への周囲の理解や知識も大切な要素となると思いました。
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お疲れ様です、この度は2日にわたりゲストスピーカーの貴重なお話をお伺いすることができ、非常に勉強になりました。
情報補償についてのお話を、ノートテイクを中心に伺いました。今まで授業でノートテイクについてのお話は伺ってきましたが、実際にやると聞くとは大違い。
実際にノートテイクをとってみるという時間を設けていただき、菅家先生の自己紹介をノートテイクでとってみましたが、通常の会話速度にとても手が追い付かず、ノートテイクとはこんなにも精神的にも身体的にも負担のかかるものなのかと思いました。
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管家先生のお話を聞かせて頂いて。情報保障の定義「場を共有するすべての人が同質・同量の情報を得て、その場に参加できるようにするための活動」を改めて聞いて、その重要さと難しさを感じました。自分の大学での経験しかないのですが、学生ボランティアとして聴覚障害者の方をサポートさせて頂いた時期がありました。
すべての授業にサポートをつけるのにも、人数や技術が足りなく、先生方に情報保障の必要性が伝わらない時がありました。
講義保障が広まってほしいと感じ、専門的な支援者だけではなく、周囲の人が助け合える環境作りが必要があると感じました。
最後にお話されていた、本当の専門性を身につけたプロフェッショナルに、どんなに時間がかかってもなりたいと思います。お話を聞かせて頂き、ありがとうございます。
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菅家先生の講義を聞いて、情報保障の大変さを知りました。また、同質・同量の情報を提供する難しさを知った気がします。
ノートテイクや、パソコン要約筆記、手話通訳のメリットデメリットを知りました。前に見た、企業の取り組みを取り上げたビデオを見て、情報漏えいが怖くて、手話通訳を頼めないなどの話を思い出し、情報保障のさらなる発展も必要なのだろうと思いました。また、昨日の筒井先生の話を思い出し、情報保障の技術発展もあるのだろうと思いました。
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【本日の講義を振り返り】
高山先生二日にかけて、臨床現場・教育現場での様子を学ぶことができました。貴重な体験になりました。ありがとうございます。外部からのお話を聞くことで視野も広がりました。そして、教科書の言っていることがイメージしやすくなりました。
本日の菅家早織先生の講演では、情報保障について改めて納得しました。情報保障には限界がありますが、その中で自分に合った保障を選択することが大切であり、相互の関係が大切であることもわかりました。また、都市部では充実しているように感じましたが、地方ではまだまだ配慮が足りず、格差を埋めるためにはどうすればよいのかとも考えてしまいます。
特別支援学校については、聾学校でのセンター的な役割は実際どのようなことがされているのか詳しく聞くことができませんでした。しかし、STに求めることが聞け良かったです。
最後に、実際にSTが聾学校に入って行くことは難しいように思えます。外部の人を受け入れない教師とプライド高いSTと難しい問題なように感じます。昨日の講演や授業を通して感じています。それではインクルージョンは実現しません。これからのSTや教師を目指す者の課題であり、それぞれの志によるのだと思いました。
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ご経歴からお察しするに、先生と私はおそらく同年齢と思われるのですが…。しっかりとしておられて、わが身を振り返って反省しました。以前、東京の大塚聾学校に見学に行ったことがあり、そこでの子どもたちの生き生きとした様子がとても印象的であったため、聾学校のお話を伺うことができて大変有意義でした。
統合教育と特別支援教育について、私にも自分なりの考えがありましたが(それは私自身の「障害観」と密接に関わっています)、それぞれのメリット・デメリットをフラットにお話しいただいて、勉強になりました。
様々な考えを持った方がおられると思います。ST、特別支援学校(級)教師、普通校の教師、保護者…など、立場が変われば考えも異なると思います。また、STとしての私の考え(支援観と言うべきもの)も、自分が障害児の親となった瞬間に修正されるかもしれません。
学校の授業のみでなく、多くの人と出会いを通してたくさんのことを学び、一本筋が通っていて、かつフレキシブルな対応のできるSTになりたいと思います。ささやかなようで実は大きな野望ですが、「先生にならお任せできます」と言ってもらえる存在になれたら、と目論んでいます。
頼れる存在がいることで、ご家族は安心することができるのではないでしょうか。
本人のみではなく、ご家族を支えることも、STの大切な役割であると考えています。それは、教育においても同じですよね。これからも(STになってからも)、日々勉強していきたいと思います。情報保障についても、解りやすく教えていただき、ありがとうございました。ノートテイク、大変ですね!!最後の、高山先生のことばも印象的でした。ありがとうございました。
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本日は菅家さんのお話を聞かせていただきありがとうございました。
今まであまりノートテイクやパソコン要約筆記、手話通訳についての話しを詳しく聞く機会がなかったので、今日は良かったです。またノートテイクを実際にやってみて、それを交代制でも90分や50分やり続けることを考えるととても大変だと実感しました。またただ書くだけではなくて、読みやすく、核をおさえて、相手に伝わるように記録するのは、訓練が必要で、経験が必要だと感じました。
情報保障体制も、必要な人がいるからこそ、人材が必要で、環境や整備が整っていることが大切だということがわかりました。
また少子化の中で、通級指導教室、特別支援学級、特別支援学校に通う数が年々増加していること、通級に通う生徒が増えていることなども私たちは知っておく知識だと思いましたので勉強になりました。
STとして専門性を磨いて、現場に立てるように、共に働く方々と仲良く、勉強を重ねながら、信頼されるSTを目指して、がんばっていきたいと思います。
ありがとうございました。以上
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本日はお忙しい中、来ていただきありがとうございました。
ノートテイクのことは大学の時に校内で募集があったため多少調べたことがあったんですが、まとまりを考えて書くことが得意ではなかったため断念したことがありました。
それで、今日、短時間ながらも実際にやってみることができたことは良い経験でした。感想はやはり話すスピードに負けず、まとめながら伝わるように書くというのは難しかったです。
また、大学で学ぶ聴覚障害者が増えているということだったんですが、私の出身大学にも何人かいたためにノートテイクが発展したと思います。しかし、完璧な情報保障がされていたわけではないと思います。だから、これからどうやったら大学のみならず、小中高の学校にもどうやったら導入できるかというのを考えてみたいなと思います。今日はありがとうございました。
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管家早織先生
本日はお話を聴かせて頂きまして、ありがとうございました。
情報保障について、はじめて専門の方にお話を伺う機会となりました。
情報保障の定義にあった「同質・同量の情報」を保障していくという考えから、コミュニケーションには言語情報のみならず、その場にある多くの情報が関わっていることを認識しました。
人が生きるために必要とする「情報」の範囲が、私がぼんやりと感じていいた以
上に広いものだと知りました。
また、お話をしてくださったおかげで、情報保障について考える見通しを持つこ
とができました。これから学んでいくための支えとなりそうです。
気付きを頂き、感謝しております。本当にありがとうございました。
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菅家先生を聞き、情報保障の大切さと情報獲得のための手段を獲得することの大切さを感じました。どんなに情報保障が充実しても、その情報を受けとる手段を身に付けていなければ意味が無く、また、情報を受けとる手段を身に付けていても情報保障が無ければ正確な情報、必要な情報を得ることはできない。情報保障は、その人が必要とする情報が、その人に適した手段で保障されることで初めて成り立つのだとわかりました。STとして、その人が社会に出た時、情報保障を必要とした時に適切な環境とその人に適した手段をアプローチしていくことが求められると感じました。情報保障についての知識がほとんど無かったので、とても勉強になりました。有意義なお話しをありがとうございました。
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本日は貴重な時間を設けて下さりありがとうございました。初めて聾学校の先生からのお話(意見)を聞くことができとても勉強になりました。
通級制については正直「そのような制度があるのだ」という認識だけで、内容などは深く考えたことはありませんでした。今日初めて遠くから時間をかけて通う人もいることを知り、そこまでする意味はあるのだろうか等も思いましたが、問題はそこではなく、通うには時間がかかってしまう現状が問題なのですよね。どうにか改善されることを期待します。
ノートテイクをやってみて感じたことは、難しい。会話をそのまま書くには話言葉は早すぎて、気が付いたら要点しか書いていませんでした。
文字のサイズにも気を配るなど、「同質・同量の情報」の難しさを実感しました。
また、高山先生のおっしゃっていた 大学の授業にはノートテイクなどがないと卒業は難しいということ、音は聞こえても内容はわからないという事を忘れないで欲しいという言葉は心にグッときました。忘れないでいたいと思います。
最後に菅家先生が、「お互い頑張りましょう。」と言って下さった時に、他職種と連携の重要性を「お互い」という一言から強く感じることが出来ました。
大抵の場合(講演などで) STを目指している立場の私たちに対して「頑張って下さい。」とは言われても、「お互い頑張りましょう。」という言葉はあまり聞いたことがない(ように私は思う)ので、「お互いに」という言葉により、素直に私も頑張りたい・協力したいと思うことができました。
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ノートテイク・・・情けないですがこりゃ出来ませんでした。ただ単に自分だけがわかるメモに過ぎませんでした。
情報保障。知る権利は誰しもが持っており、遜色なくあっての情報です。聴覚、視覚刺激によって得られる情報を健常者が減らしたら平等になりそう。天邪鬼。
例えば電車内、しつこい様に感じる車内アナウンスは、人によっては意味をなさないと。会場の暗い失語症のつどいなどではノートテイクや手話ではなくパソコンによる要約がなどが有効でありより伝わると感じました。場を見極める視覚、嗅ぎ分ける嗅覚、それに対応出来るフットワークがSTには必要だなと感じました。
初めてノートテイクする体験を頂きましてありがとうございました。
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(菅家早織先生のお話を聴講して)
~情報保障とインテグレーション~
難聴者の方の情報保障が健聴者の情報保障にも繋がるということをなぜ今まで気づかなかったのか不思議に感じるました。
ユニバーサルデザインなどもにも共通しますが、全ての人にその人の生活を保障される権利があるのだから、壁になるものは全ての人の協力のもとにより良い環境を作り出していく義務があると感じました。本日の菅家先生の講義の中で、ノートテイクという今現在の学びの日々に直に関係した事柄が、障害を持つ人々とそうでない人々との共通した環境づくりについてをより身近に感じる好機になったように思います。
大学での情報保障が普及してきていることは私自身の学生時代を思い返すと、確かに一般的に浸透しているとは言えないものの、現実に難聴の学生さんとノートテイクをしていた学生さんを見かけた経験があるので納得できますが、一番知識を吸収する時期に当たる小学校から高校までの難聴の方に対しての情報保障が整っていないという現実は悲しく思いました。様々な問題が山のように積まれているのは想定できますが、これはやはり聴者の助けにも技術や知識向上にもなるのですから難聴の有無に関わらず多くの人を巻き込んで啓蒙活動をするべきだと改めて感じました。
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千葉県立千葉ろう学校の菅家早織さんの話を聞きました。私は、同じ千葉県で20年、県立高校で、自身非常勤講師という身分を選択して子育てをしつつ、多くの高校生たちと向き合ってきました。私は札幌で大学卒業後専任教師としてスタートしたのですが、こちらに夫の転勤で引っ越してから復職しました。自分もまた札幌で教育を受けたこともあり、千葉には独特の価値観と言うか教育観というようなものがあって、けっして子どもたちの教育にお金はかけないという風潮に驚いたことがあります。特別支援学校という制度を実施しても、ろくに専門家を専任として配置せず、STなどは予算不足ということで、1年に数度まわってくるだけというお粗末な教育行政だと現場の先生方から聞きました。現場の先生方は非常に困っているそうです。ろう学校の先生はまた、STとは異なった専門性を必要とされる部分があり、さらに、教科や普通級の教員よりもさらに分野の広い能力が必要とされるようですね。
また今日のお話で具体的な「ノートテイク」という作業を教えていただきました。知りたかったことなので興味深くうかがいました。今は月曜から金曜まで、9時から5時50分までシャーペンを握ってずっとノートをとって講義を聴いているので、字を書くことはなにより生活時間の中で多くを占めているわけです。でもノートテイクのために丁寧な大きな字で書くことは相当困難なことですね。あれもこれも今の私たちにとっては大切な課題です。知識を積み重ねること、精神的な受容や感受性の部分も育てること頑張ります。
菅家先生、千葉県の教員としてろう教育も含めた千葉県の教育軽視をしっかりと指摘し、生徒たちのためになにが大切なのかをしっかりと底に据えた教育行政を行ってゆくべきことを働きかけてください。
お体に気をつけられて、こどもたちが「なんだかこの先生大好き!」と感じる先生になってください。それが教師の一番のしあわせですから。ありがとうございました。
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ありがとうございました。聾学校の現状を知りたいと思っていましたので、とても貴重な機会となりました。昨日に引き続きこのような機会を与えていただいた事に感謝です。
個々に応じた学習は、学校の運営上の問題も含めて多くの問題を包括して進めて行かなければならず、改善すべき点も多いと思いますが、形も場所も構成メンバーもより柔軟に対応できるようにならないものかと思います。状況の異なる子供達もお互いに影響しあいながら成長していけると思います。ひとりひとりの異なる課題を同時に提示していけるかかわりての力量が問われると思いました。同時に、その子どもにとってのコミュニケーション手段の選択ですが、早い時期に各々のコミュニケーション手段を身につけた先輩達の話しを聞く機会が持て、情報を受けた上で多くの中から選択できる環境を整えるとともに、STもその子どもの適性を見極められるような力を高めて行かなくてはならないと思いました。
課題は多くありますが、であえてよかったと思っていただける様な臨床家を目指していきたいと思います。ありがとうございました。
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こんばんは。今日は菅家先生のご講演をありがとうございました。今までノートテイクという言葉を何回か聞くことはありましたが、実際にどんなふうに行われているのか知りませんでしたので、今日はとてもよい機会を頂きました。
聴覚障害を持った方も同じ質、量の情報を得ることの裏方には手話通訳やノートテイク、要約筆記をされる方の力があることがよく分かりました。
ノートテイクもただ書くのではなく、頭のなかで要約しながら書いていくことを知り、これは随分器用なことだと思いました。この技術があれば自分自身の学力も伸びそうだなと日々の勉強で一杯一杯の私は思ってしまいました。
それはさておき、私もパソコンの入力速度は少しだけ速めと言われますので今後機会を見つけて情報保障の一端を担えればと思いました。
本日は貴重なお話ありがとうございました。
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今日はありがとうございました。情報保障やノートテイクなど聞いたことはあったのですが、漠然としか知らなかったのでお話がきけてよかったです。ノートテイクは要点をまとめてキーワードだけを書くものと思っていました。また、それぞれの手段が違うだけで、どれでも同じようなものと思っていました。メリット・デメリットを知って、すべてがうまくいく方法はなかなかなく、聴覚障害者が十分な情報を得ることはいかに大変なことなのかということ知りました。
また、情報保障がないと、討議のときや授業のはじまりのときにどのような不安をもつのかなど、具体例で説明して頂いたのもとても分かりやすかったです。
今日のお話を今後の勉強や、臨床の場に立った際に役立てていきたいと思います。ありがとうございました。
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本日は、貴重なお話をどうもありがとうございました。ノートテイクを体験してみて、そういえば大学でやっていた人が居たと思い出しました。
2人一組で、書いては交代し…をその時間中ひっきりなしに行っていたと思います。あれはどういう仕組みなんだろうと、在学中思っていたことも思い出しましたが、謎が解けてよかったです。
実際にやってみて、箇条書きではなく要約をするということが大変難しかったです。おまけに要約なので、先生が言ったこと全ては書けなくて…。
どんなに上手い人がノートテイクを行っても、生で聞く内容には劣ってしまうのだろうと考えると、難聴者への情報保障は複雑で難しい問題なんだと実感しました。
あと、仮にも難聴者の勉学の一翼を担うので、気が抜けず大変だろうなと思います。慣れれば余裕が出来そうですが、それでもプレッシャーはあるなと考えてしまいました。
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本日は貴重な情報保障とインテグレーションのお話をありがとうございました。情報保障、ノートテイク…今まで授業で出てきて単語と意味は知っていましたが、実際のノートテイクの種類や仕方、適用などは全く知りませんでした。やってみて、とても難しかったです。インテグレーションについても、実際の現場で働いている方からのお言葉には重みがありました。教科書で出てくる単語であり、日本の現状が分かったことはとても大きかったです。STとして、私たちに出来ることは、沢山の情報を得て、児がより多くの情報を得られる様に、またより多くの情報を発信出来るよう、発見が遅れない様児の特徴、性格を見極めて適切なサポートしていくことであると感じました。本日は本当にありがとうございました。
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本日はありがとうございました。聾学校の現状や情報保障についてお話を聞くことができました。特に情報保障については、先日、講演会で手話通訳やパソコン要約筆記を目にしていたこともあり、とても興味深いお話でした。
ノートテイクを実際にやってみて、短い時間でしたが、思っていた以上に大変だと感じました。どの情報が重要なのか、瞬時に判断しなければなりませんでした。それを90分間の授業で行うというのは、手も疲れてしまうし、集中力もいるので、大変なのではないかと思いました。
情報保障の定義では、場を共有するすべての人が、同質・同量の情報を得て、その場に参加できるようにすることでした。聴覚障害者だけでなく、自分だけが情報が不足していたり、情報が得られない状況に至ってしまったら不安でしょうがないと思います。学校での情報保障にはまだ課題があるようですが、誰もが同じように情報を得られるよう、通訳や情報保障の体制が整備されていくと良いと思いました。
また、将来、言語聴覚士として聾学校との連携をとる機会があるかもしれませんが、信頼される専門家になれるように、これから頑張りたいと思いました。
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本日は「情報保障とインテグレーション」というタイトルで、菅家氏に講義していただきました。
情報保障とは「場を共有するすべての人が、同質・同量の情報を得て、その場に参加できるようにするための活動」ということで、そのための必須ツールともいえる
各種ノートテイクが紹介されました。
ノートテイクは非常に有用で、かつ重要な手段だと思います。しかし、やはりノートテイカーの要約などといった主観が入りがちであるという点で、タイムラグも含めて「同質・同量」と言えるかは分からないと感じました。
また、このような情報保障を考える際に、講義のレジュメや進行予定などをあらかじめ渡しておくことは必須であるとも思いました。ノートテイクの各種のメリット・デメリットをはじめ、わかりやすく整理された講義でした。ありがとうございました。
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今日はありがとうございました。体験してみて、ノートテイクは大変な技術だし、とても精神力と体力の要るものと感じました。話し声がそのままパソコンや携帯に文章化される機器などが近い将来できそうにも思うのですが‥でも人の手による温かさはないですね。ノートテイクは情報保障に加えて、人とのつながりの時間でもあるのではと思いました。教育とは何か、目標達成とは何か、という問いかけがありました。先生のお考えとして、教育とは、社会に出てやっていけるようにしていくことと伺いました。それは必要なことと思いつつも、私は少し違和感を覚えました。育ちの主体は子どもです。教育とは大人が指導をするだけの場ではなく、子ども自身がさまざま迷い、確認し、悩み、自ら育っていく場のように考えています。大人はむしろほんの少しの問題提起をするだけでいいようにも思います。学びたいと思えるような授業と、話をしたいと思うような環境が、学びや育ちを支えていくのではないでしょうか。コミュニケーション手段の選択・確保を保障するという意味で、ろう学校の使命はまた特別かも知れませんが。抽象的な感想で申し訳ありません。いろいろと学ばせていただきました。ありがとうございました。
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本日の講演ありがとうございました。ノートテイクはこの間人工内耳の会でパソコンで行うのを見ましたが話すタイミングとだいぶずれていたりとかなり苦戦していていらっしゃったようです、見てる分にはもどかしいのですが自分がやると読めるかどうか怪しい字の上疲れますし本当に大変なんだなと実感いたしました。「情報保障」という言葉はお恥ずかしながら初めて聞きました、高山先生から以前聞いた地下鉄で電車が止まった際に、周りのアナウンスなど聞こえないので何が起こっているか聞こえないといったことを言ってらしましたが納得です。国も企業もそういった事には対応すればよいと思います、地下鉄、電車はなぜか最近止まる事が多いのでそういった方面に対して迅速な対応が求められると感じています。痴漢対策のカメラ付けるなら一緒にそういったこともやってほしいと考えます。本日ありがとうございました。
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菅家先生、お忙しい中、私どものために講演いただきありがとうございました。情報保障、教育における特別支援とインテグレーションのことの理解に助けになりました。テイクノートについては、話には聞いていたものの、また、当校の講堂でのパソコンテークノートをこれまでにも見ていたのですが、どんなソフトが使われているのかなと思いながら、調べずにいました。早速、昼休みにダウンロードしました。これから、試用、研究しようと思います。 私は、35年間、コンピュータの特にグラフィックスと日本語処理に関わってきて、日本語を自然に効率的に入力できるワープロソフトOASYSとかな漢字変換フトJapanist開発の管理職をしていました。1980年にワープロ専用機の自然な入力を目指した「親指シフト」という手法を文化資産として普及できないかを前職を辞めるまで考えていました。
STの領域に、コンピュータ技術を活用することを目標に、定年間近の57歳での挑戦です。いただいた情報も参考に、夢に向かって努力したいと思います。本日は講演ありがとうございました。
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情報保障とインテグレーションを聴いて情報保障のあり方については、あらためて考えさせられました。パソコン要約筆記、手話もできるようになって、いろいろな方法で役に立てるように、コミュニケーションできるようになりたいです。
聴覚障害教育の現状を教えて頂けたのは、とても嬉しかったです。特に私は千葉県民なので、千葉県の事がわかり良かったです。
通級指導教室、特別支援学校、特別支援学級のそれぞれの問題点もわかりました。
教育環境の選択において大事なのは、親の希望だけではなく、本当に本人のためになる選択をする事だと感じました。
情報保障を受ける側の能力も必要という事は初めて気付きました。手話がわからない人にも、要約筆記さえあればと思っていました。
教育、目標達成とは社会に出てから困らないようになる事、その人なりの行き方を選択できるように支援するという言葉にはとても共感しました。難聴児にかぎらず、全ての子どもにそうなって欲しい、我家の子育てにおいても目標にしたいです。
最後におっしゃっていた、専門的知識をたくさんの人に有効に使える、信頼されるSTを目指します。今は自信もなく不安ですが、努力を続けて行きます。
今日は知りたいと思っていた事をいくつも教えて頂きました。本当にありがとうございました。
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本日の授業お疲れ様です。情報保障の一般的な定義として、「場を共有する全ての人が、同質・同量の情報を得て、その場に参加できるようにするための活動」とあります。確かに、聴覚障害教育において、様々なニーズを持つ一人一人にあった情報を提供することは、インテグレーションの視点では重要なことであると感じました。そして、なによ りも、インクルージョンの視点から、特別支援教育を考えたときにも聴覚障害者のみならず、重要なことであると考えられます。様々なニーズを持った方々に、同質・同量の情報を提供するのは必要なことであると考えられますが、ただ、文章やことばだけでの情報提供では、情報保障とは言い切れないと感じられました。なぜなら ば、聴覚障害者だけであれば、視覚活用で、図や表などの情報は提供できますが、視覚障害者や、重複障害者、さらには知的障害、身体障害者という広い視点で考えたときには限界があるのではないかという疑問にいたりました。特別支援教育は、インクルージョンという視点で考えられなければならないということから、情報保障は、ノートテイク、パソコンでの通訳、手話通訳だけでなく、学校に登校できない脳性麻痺児などを考えたとき、自宅でも情報を保障することが必要になることから、現代のIP技術を活かし、サテライトの授業をリアルタ イムで受けられるなどの環境整備も今後発展していくのではないかと感じました。話題がそれて申し訳ございませんが、本日の授業を受けさせていただき、言語聴覚士としての視点から考えさせていただいたことを、失礼ながらも述べさせていただきました。理想論に過ぎませんが、先生のお力をお借りして、今後、全てのニーズに応えられるような情報保障を実現できればと考えておりますので、今後と もご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。
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今日は、菅家先生の貴重なお話の機会をありがとうございました。情報保障についてご自身の経験をふまえて、具体的な例をあげながらでしたので、大変わかりやすくイメージできました。
地域社会の中で、情報保障に対してだいぶ前向きに取り入れられつつあるのかもしれませんが、現状は公共性、緊急性の高いところまでにとどまっているように感じます。
加えて、教育の場においての情報保障は、ノートテイクなど一部の大学のみで、どこでも受けられるとはいえない状況とのことから、情報保障を十分安定したもので継続的に行うには、人材や活動環境など体制の整備が求められるといえます。障害の有無に関わらず情報共有の意義を広め、理解を深める必要があるように感じます。
通級指導の現状については、支援教育全般にいえることだと思うのですが、求められる専門性に対して、支える側のフォロー体制に課題が多くあるように感じました。
将来を見据えた長い期間の支援が必要なことから、安心できる担当者との関係性が信頼関係の構築につながっていくと思います。
教育現場と地域の医療職との連携は不可欠なことから、お互いを尊重したよりよい関係構築のためにやはりコミュニケーションの大切さを再認識します。
貴重なお話を伺えて有意義な時間でした。ありがとうございました。次回もよろしくお願い致します。
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菅家先生のお話を伺い、情報保障の難しさを感じました。「ノートテイク」一つ取り上げてみても、そう簡単に行うことができません。講義の中で「ノートテイク」の練習をしましたが、予想以上にうまくゆかず、内容ばかり気にしていると文字が汚くなってしまい、きれいに文字を書こうとすると、うまくまとめることができませんでした。たくさんの経験がないと、上手に情報保証することがきないことを肌で感じることができました。配布された資料の最後にありましたが、「通訳する側、される側両者に求められる能力」の必要性を感じました。
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聴覚障害の授業で聴覚活用や聴覚保障ということについて学んできましたが、学校における情報保障について具体的に知ることができました。要約筆記も手書きの場合、パソコンを使用する場合、または手話通訳など様々あり、必要としている人のニーズに合わせて利用することができること、それぞれのメリットデメリットを知りました。視覚的な情報の必要性、有用性をあらためて感じました。ありがとうございました。
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「情報保障とインテグレーション」
本日は貴重なお話ありがとうございました。今現在抱えている教育現場の問題点。また、なかなか進まないSTと連携の取れた支援体制の現状が生のお話として聞くことができ、とても勉強になりました。そして、情報保障としてある「ノートテイク」・「パソコン要約筆記」・「手話」という情報手段は言葉としては知って いましたが、メリット・デメリット・方法まで今日はっきりとわかりました。難聴児だけでなく、現在、学習障害という普通学級ではついていけない子供たちが増えているとよく耳にします。私たちSTは、聴覚障害児だけにとどまらず、PT・OT・医師・教育機関・地域等さまざまな機関と連携し、勉強から遅れてしまう子供たちを支援していけるようにすることがやはり大きな課題なのだなと感じました。資金の問題やSTの数の少なさ…容易なこ とではないかと思いますが、昨日お話頂いたSTの筒井先生方がされてきたように自らの足で動いて変えていかなければと思います。ありがとうございました。
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本日は大変お忙しい中と思いますが、貴重なお話しをいただきありがとうございました。
情報保障について聴覚障害者が抱える困難な現状を先生のお話しを聞かせていただき、それを解決する為にノートテイク、手話通訳の必要性を感じました。そして、ノートテイクを学ぶにつれ私にできるかなと感じました。何故なら私は文字を書くスピードが遅い方なのです。それを補うには要約を上手くすることだと、お話しを聞かせていただき思い、日々の授業で要約を行ない、読み取る力を高めてみようと考えています。
さまざまなことを学びとり専門知識を蓄え沢山の人達にノートテイクなどの手段を使い、伝え、聴覚障害者の情報保障の現状が向上しすべての人達が正確な情報をあたりまえにやりとりを行え、場に参加できる。その実現に私も力となれるように頑張りたいと思います。本日はありがとうございました。大変勉強になりました。
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菅家先生、高山先生、
お世話になっております。今日はとても有意義な時間でした。有り難うございます。情報保障については、名前の知識と、大体の推測だけしかありませんでした。ノートテイクについては聴覚からの情報を視覚の情報に置き換える、位のぼんやりとした知識でした。今回講義+実際ノートテイクをやってみて、こんなに大変だとは思いませんでした。すっかり後半からメモ書きになってしまい、小さく、自分でも読めない程汚い字になってしまいました。要約筆記が一人前になるためにどれ位の時間を要するのでしょうか。ポイントを素早く掴み、地の文に顕していけるようになるのは相当大変です。でも、そうすることで、話者の感情が分かってきますね。字のうまいへたでも感情が微妙に違ってくるかもしれません。
手話も素早く表現できる面で非常に有効ですが受けて側の能力も問われますね。双方向に能力がないと難しいですね。それに、手話は、一瞬一瞬で消えてしまう言葉で後に残らず、確かにそこもデメリットですね…。一瞬一瞬で消える言葉でなく、目に見える情報の方が残りますので障害の有無に限らず、緊急事態には安心でしょう。
災害や事故などの視覚情報を素早く端的に伝えるために、まだしっかりとは整っていませんが、以前より電光掲示板に情報が乗るようにはなってきてますね。※駅構内の視覚的情報について。少し字が小さいのも気になります。電光掲示板を2段にできないでしょうか?。あと壁や柱に縦に字を映し出すとか…、(字が大きくなるような工夫を自分なりに考えてみました。)
ご講演内容で、怖いな、と思ったのが、就学支援委員会でした。この委員会で本人の就学決定を決めるまでどれほどの日数をかけるのでしょう。本人の学校選択に様々な情報が提供され、熟考もなされるのでしょうが、どうも違うな、と思った場合の変更がもう少し柔軟に行われればよいのに、と感じました。今日は本当にありがとうございました!!。今後ともご指導の程、どうぞ宜しくお願いいたします。
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菅家 早織 先生
ご講演ありがとうございました。学校・大学での情報保障についての現状を知ることができ、大変勉強になりました。
ノートテイクは私の通っていた大学でも、学生障害相談室とノートテイクサークルを中心に盛んに活動していました。大学2年のときにノートテイク講座を受けたのですが、そこでの模擬講義ノートテイクで書くスピードが全然追いつかないことがわかり、とても自分ではお役に立てないと思いボランティアの登録には至りませんでした。同じ講座を受けた友人達も、責任持てない、ちゃんと伝えられる自信がない、という理由から登録はしませんでした。その時の模擬講義の内容は、普段勉強しないような分野(古代漢字とその歴史だったはず?!)で、いきなりハイレベルだったことも良くなかったかもしれません。けれど今考えると、多少情報が足りなくても、全くないよりは良いので、やってみても良かったと反省しています。
ただ、やはり今日のお話でもおっしゃっていたように他の通訳方法との組み合わせが最も望ましいと思います。もちろん聴覚障害者にとって分かりやすいということが大切ですが、ノートテイクをする人、手話通訳する人側にとっても気持ちが楽だと思います。少なくとも大学で通訳をする人は、普通の学生で、有志のボランティアで成り立っているのだから、ボランティアがたくさん集まり活動がきちんと持続されていくためには、あまり負担感をかけすぎないことが重要だと感じます。
私の大学では、まだダブルで通訳の支援をしているケースがかなり稀だったので、もし異なる通訳方法が同時に提供されるという条件なら、もっと多くの人がボランティアに参加しやすかったと思います(自分の気の弱さを棚に上げるようですが…笑)。
おそらくノートテイクに限らず、あらゆる特別支援の現場で、ボランティアの人(またはボランティアをしようか迷っている人)をいかに巻き込めるか、ということがSTの課題の一つになってくるのだろうと思います。一定の質を保ちながら、なおかつ参加への気軽さもあるようなボランティアについて、ふと考えさせられました。それでは、先生の今後の更なるご活躍を心よりお祈りいたしております。本日はありがとうございました。
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菅家早織先生
今日は情報保障について教えていただき、どうもありがとうございました。お話を聞いて、パソコン要約筆記やノートテイクといったものが、情報を提供する側とされる側の能力によっても質が左右されてしまうこと、ただあればいいというのではなく、やはり授業などでは図や式も出ますし、あれやそれと言った私には便利な言葉も、難聴の人などには一気にわかりにくい言葉になりうることなど、気づかなかった問題を初めて知りました。実際に何年もその仕事をされた先生だからこそのお話だと思います。
私なりには、大学の講義では先生にも協力をねがうなど、工夫が必要だと思い、高校のサポートのなさに驚きました。STとしては、とくに学校の先生との連携を上手にしたいと思います。ありがとうございました。
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菅家先生へ。
今回、講演をありがとうございました☆『お若そうな先生だ』なんて思っていたら同世代だったので、普段と少し違う刺激を受けつつ、菅家先生の講演を聴かせていただきました。
今回の講義で、初めてノートテイクにチャレンジしました。以前、学校の講演会でパソコン要約筆記を見たことがあり、ノートテイクもその要領で、なるべく喋り言葉に近い形で、提供するものだと思っていました。なるべく喋り言葉通りに…と思い、鉛筆を動かしていましたが、やはり話言葉には付いていけず。お手本を見て『こういうものだったのか』と一人で感心しました。
また、大きめな字で、サインペンなどを使うということも、少し考えれば、分かりそうなことですが、念頭になかったので気をつけようと思いました
同じ講義を受けて居ても、メモの取り方や取る内容は、各々様々です。そう考えると、一人、人を仲介することで、得られる情報と言うのは、事実を中心とした要約と言えども、少しばかり聴者の主観が入って居るような気がしてしまい、少し偏った情報の入力になってしまうよう感じました
入らないよりは良いのでしょうが、率直に情報を入手する為のシステムがあればよいなと感じました。
講義最後に、『プロが言うことは共通している』と仰られていたことが印象的でした。専門知識は持っていて当たり前、それを有効に使い、色々な人に頼られるSTを目指したいと思います。今日はありがとうございました!
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貴重なお話をありがとうございました。私はもともと言語に興味があって、大学では音声学を専攻していました。今、STになってからどの方向へ進もうか考えていますが、難聴の子どもたちにことばを教えるという分野に行きたいなとうっすら考えています。なので、今日の先生のお話はとても興味深く聞かせていただきました。先生は情報保障の観点からお話されていましたが、その他の点でも難聴など障害のある方が不便に感じることは多くあると思います。そんな方たちのために、私の方から理解し、協力しようと働きかける気持ちが大切だと思いました。
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筒井先生のお話をお聞ききして、情報保障の大切さと難しさがわかりました。健聴者が集まっていても、全員が情報を共有し参加することは難しいことだと思いますが、そこに聴覚からの情報が入らないとなると、とても大変だと思います。難聴者にとっての情報保障は、その人のニーズ、能力に合ったもので、質、量も適切に、また時と場所に応じたものを選らばなくてはなりません。そのための手段を多く用意しておくためには、STは常に勉強し、新しい情報に目をむけていなければならないと感じました。
情報保障だけでなくSTとして臨床にでて、患者さんを前にした時にも同じことがいえるなと思いました。
患者さんのニーズに合うものを選べるように、自分の頭のなかにたくさんのパターンの情報や手段を整理してもっていなければと思います。本日はありがとうございました。
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菅家先生、今日は貴重なお話ありがとうございました。先生のお話をお伺いして、以前授業で習ったバリアフリーについて改めて考えていました。誰かの便利は誰かのバリアになっていて、その逆もあるという事を、もっと多くの事に結び付けていかなくてはいけないと思いました。
でも、やはりそういうとき一番重要になるのは、人それぞれの気持ちなんだと思いました。それぞれが互いを思いやって、そして尊重しあって生きていかなければ、平等の世界は作れないのだと思います。
誰かにとって住みやすい世界、ではなく、誰にとっても住みやすい世界を作るために、私達が今出来る事を、沢山考え出して基礎を作り、今後それらを展開してより良い方法を探し出さなければいけないと強く感じました。ノートテイクやパソコン、手話通訳と手段は色々ありますが、誰にとって、いつどのように使うとき必要になるものかを、私達は相手の必要性を一番に考えて協力していく力をつけていかなければならないのだと思いました。本日は本当にありがとうございました。
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菅家先生
ご講話いただきありがとうございました。
この学校に通い始めてからノートテイクの存在をしり、気になっていたところでしたので、お話を聞くことができて本当に良かったです。誰でもできるとはいえ、相手のことを思いやれないと、その人にとって必要な情報がかけてしまうように思いました。
先生、考古学をやられていたのに、どこで福祉に目を向けられるようになったのですか?きっかけはなんだったのでしょうか。みじかに障害を持った方がいたからですか?また、障害をもたれている方に慕われるようになるために気をつけていることはありますか?たくさん聞きそびれてしまいました…今日は本当にありがとうございました。
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菅家先生の講演、とても参考になりました。情報保障については以前から大学などで度々見かけていました。視覚障害(視野狭窄)、脳性麻痺のノート代筆でしたが、聴覚障害の方のノートテイクはもしかしたら気づかなかったかもしれません。菅家先生がOHPを使ったノートテイクは「NEWS23」というニュース番組でも取り上げられていた記憶があって、短い文で書かれていました。そのニュースでは、人材不足を訴えていたようでした。菅家先生がOHPによるノートテイクがおこなわれていたころ、まだパワーポイントが一般的ではなかったので大変だったですね。私も論文発表をする際に多量のOHPシートを作成していた気がします。私の大学時代の友人は以前、障害者でも受け入れる全国の大学一覧ガイドブックを作成していましたが、情報保障手段一つにノートテイクが含まれていたような気がします。情報手段の確保としてポピュラーなのかも知れないと感じました。
さらに先生は、教育者として現在の聴覚障害における公教育のあり方や課題についてもいくつか挙げられていました。教育の結びつきが大事だといっても情報が少ないような感じをいつも受けていたのでその理由も何となくわかりました。
聴覚障害の通級指導があるということは今回初めて知りました。本当に広い場所に数少ないろう学校を生かすには必要です。しかし、聴覚障害者やその家族には大きな負担になるかもしれません。そこが今後の課題になるかもしれません。
もっと学校が開かれた場所にならなければ誰のためにとっても不幸なことのような気がしてなりません。使いやすい学校こそが誰でも受け入れる教育の原点です。以前あちこちの臨時講師を経験してきて千葉県もまだまだ恵まれているほうなのではないかなぁと感じました。私も教員の資格がありますのでSTとあわせた活動を学校で活用したいと思っています。菅家先生の言葉は大変励みになりました。ありがとうございました。
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菅家さんの講義を受けて、情報保障について改めて考えさせられました。同質・同量の情報を得ることの難しさが分かりました。保障というからには、みんなに平等に行わなければ、保障とは言わないと思いました。また、活動を日々行うことによって、ひとりでも多くの人の助けになるのだと、思いました。ノートテイクの実践では、話しを聴きながら、ノートを取る難しさを経験しました。聴いて、そのまま書くというのは、出来そうで、なかなか要点をつかむ難しさを学びました。その人、ひとりひとりに合った支援をできるよう、日々勉強に頑張ろうと思いました。
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ゲストスピーカーの方を招かれての授業を、2日間ありがとうございました。菅家先生は、小中学生以外の人の前でお話をされるのは慣れていらっしゃらないとおっしゃっていましたが、ゆっくり丁寧にお話しいただけたので、とてもわかりやすかったです。どうもありがとうございました。
口話法が主流だった頃と比べて、聴覚障害者の地位は向上し、社会生活を送る上での選択肢も増えてきたとは思いますが、菅家先生のお話から、それでもまだ、インテグレーションの実現のためには課題があるということを学びました。教育環境の選択についてのお話では、就学指導委員会に言及されていましたが、確か高山先生の授業ではきいていない名称だったので、その存在を初めて知ると同時に、そこでの話し合いの結果、保護者の希望が通らないこともあるときいて驚き、委員会はどんな人たちで構成され、それには十分な時間がとられているのだろうかと気になりました。情報保障については、ノートテイクやパソコン通訳に向いた資質をもっていても、聴覚障害者の人たちと接点がなく、そういった手段があることを知らないという人もいると思われるので、何らかの形で啓発活動を行っていくことも、STの役割の1つかもしれないと感じました。
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今日の講義では、「情報保障とインテグレーション」というテーマで菅家先生のお話しを聞くことができました。
情報保障は、聴覚に障害をもった方が講義や講演会など「聞く」ことが主となる活動に参加した際に、重要なものであることを再認識することができました。
また、実際にノートテイクを行ったことで、聞いたことを要点をまとめて紙に書くことが、大変な作業であることを実感しました。
情報保障には、ノートテイク、手話通訳、パソコン要約・筆記通訳があることを学びましたが、それぞれに、メリット・デメリットがあり、場所や相手により使い分けることが大切であるということが理解できました。最後に、高山先生が前に出て手話をし、菅家先生が手話通訳を行いました。同時通訳ができ、かっこよくて憧れてしまいました。
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今日のお話の中で、「情報保障」という言葉の意味を初めて知りました。なんとなく聞いたことはありましたが、「すべての人」に「同質・同量」とは思っていませんでした。私はとりあえず、講義であればその内容がなんとなく伝わる程度でいいのだと思っていましたが、環境音、私たちが雑音と思ってしまうような音まで「情報」として扱われるのだということに驚きました。また、それと同時に、「情報保障」は現実的に考えて不可能なのではとも思いました。ノートテイカーもほとんどがボランティアですし、手話通訳にしても、情報を受け取る側にもそれなりの手話能力がないと成り立たない。そう考えると、「情報保障」は情報を発信する側、される側双方がともに歩み寄ることなのかとも思えました。
今後は自分が人に何か情報を発信する時には、「情報保障」という言葉を念頭に置いていきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。
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情報保障は、何度か耳にすることはありましたが、詳しい内容については、はじめて知りました。最近では、PCの普及で、ノートテイクより簡単に出来るのでは?と安易に考えていましたが、手話・ノートテイク・PCにもメリット、デメリットがあり、提供者と受けての両方にもある程度の能力が必要なのだということがわかった。
実際に、ノートテイクをしてみたが、かなり難しく感じた。スピードもそうだが、個人的になってしまいますが、字もキレイに書けない、漢字も中々書けない。自分には、とても出来るものではないなと。なにかしら、情報保障の手助けが出来るスキルを見につけたいなと思いました。今回は、本当にありがとうございました。
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情報補償についてのお話を、ノートテイクを中心に伺いました。今まで授業でノートテイクについてのお話は伺ってきましたが、実際にやると聞くとは大違い。という事で実際にノートテイクをとってみるという時間を設けていただき、菅家先生の自己紹介をノートテイクでとってみましたが、通常の会話速度にとても手が追い付かず、ノートテイクとはこんなにも精神的にも身体的にも負担のかかるものなのかと思い、パソコンがあればいくらかマシになるんだけどなぁ…等と考えていました。聴覚障害を持つ方は情報保障をしなければ大学からは勉強にならない。といった話やノートをとりながら同時に講義の内容を把握できない。という内容等から、インプットのインターフェースが視覚に限定されてしまう不便さは計り知れないものだと感じました。今日伺った話しにはまだまだ私の知らない世界が広がっていて、これから実習等に出て多くの経験を積まなければいけない。と思いました。本日は貴重なお話ありがとうございました。
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私は小児分野に進みたいと考えているが、その場合ろう学校との連携は必然になり、また重要となる。だがSTの養成校ではろう学校の教員の方々のお話を聞く機会は皆無なので、とても新鮮だった。
個人的には、健聴者同士であっても情報保障は無理に近いと感じてしまっている。だが管家先生は、5年半以上もの具体的な活動を通してなお情報保障の実現を強調している。実績が伴った主張に、私は考えを変えなければと感じた。情報保障にはさまざまな形があり、それぞれのメリットやデメリットを再考するきっかけとなった。一方、情報保障を利用するための体制については、よくわからない部分があったので一度考えてみたいと思う。
以上。
素晴らしい講演をセッティングして下さり、本当にありがとうございました。学ぶ点が多くあり、考えることもたくさんありました。
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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年12月16日)


2009
12.24

臨床福祉専門学校言語聴覚 療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの感想や質問を特に学 生さんと共 有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえれば と思っています。

※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。

高山亨太

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お疲れさまでした。
筒井さんのお話を聞いて、これから自分が目指す道があらたに開けたと共に、少しずつ、本当に自分がやりたいことが見えてきました。
時代・状況に合わせ、柔軟に対応していく。幅広い知識を持ち、日々勉強していく。
この言葉が、一番自分の中に残りました。
STは生涯勉強なんだなと。筒井さんの言葉ひとつひとつに、経験者だから言える重みを感じました。
専門性と資質向上をめざして。それを適確にまとめていただき、とても参考になりました。
最初の印象。あいさつ。スマイル。当たり前だけど、意外に出来てないこともあるなと思いました。
今から、少しずつ意識して自然にできるようになれればいいなと思いました。
今回は、貴重な時間を設けていただき、ありがとうございました。
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今日はゲストということで筒井先生に来て頂ましたが、私達からしてみたらパイオニア的な人であり、良いお話が聞けたと思います。
今日の講義からは、様々な専門職との連携力と関わり、また、STは常に勉強していく職種であると改めて感じられました。
よく他の講師の方も、STは常に勉強が必要だと言いますが、今日の講義で申し上げられた、ニーズに合わせた柔軟性や、素質を高めるためにも、STとしての引き出しが多いと良いということが納得させられました。
専門職との連携も良く言われることですが、一つの事例から縦断的に考察できたりと良い点などが見いだせました。
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お疲れさまです。今日の授業の感想です。
今日は筒井優子先生のお話をお聞きする機会を頂きました。
STとしてこれだけ長いキャリアをお持ちの方のお話をうかがうのは初めてで、貴重な時間を頂き感謝しております。
まだ言語聴覚士という仕事が明確な存在でない頃から、また時代的にも今よりはっきりした差別(今とは異なる差別かもしれませんが)があるなかでお仕事をされてこられたわけで、たくさんアンテナをはってご活動されてこられた印象を持ちました。
今後仕事をしていくにあたり、たくさんの「ヒト」と関わると思います。
その中で、丸々人間同士がわかりあうことはできないと思いますが、関わろうと思います、私にできることはありますか、という印象を考えることを大切にしたいと思います。
私は葛飾区在住なので、江戸川区でご活動されているとのこと、是非またお話をお聞きしたいと考えました。
本日はお忙しいなかお時間を頂きありがとうございました。
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本日はお忙しい中お越し頂きありがとうございました。
本日、筒井先生がご自身の経験を踏まえながらのお話はまだ臨床の場にたった事のない私たちにとってもとても想像しやすく伝わってきました。
その中でも、先生が仰っていた『出会いの場の大切さ』にとても共感しました。やはり、STはものとものではなく人間と人間のつながりであり、だからこそお互いの関係性を大切に、大事にしていかなくてはならないのでしょう。また、そこはノンバーバルコミュニケーションのように印象や表情によってもとても左右されるのだと思います。
なので、先生が仰っていたあいさつをしっかりと出来るようになり自分だから任せてもらえるようなSTになれればと強く思いました。
最後になりますが本日は本当にありがとうございました。
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今日は素敵な講義をして下さり、有難うございました。貴重な先輩のお話を伺うことが出来ました。
ST歴40年という筒井先生のお話を伺って、先生が日本のSTとして、聴覚障害の方を始め、障害を抱える方やその周囲の方を取り巻く環境の向上や、より良い生活のために力を注がれていらした事が良く分かりました。
また、STとして当然の事かもしれませんが、自分一人の力だけでなく、他のSTや他専門職との連携、コミュニケーションがいかに大切であるかも認識しました。
最後になりますが、筒井先生は聴覚だけでなく幅広い領域で専門性を高めていらしたという事ですが、1つの領域だけでなく、どんな状況にも対応出来るよう、様々な分野で専門性を身につけ、患者さんにとって良いSTになれるよう、努力し続けていく必要があると感じました。
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講義ありがとうございました。
筒井先生のお話を聞いて、これからSTの専門性は言語コミュニケーションだけでなく、言語だけに限定されず、患者さんのニーズに合わせて様々な知識を基に社会と関わりを再構築できるようにしていくことなのだと思いました。
また、ケースワーカーについての知識がなかったので、今日初めて聴いた感じだったんですが、STは患者さんについて根拠に基づいて何ができて、できないのかを判断していくので、社会復帰を目指していたらCWと大いに連携をとらなきゃいけないなと思いました。
質問になってしまうんですが、「障害を受け入れる」という言葉が好きでないということを言っていたと思います。それは「障害受容」ということでしょうか?また、それはなぜでしょうか?
最近、障害受容について考えることがあり、私ははっきりとした答えを出せませんでした。だから、先生方の考えを知りたいと思い質問します。
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今日の授業ありがとうございました。筒井先生から貴重なお話をうかがうことが出来ました。
まず、STが国家資格になる前の様子から、国家資格になってから、これからの展望。この流れのお話を、長年臨床の現場でキャリアを積んでこられた方から、一貫して聞くことは中々出来ないこ事であると思いました。
不得意な所は、得意な人の手を借りて、情報をもらう。それが、ロールモデルの方々であっても支援を受ける。そして余った時間で自分の専門性と資質を高める。周りの状況に応じて自分を変える。先生の経験から沢山のお言葉を頂きました。先生の関係性について、私の元々の性格は、内向的であり人見知りでした。しかし 、STという職に魅かれ就くにあたり、このままの自分では駄目だと感じ、この学校に入学する時「とにかく沢山の人と関わろう」と心に決め入学しました。そのかいあって2クラスを通じて沢山の人とコミュニケーションを図れる関係になれ仲間が出来ました。私も先生がおっしゃる様に、コミュニケーションのプロであるはずな のにSTの中で中が悪いことを前々から感じていました。これから先新しい世界に行っても、沢山の人と臆せず、関係性を築き、また相手の方からもコミュニケーションを図りたいと思うように、自分を研いていきたいと思います。そして知識、経験を得たいと思う気持ちの貪欲さを持つSTでありたいです。
この先どこかでお会いするかと思いますが、今日のこの関係が出来たことで元気にあいさつが出来ます。その際は、今日のことを思い出し、宜しくお願いいたします。
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今日は貴重なお話ありがとうございました。
この学校に入学してから様々なSTの先生に話をきく機会がありましたが、筒井先生のお話は福祉・教育・医学を踏まえた上でのお話でまた違った視点からきくことができました。
STの仕事は、本当に責任のある仕事なんだと思います。
嚥下訓練のことや、障害の告知のことなどその人の人生に関わる瞬間が多いこと、今日の先生の体験談から教えて頂いた気がします。
まただからこそ、他職種との連携や自分自身の勉強を怠らず知識を増やしていかなければならないのだと思います。
そこから、更に良い信頼関係を築けるようになるかも知れないですし、自分自身も成長できるかも知れません。
今できることは勉強だけだと考えがちでしたが、日々の生活に少し注意を向けるだけでも充分、その後に生かせるのだと知りました。
明日からまた頑張れそうです。今日は本当にありがとうございました。
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筒井先生の貴重なお話ありがとうございました。そして、お会い出来る機会を作って下さり感謝しております。
STが1人職場が多いことは以前より聞いていましたので、その辺りに不安は感じています。一年生のSTなら許されても、専門性を身につけていないと、他の分野の方々と対等に議論できないのだろうか?きちんとした意見を言えるのだろうか?一層不安に感じてしまいます。争うのでは有りませんが、自分の仕事に自信が持てるようになるには、時間が掛かりそうです。
不安だらけですが、学生の間に知識を得て、コミュニケーション力も徐々に身につけていけたらと思ってます。
青空会での、聴覚障害者同士の交流で生まれるピアカウンセリング効果には、なるほどとうなずいてしまいました。
本当にありがとうございました。
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筒井先生のお話を通して、資格制度がない時代はかなり大変だったのではないかと思いました。そして、筒井先生達が資格化にあたって努力をしてくださったから、今のSTがあるのではないかと思いました。様々なお話の中で特に印象に残っているのは、青空会のことです。聴覚障害の方で精神的な面で問題を抱えた人達が集まり、悩みを相談しながら、ピアカウンセリングをするという会は必要性を感じ共感しました。そして、その会をSTが立ち上げたということで、あらゆる面で活動しているんだなと思いました。
そして、筒井先生が最後にコミュニケーションを取れるSTになりなさいとおっしゃっていた事に、コミュニケーションは難しいけど、努力していく事が大切だなと思いました。
私は一度STという道を諦めかけましたが、もう一度頑張ってみようと思い復学しました。筒井先生の貴重なお話を糧に頑張ってSTになりたいと思います。
お話をしてくださいましてありがとうございました。
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筒井先生
本日はお忙しいところ貴重なお話をしていただき、感謝申し上げます。
普段の授業ではなかなか学ぶことができないSTの臨床家としての姿勢を教えていただきました。
以下、授業を受けて自分なりに考えてみたことを述べます。
①STは直接交流できる職種である
現在私はボランティアで知的障害の子どもたちと関わっており、保護者の方から話を聞く機会があります。同じ境遇でもなく子育て経験もない私は大半を聞くことに終始してしまいますが、それでも話して下さるということは、誠意を持って接していることが相手に伝わっているからだと考えています。学生のうちに障害児の親の声を聞ける機会は貴重な経験だと思います。臨床に出た時に生かせるように、筒井先生がおっしゃっていた「笑顔で、誠実にコミュニケーションをする」ことを常に心がけていきたいと思います。
②様々な職種との連携の必要性
確かに一人で考えたり同職種の人々で討議したりすることには限界があります。そこで、様々な職種と連携を図り、チームで患者さんの(リ)ハビリテーションについて考えていきたいと思います。また、医学―教育―福祉の連携が取れていないと、患者さんに余計な心労をかけることがあります。STはコミュニケーションの専門家として、積極的に連携の中心になり働きかけいく姿勢を今後身につけたいと思います。
③ピアカウンセリング
今まで「ピアカウンセリング」という言葉は知っていましたが、深く考えたことはありませんでした。今日のお話を伺い、同障者の交流の意義・可能性がわかりました。筒井先生がおっしゃっていたように「STは、いかに人的資源を上手く提供出来るか」が鍵になります。STの仕事内容といえば個室やベッドサイドでの訓練を思い浮かべますが、一歩社会に出た時の患者さんの支援も視野に入れてSTとして活動していきたいと思います。
④まず自分がコミュニケーション上手になる
私はコミュニケーション能力は普通だと思いますが、苦手なタイプの人もいます。学生のうちに、どんなタイプの人でも表面上は上手く付き合えるように努力し、臨床に出た時にコミュニケーションの専門家として胸を張れるようになりたいに思います。
今日は、どうもありがとうございました!またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。寒くなってきましたので、お体にお気をつけ下さい。
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こんにちは。今日は筒井先生のご講演をありがとうございました。
先生のやわらかい雰囲気に心が解れました。先生もおっしゃっていましたが人との関係を育むとき最初の印象が大切だということを実感しました。私も早速今日から笑顔の練習をしたいと思います。
先生は聴覚の第一人者であられ、沢山の経験をお持ちでありながらも決しておごる事なく研鑽し続けられているお姿を拝見でき、とても勉強になりました。
またその研鑽がディスの患者さんに手話と指文字を導入するなど活かされていっていることに感動しました。
幅広い視野を持って新たな道も開拓できるような能動的なSTになっていこうと思いました。貴重なお話をありがとうございました。
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筒井先生とお会いし、とても柔らかな印象を受けました。筒井先生は関わる人達が安心感を抱くオーラを纏い、それは沢山の現場を重ねてきた中で培われてきたと感じさせました。
STにとって大切なこととして、筒井先生はコミュニケーション上手になることとおっしゃられました。普段無意識に行っているコミュニケーションの能力をあげることは難しいと思いますが、相手の心理的変化を読み取れるよう日頃から心掛けていきたいです。信頼の持てる、魅力あるSTになりたいです。
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本日の、言語聴覚士の筒井優子先生のお話を聞き、一番印象に残ったのは、「何でもできる柔軟性が必要!」というところでした。私は、高次脳機能障害とディサ‐スリアに興味があり、脳外科で働きたいという思いがずっとあるのですが、先生のお話を聞くまで、脳について詳しくわかっていればいいや、と思っていました。しかし、高次脳機能障害には、燕下障害が、ディサ‐スリアには、指文字や手話が使えるということに気がつかされました。これからは、全てに興味を持ち、勉強していきたいと思います。お忙しい中ありがとうございました。
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今日の筒井先生のお話しはこれからSTとして働いて行きたいと思う私にとって、とても興味深いものでした。
専門性を高めるために、仕事をしていても常に勉強し続けること、1人で抱え込まず、他の専門職の方や先輩方の指導や助言を頂くことが大切であると感じました。時代や状況に対応していくために、柔軟性も重要であり、そのためには、聴覚、言語、小児、成人とカテゴライズせずに幅広く勉強をしなくてはいけないのだと改めて思いました。
今回筒井先生のお話しを伺い、先生はとても多くの分野に興味を持たれ、勉強をされていて、バイタリティのある、前向きな方なのだと思いました。そのような先生のお話しをお聞きし、今テストで「無理だ」なんて言っている私自身が恥ずかしくなりました。STとして働くことは、ずっと勉強をしていくことなんですね。
今回のお話しはSTとして働いて行く心構えを教えて頂きました。あっという間の1時間でした。ありがとうございました。
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筒井先生・高山先生本日は講義ありがとうございました。
言語聴覚士の歴史とともに歩んでこられた筒井先生、人の一生と同じルートで聴覚→発達→教育→言語トレーニング→嚥下、と範囲を広げられてきたことに興味を覚えました。
普段からSTの守備範囲の広さと見いだせない関連性に、「2年以内に覚えられるのだろうか…」といつも不安に思うのですが、スッキリひとつに繋がった気がします。
先鞭をつけて下さった先生のご苦労された部分をかっさらってゆくようですが、学びの道標ができ大変ありがたく思っております。
歳をとって覚えられない“カタイあたま”ですが、やり甲斐・喜びの気持ちが蘇ってきました。
頑張ります!ありがとうございました。
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筒井先生のお話を聞かせて頂いて。
患者さんを支援していくには、専門的な知識はもちろんですが、ST同士や他の職種の方達との連帯し、情報を得て、学んでいく必要があると思いました。
STとして、出会いと関係性を築いていく事があげられていましたが、コミュニケーション支援をしていく上で、一番基盤になり、全てにおいて重要だと感じました。
期間が終了すれば、そこで関係が終わるのではなく、患者さんのニーズを満たすまでが支援になり、長期的に患者さんの人生に関わっていく責任があるのだと、気づきました。
STとしての専門性と資質向上について、とても濃い内容をお話して頂き、ありがとうございます。
臨床の現場でのお話をもっと聞いてみたいと思いました。
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お疲れ様です。本日の筒井先生のお話のリアクションペーパーです。
本日はお忙しい中、お話いただきありがとうございました。
私も、様々な言語聴覚士の先生方に会ってきて、最初の挨拶の大切さを感じています。
一様に「○○さん、おはようございます」というのではなく、障害のある方々、ひとりひとりに合った挨拶のできる言語聴覚士になることがまず目標です。
相手の理解できる方法で、障害のある方々の理解と受容を重視したコミュニケーションを、初対面からできなければなりません。そしてできないことを専門的に指摘することは、確かに専門家にしかできないことですが、できないことを専門的に説明されるだけでは、それは支援ではないように思います。初対面にもそれは大切なことだと思います。できないことをいくら指摘されても、それは本人や家族からしたら分かっていることでかり、「だから困っている」わけです。
初対面でも、その方にできそうなことをある程度見極める力が必要だと思っています。そしてそれを早い段階で本人や家族に伝えることが、初対面での関係づくりで重要だと考えています。それができてこそ、できないことを家族に伝えることが許されるものなのだと思います。
【質問】
筒井先生はどのようなスーパーパイザーが良いスーパーパイザーだとお考えですか?今、私はどの先生もすごいな~としか思えず尊敬するばかりで、ここがもう少し○○だったらとか、ここは変えた方がいいとか…全く分からないのです。
ありがとうございました。
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[本日の講義感想 筒井先生の講演を聴いて]
筒井先生の専門性の高さはもちろんですがパワフルさに驚きました。また、先生の活き活きとした姿が印象的で以前別の講義をして頂きました第二北総病院リハビリテーション科の星山先生(ST)と同じく意識が高い先生だと感銘を受けました。専門を徹底的に高めて、それのみを進める先生もいらっしゃいますが、筒井先生のように様々な経験と幅広くSTの役割をこなす先生の姿にうれしさも感じました。また、質問からの回答で、診断についての慎重さと命を預かっていることへの責任を改めて実感しました。お話して頂いた痛ましいことがあることを忘れないようにしたいと思います。最後にSTの問題も知ることで、私自身はどうかと考えるきっかけを頂けました。チームアプローチの一員として、幅広い視点と異業種とも交流を深めることができるSTを目指したいと思います。
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筒井先生の話を聞いて、
STとしての専門性と資質向上を目指す必要性を知った気がします。
そして、新たな可能性と周りから求められているものを学びました。
また、具体的な話も多く、臨床に出てからのイメージが持ちやすく感じました。
それから、筒井先生の向上心と貪欲さに感銘いたしました。そして、そのような精神を自分も持ちたいと思いました。
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〈今日の授業の感想〉
筒井先生、今日は貴重なお話ありがとうございました。
医療に携わる者として、また臨床家として、一生学び続ける事の必要性を強く感じました。STとしての立ち位置も非常に重要だし、それは忘れてはいけないものではありますが、医療界全体として考えて、もっと情報を共有し合っていくことが、これからのST、そして医療界の発展に繋がるのかなと思いました。
また、多くの人との繋がりを持つ事で、自分を磨いていき、お互いに切磋琢磨していく体制をつくらなければならないと思います。
自分のやりたいことだけが自分に出来る事というようにならないように分野を越えての勉強をしていく事と、自分の出来る事が全てに応用できるように、幅広い知識と、柔軟で臨機応変な力をつけていきたいです。
その為にも、今から出来る事を積み重ねて、実際の臨床現場に少しでもいかせるような学生生活を送りたいと思います。例えば、様々なボランティアに参加していく事とか、沢山あると思うので積極的な姿勢で臨んでいきたいです。
先生のボランティアの現場にも、ご迷惑でなければ是非とも見学させて頂きたいです。今日は本当にありがとうございました。
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本日は、授業お疲れ様です。筒井先生の貴重なお時間をいただき、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
まだ、言語聴覚士としての臨床の現場を知らない私たちには、現場をイメージできる手がかりとなります。先生方、先輩方のご活躍があってこそ、言語聴覚士の資格が制度化されたことは、これから現場に出る私たちにとって、堅守しなければならない分野であり、他職種に負けない努力と進歩、そして、他職種との連携を大切にしなければならないと感じました。そして、職場でのチームとしての連携は、絶対に崩せないもので あると感じられました。
一般企業において、お客様を「内部顧客」と「外部顧客」の二つに分けて考えることがあります。「外部顧客」はいわゆるお客様です。「内部顧客」は、共に働く同じ部署、他部署、他職種の同じ会社で働くもの同士をいいます。つまり、内部にいる人間にもお客様のように接し、お願いされたことを、お客様にするのと同 じように手厚く行うという考え方です。でなければ、内部の揉め事は、すべてお客様に反映されてしまい、チームワークの良し悪しをお客様に曝す危険があるということです。
言語聴覚士の世界でも、また、同じ施設で働くもの同士、内部の揉め事は大変危険なことであると考えられます。医療事故などはその現われではないでしょうか。
聴覚の就職が極めて少ないとのお話をいただき、少し残念な気持ちです。
まだ、どの分野で就職をするかは、検討させていただいている最中ですが、現場でもしお目にかかれた暁には、更なるご指導をよろしくお願い申し上げます。
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本日の授業ありがとうございました。
STとして患者さんとどう向き合えばいいのか、また、どういう態度でいたらいいかなど臨床現場のお話を聞けてとてもためになりました。
私も、失語症友の会に参加しており、東大の先生が若いSTに言われた言葉をきいて驚きました。私たちは、患者さんの気持ちを十分に把握しておかなければならないとひしひしと感じました。本日は貴重なお話ありがとうございました。
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「STとして歩んだ40年-専門性と質向上を心がけて-」筒井優子先生
本日は大変貴重なお話、ありがとうございました。
言語聴覚士としての先生の過去から現在まで40年間の歴史を聞くことができ、大変勉強になりました。特に、ピアカウンセリング効果のお話が印象的でした。同じ障害を持つ方と出会うことで、言語聴覚士が働きかけても出来なかったことができるようになっていく…。やはり、言語聴覚士が専門家とはいえ、そこには、 同じ障害を抱えた者同士にしか分からないもの・伝わらないものがあるんだなと思いました。言語聴覚士と当事者の方が相互に助け合い、良いサポートをしていく事が大切ですね。その為にも、上手なコミュニケーションを身につけて、患者さんに信頼していただけるような人間にならなくてはいけないなと思いました。最後にお話 しされていた、東京大学の先生のお話は本当に胸が苦しくなりました。そして信じられなかったです。相手の気持ちに立つというのはコミュニケーションの上で基本だと思うのですが、コミュニケーションをサポートする側の人間があの様なものの言い方とは…。そのような哀しい思いをする方がいなくなるように、患者さんの立場 にたって寄り添い、理解し、受け入れて頂けるように頑張ろうと思います。ありがとうございました。
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ありがとうございました。とても、中味の濃いお話で身が引き締まるとともに夢と希望を持つことができました。このような機会を与えていただいた事に感謝です。進路については迷いつつ過ごしていますが、幅広い視野と力、そして柔軟性のある臨床家を目指し、向上心と謙虚さを忘れずに過ごして行きたいと思います。
私は6年間私立の知的障害児の養護学校で教員を勤めた後、1年半のブランクをおいて知的障害児者の放課後や休日支援の仕事を夫婦で行ってきました。活動の幅と質を高めたく、また専門家とのつながりを求めてSTの勉強を始めましたが、STの視点に限らず多くの視点を学びたいと思っています。焦らず一歩一歩、歩んで行きたいと思います。
縦の発達をみていける魅力、複数の機関に関わる人が同じ人の関わりについて協議し合えることにとても魅力を感じました。一人で抱え込まずに、出来ない事に対して無理はせず、助けを借りながら自分の引き出しを増やし、また、深めていきたいと思います。また、チームの中でも、人の魅力に気付き活かしていく力を身につけ、多くの人のパイプ役になれたらと思います。
多くの分野のノウハウ、また人材が集まることで、解決策が生まれることもあるように思います。自分の軸となる何かを求めつつ、さらに柔軟性と好奇心をもって成長し続けたいです。まだまだ不安もありますがに、臨床を深める道に進もうとしていることが、今はとても嬉しく、これから待ち受けている多くのであいが、とても楽しみです。そのためにも、人間としての魅力を磨きつづけ、この人がいるから大丈夫と思っていただける様な臨床家を目指していきたいと思います。
ありがとうございました。
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本日は筒井優子先生の講義を頂き、誠にありがとうございました。
言語聴覚士の歴史を作ってきた筒井先生のお話しのひとつひとつが心身に染み入るようにして伺いました。
東京都心身障害者福祉センターでのお話しでは目の前の方のニーズに答えながら講座を開かれ難聴者の御家族と相互関係で、あたかも一つのチームとして成長されている過程が鮮やかに目に浮かぶようでした。
小児聴覚障害の分野に携われて、そのお子さんたちが数十年の月日を経て成人となりたくましくそれぞれの歩まれていることの喜びを語られる先生のお顔が充実感に包まれていらっしゃるのを拝見して自分の目指すSTの道に対して進むべく希望と勇気をもつことができました。
筒井先生のおっしゃっていた『STとしての専門性と資質向上を目指しネットワーク作りをする』と、いうお話しを強くうなずきながら伺いました。
社会人経験を経た私が仕事の喜びとはチームワークであり、そのことが最善のパフォーマンスをお客様に提供する結果を導くと思っております。
また、仕事を通して出会えた方とのつながりから学ぶことは多いと実感しております。
本日の筒井先生のお話しから、STとしてスタートラインに立てた暁には勉強会、県士会、学会などで日々向上することそして、スーパーバイザーの先生を自分で作ることなど具体的なネットワーク作りについて知ることができました。この度は貴重な学びのお時間をいただき誠にありがとうございました。
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本日は筒井先生のご経験を伺う機会を設けて頂き、本当にありがとうございまし
た。12月15日分の感想を送らせて頂きます。
言語聴覚士 筒井優子先生
本日は40年ものご経験のお話を聞かせて頂き、本当にありがとうございました
。先生のお話の先には、常に当事者の方々のお姿があり、襟を正す思いがしました

40年の聴覚を中心とした言語聴覚士の世界で起きた出来事は、大変有り難かっ
たです。今の私が受けている教育が、多くの先輩方の蓄積に基づいているという実感を、ありありと感じました。
そして、専門性と資質の向上を考える、「言語聴覚士としての在り方」(「生き
方」と言う方が適切かもしれませんが)の具体的なお話は、1年3ヶ月後に当事
者の生活に寄り添う私にとって、羅針盤のようなお話でした。
***
それから、お話の後に少しお時間を頂き、質問させて頂きました。その時、先生に「成人からみていくといいですよ」とアドバイスを頂きました。このことは、私にとって非常に嬉しい出来事でした。
私事ながら、私も10年程前に、最重度の知的障害のある成人の方々の支援に携
わっておりました。その頃、ある勉強会で、いらしていた講師の先生に「障害について知りたいなら、まずは老いを知りなさい」という言葉を頂きました。
(その後、アドバイスを基に転職し、小規模多機能型のデイサービスに勤務し、
高齢者や、知的障害・身体障害のある学齢期の方々の援助に携わった経緯があり
ました。)
***
私にとって、先生が下さったアドバイスは、心の奥底からエネルギーの湧いてく
る言葉でした。今日からは、今までの学びの原動力になっていた言葉にもう1つ、先生がアドバイスをくださったあの場面と喜びを加えて、言語聴覚士として謙虚に生きていこうと思います。
言語聴覚士としての在り方を考える上での「羅針盤」と、学びのための「エネル
ギー」を頂きました。お会いできて良かったです。本当にありがとうございました。
ーーーーー
本日は筒井先生の40年のST経験を通して、草創期からST歴史とともに歩まれた背景を感じ、今まで高山先生に教わった授業を思い返す内容でもあり、改めて勉強をさせていただきました。
耳鼻科医による臨床聴覚能士としての育成のお話しでは、早朝勉強会や定期発表など徹底した環境で臨床のプロとして訓練を受けられ、お互いに良い刺激を与えながら勉強されたお話から、自身を振り返りもっとがんばらないとと思いました。ベクトルをどこに合わせて勉強していくのか、ある期間の中で勉強した成果(どの程度、力がついたのか)を客観的にみていく必要が私にもあると感じます。
また、専門性を高めるためには同じフィールドのSTとの連携の重要性、そして違った分野のSTや他の職種、ドクターとの交流を積極的にし幅広い人間関係の中で、自身の分野の専門性を高めるとともに広い視野が育まれていくとのことで、とても刺激を受けました。
臨床のお話の中には、時代・状況に対応する姿勢、ニーズに合わせていけるよう自分の力を高め、洞察力を磨いていくことが大切だと感じました。
出会いと関わりを大切にし、今の私たちはコミュニケーション技術を磨いていくことができると思いました。それは、同時に信頼を勝ち取るということにも通じ、子どもさんや患者さんにこの人に訓練してもらおうと思ってもらえる人間性を磨くこと、心の扉をノックしてひらいてもらえるような臨床家にと成長していかなければならないなと感じました。
私の場合は課題が多そうです。社会で働いていた頃に比べ、コミュニケーション能力が低下していると感じる場面がよくあります。STを目指している身でこんなのでいいのかと疑問もあります。現在もコミュニケーション能力に自信を喪失している状態ですが、今後コミュニケーションがうまくできない方々と接していくことがあった時、今のこのもどかしさ、孤独感、しんどさを少しでも理解していけるような人間(ST)でありたいと思います。
本日は貴重なお話をしていただきありがとうございました。
ーーーーー
今日の講義では、筒井先生の40年間のSTとしての軌跡、そして現在ある「言語聴覚士」という資格がどのようにして築かれてきたのかを学ぶことができました。
私がSTの道を志し1年が経とうとしています。毎日、医学、教育、福祉のそれぞれの領域においてどのようにアプローチしていくかといったことや、生理学的な基礎科目に追われながら、今日までそれらを当然のように学んできました。
まだ、この領域が発展していなかった頃、口話法、補聴器、手話といった方法が聴覚に障害をもつ人にとって、どの方法が一番有効なのかといったことが模索され、また現場から次々に出てくるニーズに応えるため成人向けの夜間講座や中途失調者の読話教室ができたこと等,紆余曲折しながら長い時間をかけて、今の学問が確立されてきたことに気付きました。
このことは、筒井先生を始め多くの先輩STの方々へ敬意の念を抱かずにはいられない気持ちになりました。
また、講義を終えて、一番印象に残っている言葉は「言語聴覚士としてのコミュニケーション能力を上げること」です。
コミュニケーションを指導していく専門家が、コミュニケーションを向上させるための努力をしなければならないという指摘に、ハッとしました。
私たちは、コミュニケーションの専門家ではあるけれども、実際は技術・知識を知っているにしかすぎないことに気付きました。筒井先生が私たちへ送ってくださったメッセージは、人と人との関わりの部分であり、まさに「人間性」や、障害をもった方々と接する専門家としての「資質」を言っているのだなと思いました。
技術・知識も大切ですが、相手の心の痛みの分かる、患者さんの気持ちに寄り添っていける言語聴覚士になりたいとこの時強く思いました。
筒井先生は、今後臨床に出て行く私たちにとても重要な心得を教えてくださったように思います。本日は、本当にありがとうございました。
ーーーーー
高山先生
こんばんは。
本日の感想をお送りします。
宜しくお願いします。
本日は、貴重な時間を設けてくださりありがとうございました。
筒井先生のお姿を拝見し、どうして自分がSTの学校へ行きたいと思ったかを思い出しました。
私は一生仕事がしたい、誰かの役に立ちたいという思い(その他にもありますが、簡単に言うとこのような思い)から学校へ行くことを決心しました。
ですので、筒井先生のイキイキとしたお姿を拝見し、私も将来筒井先生のようにSTとして働いていたい!という初心を再び思い出すことが出来ました。
また、筒井先生のお話を聴いてとても印象的だったのが、「その患者さんごとのニーズに合わせて自分を変化(進化)させていくことで、聴覚も言語も出来るSTになる」というような内容でした。
聴覚方向か言語方向かどちらに就職しようか悩んでいましたが、どちらかだけ!(私は○○だから、△△は出来ません!)と決めるこることなく、目の前の患者さんに合わせられるSTになりたいと思いました。
また、コミュニケーションを仕事にしようとしているのに、自分の人付き合いの悪さ(浅さ)を反省しました。
STとして専門性の向上のために必要な、「他職種との連携・他職種から学ぶこと」を行えるように、どのように人と関わるべきか・人の心をどのように受け止めるか(読み取るか)ということや人への伝達力(方法)を学生の間にしっかり考え実行していきたいと思いました。
ーーーーー
筒井先生のお話しを聞き、STとして、大切にすべきことを沢山教えて頂きました。STとして、常に専門性を高める為の努力をしていくことが大切だと思いました。自分の中に患者さんのニーズに応えられる材料がどのくらいあるのか、柔軟性を持っているのかを自問自答していき、自分の幅を広げていくことが求められると思いました。そのためにも、自ら周りに働きかけること、挨拶や笑顔を常に心がけることが大切だと思いました。
また、間違った支援をしないためにも、専門家に頼ることも忘れてはいけないと思いました。STは職場に人数が少ない場合が多いと思うので、ひとりよがりにならない、周囲と協力し、協調し合うことは、STにとっても、患者さんにとっても有益なことだと思いました。
今後、日々の勉強はもちろんですが、挨拶や周囲とのコミュニケーションを大切にしていきたいと思います。有意義なお話をありがとうございました。
ーーーーー
今日はありがとうございました。筒井先生のお話を聞いて、今後、自分がどのようなSTになりたいのか、また必要とされるSTになるためには何をすべきか、改めて考えるきっかけを頂きました。
また、ご活躍されてる先生のお話を聞く度に感じるのですが、皆さんとても熱心に勉強や研究をされていて、そのエネルギーに圧倒されてしまいます。
いつも、自分と比べて落ち込み、最後は自分ができる範囲で精一杯やっていこうと思い持ち直しています。
皆さん自分の時間がないくらい頑張っていらっしゃっているように思います。もし、自分の時間を持ったとしても、やはり何か仕事と関係していることをやってらっしゃるのではないかと。
それでも、ON/OFFの切り替えは大切だと思うのですが、筒井先生はどのようにされているのでしょうか?
私もいろいろ頑張っていきたいと思うのですが、うまくやっていけるか自信がありません。今後の参考にさせていただければと思い質問させて頂きました。よろしければ教えて下さい。
ーーーーー
今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
私は最近になって、「本当に私はSTになれるのだろうか。もしなれたとしてもSTとしてやっていけるのだろうか。」と思うようになっていました。学校に入ってから、クラスメイトたちの志望動機をきく度に、本当に恥ずかしいような気持ちになっていました。私は障害のある人たちを「助けてあげたい」という気持ちよりも、その人たちから、生きていく中で大切なことを「学べるのではないか、教えてもらいたい」と思って、STを志しました。自分が、人の役に立つだなんてことはできないかもしれない。でももし、少しでも手助けができるならとてもすばらしいことなのではないかと思っています。
先生が勉強されてSTになられた時代に比べれば、今の私たちは制度も整っていて、学校に通い授業も受けられます。勉強が大変などと言うような環境にはないはずなのに、つい愚痴をこぼしてしまう自分を恥ずかしく思います。誰かを支援するためには、それなりの知識はもちろん、なによりも努力ということを忘れてはいけないのだということを、先生のお話の中で何度も思いました。正直申し上げると、私は「努力」とはどういうことなのか、まだわかっていません。何をすれば良いのかわからず、ずっと立ち止まっているような気がしました。
でも今日、先生の「過去の患者さんからも、今目の前にいる患者さんからも多くのことを学べる」という言葉を聞いたとき、「私はやっぱりSTになりたいのだ」と思いました。もちろん、先生のように感じることができるまでには、長い年月と経験、努力が必要なのだと思います。今まで途中で諦めてしまったことがたくさんありますが、自分で選んだ道を今度こそ最後までやり遂げなければと今日改めて感じました。
たいしたことではありませんが、とりあえず明日、嫌だな、苦手だなと思っている人に笑顔で挨拶してみたいと思います。本当に基本的なことですが、こんな小さなことから人との上手な関わり方を身に付けていけたらと思います。
筒井先生、今日は本当にありがとうございました。
ーーーーー
質問からで恐縮です。お聞きしたいのは、聴覚口話法と手話の事です。筒井先生が聴覚障害教育に携わっておられた頃は、聴覚口話法の時代だったそうですが、今は聴覚も口話も使わずに、手話と書記で日本語を獲得する子どももいるようです。
筒井先生はその事についてはどう思われますか?
ろう学校ではそれが主流になりつつあるのでしょうか?
手話で日本語を獲得した場合、聴覚から言葉を認識し、口話でコミュニケーションできるようにはなれますか?逆はできると思うのですが…。どうしてもそこに突き当たってしまうのです。
STとしての専門性と資質向上をめざし、早朝勉強会等すごく勉強されていた事に驚きました。学会・研究会参加や仲間との勉強会の必要性ももっともだと思いました。
頑張らねばと思いますが、家庭もあり自分はどこまでできるかと不安もあります。
ろう夫婦の育児教室や夜間講座、中途失聴者の読話教室と、必要な事を次々実行して行くところに感動しました。
インテグレーションを切り開いた事、入学後の支援もされていた事もすばらしいと思いました。
聴覚障害に関わるSTになりたいですが、需要が無いので、運命の所で働くしかないとは思っています。幅広く勉強して多様性のあるSTをめざしたいと思います。
とてもいい刺激を受けました。今日は本当にありがとうございました。
大先輩のSTとして、今後もいろいろ教えて頂けたら嬉しいと思います。
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高山先生
筒井先生
本日の筒井先生のご講演は、まさにタイトル通りの示唆に富んだ内容でした。
特に、「多様な職種と常にネットワークを持ち、必要に応じた連携とプレゼンを行うことの重要性」を何度も強調されていたことが印象に残っています。また、個々のキャリアによる多様性があるのはいいが、専門性を殻にこもる盾に使うのではなく、機会を捉えて自身の技術を高めなさい、という趣旨にもなるほどと思いました。
最後の方で、コミュニケーションのプロといいながら、周囲とのトラブルはSTが一番多いようだ、と苦言を呈しておられたと思います。講師として来ていただいたリハ病院の医師(女医さんです)の方も、STの部屋は「女性専用室」のようになって、妙にコミュニケーションがとりにくくなる、というようなことをこぼしておられました。看護師も女性が多い職種ですから、必ずしも性別の問題でもなさそうです。気をつけなければと思いました。
機会があれば、卒業後でも相談にのっていただければと思います。
筒井先生、本日はありがとうございました。高山先生、また明日もよろしくお願いします。
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筒井先生の講演の感想
筒井先生、講演ありがとうございました。
先生の40年のご活躍のお話を聞いていて、35年前に大学を卒業して富士通に入社して、コンピュータで日本語を利用することについての黎明期に立ち会うことができたことを更めて、幸運だったと思い返していました。25年前には、ワープロからパソコンが実用になる時代にも、そのど真ん中で仕事でき、CD-ROMの誕生とともに、広辞苑を初めとする有名・有力辞書を片っ端から、電子化する企画を主宰したりしてきました。先生のお話のひとつひとつに、その頃の活動での先輩への遠慮ない質問や、会社の中に限らない人との交流に支えられ、情報提供や提案・試作などをしながら、人との交流を作って行ったことを追体験していました。
その時の熱い気持ちや活動をしたくて、35年の経験をこの領域に活かしたくて、定年間近の歳(現在、57歳です)で、言語聴覚士を目指しています。先生もおっしゃったように、この歳で臨床に入った時に、諸先輩方からのご指導が得られそうにないことの心配はあります。コンピュータ技術を活かすことについて、まだまだ不十分だと思います。個人プレーになりがちなSTの活動をツールや情報共有による支援したいと思っています。講演いただいたように忙しさに振り回されて、横の関係が作りにくい状況、ツールが多岐に渡っていることなど、どこから手を着けるか悩ましいことです。自分自身が臨床現場に入ることもまだ見えていない状況の中で、夢ではありますが、一歩でも近づけるよう、STを目指した初心を忘れずに、チャレンジしていきたいと思います。先生のお話をお聞きして、初心に戻って、意を強くしました。本当にありがとうございました。
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筒井先生の講義をうけ、STとしての専門性と資質向上を目指すことの大切さを学びました。先生の話を聞き、やはり私はSTになりたいと強く感じたのと同時に、これから臨床経験をつみ、たくさんの患者さんや家族にお会いして学んでいくのですが、専門性の土台を作っている今の自分の足りなさに、身が引き締まる思いでいっぱいになりました。また、他職種の先生方や同僚との連携の大切さ、患者さんのニーズに応えられるように自分の力の出せる範囲を制限するのではなく、他の先生からの情報収集をする重要性も学びました。今まで、ピアカウンセリングなどには、一度だけしか参加したことがなかったのですが、同じ障害をある家族の方の集まりの大切さを知り、参加してみようと思いました。
臨床福祉専門学校では、1年に数回SLHT研究会を開催しており、今はSTの先生方の症例や検討を聞かせて頂いているだけなのですが、臨床の場にでた時には、研究会にも参加し、いろいろなSTの方や、学校の先生との関わりも大切にしようと感じました。
本日は、充実した時間を作っていただき、有難うございました。
ーーーーー
筒井先生の講義は先生の臨床の豊かな経験をベースに、私たちがこれからSTとして働くうえで大切なことをたくさん話していただいたと思いました。
特に、自分の職場以外での人との出会いを大切にし、職場以外でのSTや他の専門職のかたの意見を交換し合う場所を持つことが自分の専門性を育てることにつながるということです。また、先生が今まで関わってきたこどもたちが大人になり社会にでるまで必要なサポートがあれば、新しい場所をつくるなどその場の状況に応じたサポートをおこなってこられたことをうかがい、STという仕事をとても幅広くとらえておられることを感じました。 貴重なお話をありがとうございました。
ーーーーー
ゲストスピーカ、筒井優子さんのお話を聴いて、とても勉強になりました。40年間という長いST経験のお話は、STを目指す私にとって、目からウロコのお話ばかりでした。
STとして、臨床家として、生のことばで交流し伝えあうことが大切だということ言っており、今はインターネットや携帯など、顔を合わせなくても最低限のコミュニケーションがとれる時代になってしまいました。
人と人がコミュニケーションをとるには、文字やことばよりも会って顔を見ることだけでも相手が分かると思います。コミュニケーションの大切さを改めて考えました。
また、STに技術がなければ教えられない、自分の専門性をどう高めていくか、ということもおしゃっていました。
日々勉強し、良いSTというより、ひとりひとりに合ったSTななれたらと思いました。とても貴重なお時間ありがとうございました。
ーーーーー
本日の講演は為になったのと同時に自分はこれからどうするか考えさせられる内容でした、小児を希望しているわけではないのですがあれだけのパワーは少なくとも今の自分にはありません。
みなで協力というところは同感ですが今の自分だと何ができるのかなと思ってしまいます。あと聞く時間が悪かったと思う次第です(涙 寒いからといって空気の入れ替えがないのは参りました。本日はありがとうございました。
ーーーーー
筒井 優子 先生
ご講演ありがとうございました。
先生の今日のお話を聞いて、STは相手(患者or相談者)を理解し相手のニーズに応えるためにあらゆる手段を尽くす職業なのだと感じました。
他職種と積極的に連携を取ったり、同士の勉強会や研究会に参加する機会をたくさん持ったり、ボランティアの方の協力を得たり、色々なネットワークを構築していくパワーが必要なのだということがよく分かりました。
先生の「人との出会いと関わりを大切にする」ということばに、そのパワーの重要性が凝縮されていたように思います。
パワーということばを使ったのは、人に思いやりと専門的な技術をもって(それも長期にわたって)接するということには大変な心身のエネルギーが要ると感じるからです。そして、それができるようになることは今の私にとって、最もハードルの高い目標だと思えるからです。
自分のことでいっぱいいっぱいになり、人との関わりという点で、怠惰になることが多いのをよく反省しています。頭では人との関わりの大切さを理解しているつもりでも、相手の話にちゃんと耳を傾けるのにも、自分の考えや感情を相手に表現するのにも、力が入らなくなるときが多々あります。(授業で時々寝てしまったりするのもそういうときです…。)しかし、先生のお話を聞いて、STとしてデビューする前までに、力が入らなくなったときの対処法を身につけておかなければならないと思いました。同じクラスには、人との関わりがパワフルで上手な人がたくさんいるので、お手本にして学んでいきたいと思います。
いつも分からないこと、できないことばかりで焦っている毎日ですが、先生の弛まず学ぶ姿勢とそれを貫きとおした40年間を思うと、焦らず着実に学んでいこうという勇気が湧いてきました。ご経験をお話してくださったこと、かさねて感謝いたします。
一段と寒くなってまいりましたので、お身体にお気をつけください。
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本日はありがとうございました。筒井先生は言語聴覚士として幅広い分野を経験されていて、とても興味深いお話ばかりでした。STの仕事として聴覚言語障害者の就労支援や職場定着支援があるということを初めて知りました。STの専門性は、教育や医療現場だけではなく、様々な場で活かすことができるのだと感じました。
また、言語聴覚士として働くにあたって大切なことや、今後の参考になるお話もたくさんありました。
特に専門性の向上のために、他職種とも連携をとることは、とても大切となると思いました。STとしての視点だけで見るのではなく、他職種のからの意見を聞くことは、他の専門性を学ぶ機会にもなるし、患者さんを幅広い視野で見ていくことができると思いました。
また、専門性と資質向上のために、学会や研究会に参加し、情報収集も大切ということでしたので、今からでも学会に参加したり、いろいろ方のお話を聞いたり、関係性を築いていくことをしていきたいと思いました。
今回はとても貴重な機会を頂きありがとうございました。
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(筒井優子先生のお話を聴講して)
本日の筒井先生のSTの専門性と資質向上についてのお話は、一個人としての在り方を省みる時間にもなりました。
筒井先生がおっしゃっていたように、“関係性”が患者さんと直接交流していく職種であるSTにとっては必要不可欠なコミュニケーション技術の一つです。それは、どのような専門職にあっても、そして職種に関係なく一人の人間としてもこの技術は他者との関係を築いていく上で最も重要なツールとなります。やはり、患者さんとして相手と接する以前に一個人として尊重し、寄り添って行く姿勢が必要です。
自分自身で枠を作らないこと。柔軟性のある物事への対応力と専門職として知識を広げる努力・行動力を身につけることを今から心がけていこうと強く感じました。
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聴覚障害学演習(1)感想
筒井優子先生のご講演を伺い、言語聴覚士としての40年間の大変さを知り、とても感動をしました。言語聴覚士の学習環境が整っている中で勉強ができるのは、筒井先生のような情熱ある言語聴覚士の働きかけのおかげであることを感じました。
また、言語聴覚士を目指す学生に重要なのは、自分自身のコミュニケーション能力を高めることだというお言葉にはっとさせられました。私自身、机上の勉強ばかりで、自分自身を磨くことを怠っていたように思います。コミュニケーションのエキスパートを目指しているのに、自分の思いや考えを明確に、そして相手の気持ちを察しながら伝えることができるように、日々の生活の中で意識していきたいです。
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筒井先生
ご講話いただきありがとうございました。
ノンバーバルコミュニケーションに興味があったこともありこちらの方面に進んだので、興味深く聞かせていただきました。
先生がおられた保健センターでのプレゼンテーションや学会などのお話を聞き、当時のSTの方の努力は並々ならぬものだと感じました。
再来年、臨床にでてから同じフィールドに立つときに恥ずかしくない程度にせめて人間性を養いたいと思います。
先生は「臨床で一番STがトラブルを起こしている。一番コミュニケーションが上手でないといけない。」とおっしゃいました。
今まで私は知識がない分、人間性でここまで周りに支えられ生きてきたと考えていたのですが、改めて振り返ると、果たして私は人のコミュニケーションを支援できるほどの力量があるのか?と不安になりました。
意識で改善されることは多くあると思いますが、自らは気づかないところをどうやって修正していくのか、私の長年の課題として持っています。
間違えも起こすかもしれませんが、一つづつ頑張ろうと思います。
聾の能楽師、見ておきたい一つです!(高山先生!よろしくお願いします!)
臨床現場でお目にかかることがありましたら、よろしくお願いいたします。
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筒井先生、高山先生、
お世話になっております。今日はとても有意義な時間でした。有り難うございます。
筒井先生のご講演で特に印象深かったのは直接交流、出会いを大切にすること。偶然、必然の中で、出会いがあり、学ぶべきことがあり、開拓すべきことがある。ろう学校での手話との出会い、心身障害者福祉センターでは早期発見についての欧米書物を学ぶことで日々出会いがあった…。
出会いを大切にすることは自分をさらに向上させる原動力ともなりますね。
また、今は半ば当たり前のように言われているインテグレーションが、そのような過程を辿り現在に至っていることを知りました。このことを踏まえるとインテグレーションという言葉がきらきらと輝きはじめますね。改めてその背景を振り返ることの大切さを思います。
衝撃だったのが、思春期の家庭内暴力です。一番多感な時期、他人と違うということで周囲からイジメに合い(周囲の子どもたちもまた多感なのでしょう)、この辛さを母親にぶつける…。力が強くなっているだけに、余計に母に重くのし掛かってくるのでしょう。
障害を、まるごと受け止め、本人や家族がうまくプラスに転換できるようにどうアプローチしていったらいいのか。特に母親、父親が本人に申し訳なく思っている態度であったら、本人にもマイナスに影響してしまうと思います。しかし、実際に親の心境を考えると私にはまだまだこれは難しいです。支援する側も心理面は特に熟練を要すると思うのです。
それでも、支援をした人が乗り越えて大人になるのをみることができるのは素敵ですね。これが、この仕事をやっていてよかった、と思えるときなんでしょう!!
日々造詣を深めること。その中で様々な出会いを大切にすること。膨らみのある、信頼のもてる、笑顔の似合うSTを目指して毎日頑張りたいと思います。
本当にありがとうございます!!。
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高山先生
今日は大変貴重なお話を伺う機会をくださり、ありがとうございました。
お話の感想です。
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本日はありがとうございました。
課題に当たられるたびに、前向きに取り組み、一つ一つ解決されていく先生のSTとしてのありかたは、多くの示唆を与えてくださいました。かかわりを作るのはことばによるものだけではないこと、プレゼンを通して情報を共有しあうこと、できないところは抱え込まずに専門家の手を求めること、ニーズを感じたらすぐに行動すること、などなど‥。先生の行動力の原点は、「人のため」を常に考えていらっしゃることかと思い至っております。
もし一点質問を許されましたらお伺いしたいのですが、インテグレーションを推し進められたのは、親たちの希望があってのことでしょうか。あるいは先生ご自身のお考えでその必要性を感じられたからでしょうか。さらに、学校の選択(普通級かろう学校か)の相談にかかわる際には、どの程度(どちらの学校の方がいいということも含めて)、先生のお考えを親に伝えられたのでしょうか。伺えましたら幸いです。お話を伺い、ますますSTの仕事が豊かなものに感じられてまいりました。
今日は本当にありがとうございました。
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「STとして歩んだ40年」ということで、まず伺ったのは、臨床聴能士という聴き
なれない言葉だった・私も数年前、脳血管障害で父母が入院していた札幌の病院で、訓練の際に始めてSTの存在を知ったのだが、筒井先生は現在の日本におけるST誕生の経由もお話いただいたが、その成立そのものに関わっていらした先生だった。そしてその先生にお話を伺っている私たちはなんと貴重な経験をさせていただいているのだろうと思いながら、医学の現場で厳しい環境で高度難聴者の治療に取り組んだり、心身障害者福祉センターでの乳幼児の聴覚障害児の発達支援のお仕事、さらにはろう者の夫婦への育児支援から、夜間講座で難聴者の生き難さをサポート指導するお仕事を続けてこられている活動の数々を伺った。私自身、50歳代最後の年齢のとき、これまでの子どもたちに向き合ってきた仕事のなかから、もう一つ自身をステップアップさせるべくなにか、がんばって見なければという思いに駆られてこの学校へ入学することにしたのだが、先生のお話をうかがって、私にもあと数年は頑張れるのかもしれないという元気が沸いてきた。また一生学び、人から頂くものを大切にさらに学び生きることの楽しさをご存知の方にまたお会いできたことがとても嬉しかった。自分にどれだけのことがこれからできるのかわからないが、こんな素晴らしい先輩方が少し前を歩いていてくださることは何にもまして勇気付けられることだと感じた。筒井先生、そしてご紹介くださった高山先生、今日は本当にありがとうございました。お疲れ様でした。
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筒井先生はイメージしていた人とは違って穏やかで落ち着いている方だったので集中して話が聞けました。言語聴覚士がまだ法律で決まっていなかった時代から専門性を磨くために毎日勉強に明け暮れていたことを聞いて、私はまだ努力が足りないなと反省しました。これからもっと勉強に励みたいし、研修にも意欲的に参加してみたいです。ありがとうございました。
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筒井優子先生
今日は、お話いただきありがとうございました。今、いただいた資料を見返しながら、改めて、先生のされてきた様々な仕事、そのぎっしりと中身の詰まった歴史に、圧倒されています。一時間半の間たっぷりとお話いただきましたが、資料の1コマ1コマについて、まだまだ聞いてみたい気持ちもあります。
早朝勉強会、ろう夫婦支援、夜間講座、障害児教育に失語症、様々な研究と、そのどれも、求められ、手探りで切り開いてこられたのだろうと、その内容にと同時に、先生の生き方にも私はとても興味が湧きました。ずっとチャレンジし続ける強さは、やはりニーズがあればこそでしょうか。そこにやり遂げる大きな喜びもあるのでしょうね。なんて中身のある生き方だろうと、驚いてしまいました。
そしてここから、お話の中で、私の心に特に響いたことを書こうと思います。
まず、最も覚えておきたいと思ったのは、常に自分を変えていく、という言葉です。私は、生半可に知識を得て自信を少しつけたならば、相手の人を説得してしまいそうですし、新しい状況を快く受け入れ吸収できるだろうかと疑問でもあります。しかしSTとしてというよりも人として、他人を変えるよりもまず自分が変わる、ということが、相手の人に安心してもらうために、まず大切だろうと思いました。
また、医師などを引き込んで貪欲に学び、生の情報交換も必ず力になるという内容にも、実体験からの重みを感じ、ぜひやってみたいと思いました。
そして最後に、STは何を言っているかわからないとよく言われるということについて。職場でも、こちらから歩み寄り上手に関係を作らなければ、孤立してしまい、結局患者さんなどに対してよりいい援助をできないですし、自分も苦しそうです。このことを自覚しながら関係を広げていきたいです。笑顔で。
立ち止まらない生き方、見習いたいと思いました。どうもありがとうございました。
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筒井先生、本日は貴重なお話をどうもありがとうございまいした。最後の方で急性期病院の話を聞けて、またひとつ理解が深まりました。想像以上に忙しいみたいで少々驚きを隠せません。
またSTとして、あるべき姿を教えていただけて、とても有意義な時間を過ごせました。お話を聞きながら、ある程度の積極性も必要だと思ったり(引っ込み思案なもので…)。専門性・資質向上を目標に研鑽することは、私のためだけでなく、全て患者さんに返ることだと思うので、いつも自身を磨き、高めることを忘れないようにしたいです。
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筒井 優子先生へ
本日は大変お忙しい中と思いますが、貴重なお話しをしていただきありがとうございました。
先生のお話しを拝聴して感じたことはSTは相手と関わりを持ち、関係性を築ける様に勤め、関わる人達の心と体が豊かで健やかに保てるように指導、支援をすることが必要なのだということです。
それには先生のおっしゃっていた、専門分野の視野を拡げて医療・教育・療育の現場に参加し、さまざまな人達と出会い、体験を重ねることで考え、悩み、そして学ばせていただくことが必要だと私は感じました。
STの専門性は自分の体験と知識を持ちいて支援する人に関わり、その人の心に寄り添うこと。どれだけそれが出来るかは、資質を向上する為にSTと関わる他の職種の人達、先輩のSTと協力して支援を行う。そこから学びとることが必要なのだと感じとることが出来ました。そして、まず私が出来ることは自分を見つめ直し、ちゃんと心と笑顔は繋がっているかを、まず日々確認したいと思います。私達の質問にも丁寧にお答えいただきありがとうございました。先生に教えていただいたことを生かして、日々、STの資質を向上させたいと思います。大変勉強になりました。ありがとうございました。
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今日は、筒井先生の貴重なお話の機会をありがとうございました。長くSTの臨床に携わってこられた先生のお話から、改めて専門家としての資質向上の重要性と責任の重さを感じました。 その人のニーズに対して、それらに的確に応えるためには専門家としての自身の専門性を高めることはもちろん、他職種や別領域のST同士の連携、やりとりも重要でありコミュニケーションの大切さを改めて感じました。興味関心を広く持ち、広い視野と柔軟な考えを大切にしていくことが、人と関わるをいう点でおおきな部分となり、それらがよりよい支援につながっていくのではと感じます。
ことばに関する指導や療育に携わる職を目指す者学生として、障害だけに目を向けるのではなく一人の人間としていかに真摯に向き合うかということを忘れてはならないと改めて感じました。責任も重い職だからこそ、そこに携われることの喜びも
大きいのだと思います。
まだまだ課題は多いのですが、大変励みになる貴重なお話を伺えて有意義な時間でした。ありがとうございました。
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今日は、筒井先生からいろいろと貴重なお話をおうかがいして、襟を正された気がしましたし、時代の変化に応じてご自身のフィールドを新たに開拓されていった先生の姿に、感服しました。
ディサースリアの方に手話を指導されたというお話がありましたが、私の頭の中では、それまでディサースリアと手話が結びつくことがなかっただけに、新鮮な驚きを覚えました。専門性に凝り固まって、「STが言語障害のようになっている」と批判されないよう、様々な分野の様々な情報に対して敏感であると同時に、ニーズを持つ人を見つけて、活動の場を広げていけるようなSTになりたいと感じました。
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筒井先生、ありがとうございました。
先生のお話のなかで、これからもずっと私が忘れてはならないのものは、言語聴覚士としての熱意と初心だと思いました。専門家として情報を集め、勉強をし、人との出会いの中で己れを磨くことを生涯続けていくためにも熱い気持ちを持ち続けることが大切だと思いました。
そして、ただひとりで奮闘するだけでなく、仲間をつくり、人と協力する、言語聴覚士にこそコミュニケーション力が一番必要なのだとわかりました。
自分から動いて新たな人間関係を築くことが専門家として、自分の枠にとどまらないようにするために必要だとわかりました。
先生は出会いの場を一番大事にしていらっしゃるとお聞きしましたが、先生の第一印象は「優しそうだなぁ」でした。私も出会いの場を大切に、いい印象を抱いてもらえるように努力したいと思います。本日はありがとうございました。
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筒井先生へ
今回、私たちの為にお時間を頂きありがとうございました☆
冒頭にお話されていた『出会いの場、初めて会うときの印象を大切にしている』の話の中で例に出されていた、遅刻者に対し『わ~、いらっしゃい』と両手を広げると言う、お話が印象的でした。もし私が遅刻者だったら、そう出迎えて貰えると、とてもほっとするように思います。
STを基盤に、ケアマネや介護要員として、幅広く活躍されている筒井先生のお話を聞くことが出来、STの新しい一面を発見することが出来ました。
筒井先生のように、手広くお仕事をされている方の話を聞く機会が限られてしまっているせいか、STは限られた専門分野でしか仕事が出来ない印象を持ってしまっていました。しかし、興味をもった分野に自ら挑戦して良い職種だと言うことを改めて感じ、将来、STとして働けることの楽しさが広がりました。
手話に関して、手話の出来ないSTも多く、出来ないままで良いように思ってしまっていましたが、そう言った偏った思い込みは消して、興味のある分野から仕事の幅を広げていくことが大切だと感じました。その時その時の仕事をきちんとこなせることが、基盤となってくると思いますが、その基盤を基に積極的に、情報収集 を心がけお客様を喜ばせられるSTで居たいです。
今日は、貴重なお話を有り難うございました!
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今回の講演は、私にとって理想と現実の乖離を感じました。しかし、とても必要とされる仕事でもあり、やりがいのある仕事でもあることを再認識しました。自分の選択は間違っていないとのある程度の自信がついた感じがします。しかし、筒井先生が言語聴覚士の歴史とともに歩んでいらっしゃることに非常に強い関心があり、また現在の言語聴覚士がかかわっていく分野すべてを渡り歩いているので、幅広い知識が必要であることを強く意識しました。
資格が法制化された際に、医学・福祉・教育にまたがっているにも関わらず教育分野の協力が得られなかったのはなんとも歯がゆいような気がしました。
様々な支援会に参加活動していることに私自身興味が出てきました。ピュアカウンセリング効果がグループによる相乗効果になると聞いてよかったです。
また、自分の質問していた地域の特性を生かす方法にもヒントを得ることができた感じがします。
本当にありがとうございました。

筒井先生に質問
私、江戸川区内に住んでいて、先生が江戸川で活動していらっしゃるそうで会に遊びに行ってみたいのですが、場所はどこで行なっていらっしゃるのでしょうか。あと、コンタクトを取るにはどのようにしたよろしいでしょうか。
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今日は先生が時間厳守と念を押してくださっていたのに、今日に限ってメールを出しそびれ朝になってしまいました。本当に申し訳ありません!
今日は筒井先生のSTとしての経験のお話をたくさん聞かせていただきました。
温かく優しい、そして芯が強く信念のしっかりしたお人柄にまずは魅了されました。STという人に役立つ仕事を誠実にこなしていくと、こういう風に成長できるのか…と希望を持てる気持ちになりました。
もっとも印象に残ったことは、先生がSTとして研鑽を積み続けることの大切さを強調されていたことです。
ひとことで40年といっても山あり谷あり色々な状況があり、人生の色々な局面が展開されていくわけで、その間仕事を続けるだけでも大変なのに、常に勉強を続け様々な方から学び協力してこられたことが素晴らしいと思いました。
そしてSTはコミュニケーションを支援する仕事だから、コミュニケーション能力を磨かなくてはいけないというお話も、他業種との連携の重要さと関係し、ずんと胸に迫る重みがありました。
今は、大量の知識を主に受け身的に詰めこんでいることが多い日々で、授業さえ真面目に受けていればそこそこ実績を出せる学生の身分ですが、その状況は臨床に出たとたんに変わり、自分のコミュニケーション能力が患者さんの将来を左右することになるのだということを、深く肝に銘じておこうと思いました。
そして、自分の他人とのコミュニケーションのあり方の偏りについて、よく検証し、まずは自分を訓練しておこうと思いました。本日も貴重なお話をありがとうございました。
ーーーーー
わりとくせのあるSTの先生方が多い中で(笑)、先生の穏やかな語り口にまず魅了されました。お話を伺っていて、淡々と語っておられた中に、先生が、今までに大変な努力をされてきたということを感じ取ることができました。
今現在、私は、授業の勉強で手一杯の状況にあり(それでも興味のある研修には参加していますが…)、なかなか余裕がありませんが、国家試験に合格したら終わりというものではないということ、日々の研鑽が欠かせない職業であるということを自覚して、励んでいきたいと思います。もう一点、コミュニケーション能力について…。
私はもともと、「コミュニケーション」という点に関心を持ってSTを目指そうと思い、今に至っています。「コミュニケーション能力のないSTが多い」とは耳に痛いお言葉ですが、私自身、働いていた頃と比べると人への気遣いやコミュニケーションへの意識が低下してきていると感じます。
今後、十二分に留意していかなければと自分を戒めました。STの先生方にも様々な方がおられ、様々な考え方をされています。たくさんの方に出会い、考え方やスキルに触れ、自分なりに吸収・消化して、独自の支援観やスキルを身に着けていきたいと思います。「一本筋の通ったST」(人間として、でもあります)を目指して、
多くのことを学んでいきたいと思います。ありがとうございました。
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言語聴覚士の筒井氏より「STとして歩んだ40年」という題で講義をしていただきました。
氏のこれまでの歩みをたどる中で、さまざまな現場での支援の様子について説明があり、概要を理解することができました。
支援とひとくちにいってもさまざまな要素があることがわかり、そのためにも氏のおっしゃった「専門性と資質向上」が欠かせない。特に、仲間作り・勉強会といった人脈をつくりあげる力が私の目指すSTの世界においてよりよい支援を目指す上で重要となるのだろうと感じます。個人でできることはそれほど大きくないが、グループを組んだり、組織間のつながりを活かせば発揮できる力が格段に増えるのだと思います。
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筒井先生へ

今回、私たちの為にお時間を頂きありがとうございました☆

冒頭にお話されていた『出会いの場、初めて会うときの印象を大切にしている』の話の中で例に出されていた、遅刻者に対し『わ~、いらっしゃい』と両手を広げると言う、お話が印象的でした。もし私が遅刻者だったら、そう出迎えて貰えると、とてもほっとするように思います。
STを基盤に、ケアマネや介護要員として、幅広く活躍されている筒井先生のお話を聞くことが出来、STの新しい一面を発見することが出来ました。
筒井先生のように、手広くお仕事をされている方の話を聞く機会が限られてしまっているせいか、STは限られた専門分野でしか仕事が出来ない印象を持ってしまっていました。しかし、興味をもった分野に自ら挑戦して良い職種だと言うことを改めて感じ、将来、STとして働けることの楽しさが広がりました。
手話に関して、手話の出来ないSTも多く、出来ないままで良いように思ってしまっていましたが、そう言った偏った思い込みは消して、興味のある分野から仕事の幅を広げていくことが大切だと感じました。その時その時の仕事をきちんとこなせることが、基盤となってくると思いますが、その基盤を基に積極的に、情報収集 を心がけお客様を喜ばせられるSTで居たいです。今日は、貴重なお話を有り難うございました!
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言語聴覚士として多岐に渡る経験を積んだ筒井様のお話は非常に面白く興味深いものでした。
初期の頃は聴覚に特化したSTとしてご活躍されていたとの事で、この学校に入学するまで聴覚分野のSTという仕事を知らずに居た私には、聴覚分野のST業務のお話が非常に興味深くまた、面白く感じました。
業務の幅も非常に広く、底の浅い私の想像の付くST業務はほぼ一通り経験されている事に、素直に凄いと感じました。ST業界全体に関するお話も伺えて、やはり昔からこの業界に携わっているいる方は知識の深さも広さも違うものだ。と、食い入るようにお話伺わせて頂きました。また、人工有毛細胞というお話は衝撃を受けました。やはり、様々な知識にアンテナを高く張りキャッチしているからこそ、長く働いた聴覚の世界から、成人の急性期という急激な方向転換にも柔軟に対応できたのだろうと思い私も知識に対して貪欲に、アンテナを高く持たなければいけないと、強く感じました。本日は貴重なお話、誠にありがとうございました。
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現任STの方が来られるという話で期待していたら、本当にキャリアのある方で言葉の端々まで納得の連発だった。
臨床聴能士としての経験は、まさに今日の聴覚分野で働くSTの元になっていると感じた。早朝勉強会での外国文献の抄読など、我々が学んでいる聴覚活用の概念などはここに起始しているのだろう。成人向けの夜間講座の必要性は私も感じていたので、とても共感できる話だった。だが実際にやるとなると、夜間に運営している施設や病院は基本的にはないので、簡単なことではないのだと思う。現在は相談支援に従事されているということだが、やはり小児から成人まで経験があるからこそ、またSTとしての仲間やネットワークがあるからこその援助ができているのだと思った。
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臨床福祉専門学校第2回レポート


2009
12.23

臨床福祉専門学校の皆様

クリスマスはどう過ごすのでしょうか。年末の忙しさにおわれ、3回分の講義の感想やまとめの掲載が遅れています。年末にゆっくり処理しますので、もう少しお待ちください。今日はレポートの内容のみ掲載します。

レポートの内容

・ろう・難聴者向けの言語聴覚士の紹介のパンフレットを作成する。
・パンフレットについては、A4用紙1枚、両面OK
・作成したものについての考察をA41枚で書く。
例(複数入れてもオッケ)
・言語聴覚士って何?
・聴覚障害って何?
・聴力検査って何?
・自分の紹介を入れても可能
などなど
現場で使えるパンフレットを作ってください。写真なども入れてもオッケです。

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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年12月9日)


2009
12.15

臨床福祉専門学校言語聴覚 療法学科で開校されている「聴覚障害学演習」を受講されている学生さんの感想や質問を特に学 生さんと共 有したいと思っています。関係者ではない方も興味があれば、これから言語聴覚士、特にオージオロジストになろうとしている学生さんの声を感じてもらえれば と思っています。

※プライバシー保護には気をつけているつもりですが、何かあればすぐに高山までご連絡ください。本人の了承が必要な感想文などについては事前に連絡、了承を得ております。

高山亨太

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お疲れさまでした。
最新の携帯電話と2年前の自分の電話交換しませんか?
今日見た、「サラリーマンライフ」はとても面白かったです。
ろう者の抱える問題。健聴者の職場の仲間の抱える問題。
お互いの歩み寄りにより、コミュニケーションも円滑になり、それが仕事へのモチベーションや効率にも繋がるいい例でした。
「やりがい」「いきがい」障害の有無に関わらず、すべての人に平等に与えられる権利。
自分もSTとして、この二つを感じることが出来たらなと思いました。
ーーー
講義ありがとうございました。今日みたビデオで、これからの日本の課題が紹介されており、その点を理解してSTになったら患者さんの社会復帰を考えて臨んでいきたいと思います。
そして、最後のパワーポイントにアメリカに聴覚障害を持ったオージオロジストも多いと載っていたんですが、どのようにして働いているのか知りたいと思いました。
高山:数的には多くはないんですが、オージオロジスとの仕事って聴覚に関わる部分なので、多くは機械や検査器具を使いますよね。発音指導などはスピーチセラピストの担当なので、問題はありません。聴覚障害のあるオージオロジスとの方が聴覚障害者にとっては人気があるようです。手話もできますし、聴覚障害者の立場になって対応することができるようです。
ーーー
今日授業ありがとうございます。今日は健聴者とろう者の社会にでてからの関わり方をVTRを通して学べたと思います。ろう者の方が思っていることを言いづらくなっている現状やそれに際して消極的になってしまう現状を今日の授業を参考にしながら私自身考えながら社会に出ても活動していければと思います。
ーーー
DVDを見せて頂きろう者の雇用の現状と、聴者がろう者とのコミュニケーションを取る為にどのような取り組みをしているか、実際が見られることができました。先生が思うように、日本の制度に私も疑問に思います、雇用納付金制度について300人以上の企業に何故限るのか、何故不足の人数で支払う額の方が高いのか。 支給金の方が高ければ企業側も積極的に障害のある方々を雇う気にもなるのではないでしょうか?金銭目当てだけでは、制度が整わず雇っても窓際で当事者の仕事の内容は雑用でほとんど何もないといったような問題も出てくるとは思いますが・・・
後一点聴覚障害者の方が、STにはなれるでしょうか?僕が思うには、難しいと思うのです。アメリカではオージオロジストというお話でしたが、日本でSTになる場合、構音訓練の音の聞き取り、GRABS評価などは聴者の耳でも難しいし、子どもの療育現場においても、発達障害の子どもと上手くコミュニケーションをとれるも のなのでしょうか?
現在、失語症の当事者からSTになられた方は聞いたことがありますが、難聴者からと言うのは聞いたことがありません。このような状況で、このような断定的な意見を述べるのもどうかと思いますが、私の考えが小さいだけで、是非先生の意見をお聞かせください。
高山:おっしゃる通り、発音指導などは難しいかもしれません。しかし、聴覚領域に限れば聴力検査など機械や検査器具を使用する仕事が多いと思いますし、補聴器や人工内耳の調整も可能です。私でもできないことはありませんし、アメリカでの経験ですが、ろう者のSTの方が手話もできますし、こちらの立場になって一緒に考えてくれるという点ではすごい意義はあることだと思います。「難しいだろう」という思考が、結果的に欠格条項を作ったという歴史はあるわけです。専門家になるならば、見方を変えて柔軟に対応する思考を持ってください。
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学生時代の手話の講義を通し『障害者の雇用義務はあるものの、雇用納付金制度を選択している会社も多い』と、聞いた事がある程度で、事業主障害者雇用制度に関して詳しいことは知りませんでした。
以前、勤務していた職場障害者の雇用はあったのかもしれませんが、勤務場所で一緒になる機会がなく、障害者雇用に関してあまり意識することがありませんでした。
DVDを通し、初めて障害者雇用に関する企業の取り組みを、具体的に知る事が出来ました。ブラザー工業やデンソーのように、障害者雇用・取り組みに積極的な企業は少ないは思います。
しかし、社員同士のコミュニケーションが充実することで、製品作りにも活かされ、社員の働き甲斐に繋がったと知り、障害者のコミュニケーションを理解・配慮することは、障害のあるなしに関わらず社員のの能力を使うことにも繋がるのだなと感じました。
また、最後にDVDに出演されていた、男の方の『重要なことは紙に書いて確認する』と言うことや、『相手の話を最後まで聞いてくれる』と言う点に関しては、聴覚の聞こえが良くても悪くても、関係ないことだと思うので、私も意識したいと思います。
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就労により、聴覚障害者のコミュニケーションの障害が顕著に現れることが理解できた。見た目だけでは分かりづらい障害のため、まずは障害を具体的に理解してもらう必要があると強く感じた。
就職したことで、今までとは大きく異なる環境に移る。自分のことを理解して関わってくれる家族や教師・友人とは違い、就職先のほとんどの人が聴覚障害への知識が無い。そのため、早くから健聴者と関わる必要があると感じた。
ろう文化はあるけれど、多くの聴覚障害者は健聴者と関わりを持たないで社会生活を送ることは困難です。そのことがわかっていながら、なぜ手話教育を推し進めていくのでしょうか。また、聾学校では、限られた人でなく、多くの健聴者と関わる機会は設けないのでしょうか。
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今日も貴重なお話をありがとうございました。
今日は聴覚障害者の就業についての映像が大変印象的でした。
以前、聴者も聴覚障害者もみんなが手話を使える島の話が出たことがありましたが、それを思い出しました。
社会がそうなったら良いけれど、そんなことは夢のユートピアみたいな話だとその時は正直感じました。
でも、このビデオでは、そうした理想へ具体的にどう近づいていったらよいのかを示されたように思いました。
日本全国をいきなり聴覚障害者が生きていきやすいように変えることはできなくても、まずは自分の職場だけでもそのように変えることはできるわけで、それが良い結果をもたらせばモデルケースとなって、たちまち全社的に進んでいくということもあるとわかりました。そうした輪が広がっていくのは素晴らしいと思いました。
また、聴覚障害者が存在することやその立場に歩み寄ろうとすることが、職場の温かな雰囲気や団結、意識の向上を産んでいるのも感じられました。
また、やはり間違いが許されない仕事の場では、口話だけに頼るのではなく手話が確実な方法として大切だということもわかりました。
本日もありがとうございました。また来週も楽しみにしております。
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映画『サラリーマンライフ』は、今まで知りづらかった会社の内情を知れたので、興味深かったです。あの会社の例はうまくいったケースだとは思いますが、成功した理由は、私としては、聴者と難聴者のお互いの利益が一致したことではないかと思いました。映画を見て、やはり本当に手話や理解を成立させるためには、障害者のためにという偽善的な意識だけでは中途半端に終わる気がしました。お互いに役に立って楽しいことがあるからこそ根付くものではないかと。また、デンソーやブラザー社には、他の障害をもつ人も働いているのかも気になりました。
それから、デンソーの社員食堂での映像を見ていて、4人のうち3人が手話で話している中、隼人くんの隣にいた1人の人は手話を理解していないように見え、その場合、その会話の中で枠の外にいるのは、その人であるように感じました。つまり、耳が聴こえる聴こえないに関わらず、お互いをしっかり見て会話しなければ会話は成立しないということを実感しました。
とにかく、今度ハローワークにいってきます。
ーーー
講義ありがとうございました。
事業主の障害者雇用義務のことは知っていましたが、雇用率が低い事に驚きました。
映像で障害者の雇い入れ環境の整備された企業の実際の試みを拝見して、やはり生半可な事では出来ないので、雇用が進まない事にも納得もしました。
障害者への情報保証が心理的にも、如何に大切であるか、事業主に努力を強いる事はできませんが、整備が進み、雇用の促進が図られ活躍の場が増える事を祈りたいです。
ーーー
今日は聴覚障害者の就労について学びました。
業種にもよりますが、例えば車椅子を使う方が就労する場合であれば、職場の環境を整えることで仕事をしていくことが可能だと思います。聴覚障害の場合は、コミュニケーションにサポートが必要になってくるので、職場の人の理解と支援が必要になるのだとわかりました。
コミュニケーションがとれることは、仕事ができるようになることはもちろんですが、職場でより良い人間関係を築いていくことも大切となると思います。
そのためにも、手話を取り入れたり、決め細やかな支援が必要なのだと感じました。
ーーー
お疲れ様です。知る権利は誰もが持ってるもの。そのための情報保障。
感想ですが、企業が雇用率を下回ると国に人数×5万円支払うなんて知りませんでした。より痛いペナルティをと思いました。
ーーー
障害のある人への支援する人の割合が足りないと思います。そして支援する側の質も問題であると思います。障害のある方を支えると言うことは、思っている以上に難しいことだと思います。出来ないことをいくら専門的に細かく指摘されても、その先を考え実行する専門家が、就労の場にもまだまだ不足しています。いつまでもこのような状況だと思うのですが、先生は何が原因だとお考えですか?
ーーー
席替えをしたためか、先生の話が聞きやすく集中して講義を受けることができました。
私の前いた会社にも障害者雇用をしていましたが、部署が別れていたため特に関わりがありませんでした。なので、ビデオの取り組みを見て正直すごいなと思ってしまいました。
それは前職の会社が障害者雇用専門の部署が分けられていて、自らが関わろうと思わなければ関われない環境だったためです。私は他の企業を知らないので、それが普通のように感じていました。
前職は中小企業でしたが、デンソーのような大手企業でも健常者と障害者が関わり合いながら仕事ができる環境があるのだと知り、驚きました。また人の熱意が会社を動かすことも出来るのだと分かり、勇気をもらえた気がします。
私の会社は自閉症の方と脳血管障害の後遺症の方が中心でした。今日見たビデオのデンソーは聴覚障害者雇用を中心に行っていましたが、やはり会社によって雇用する障害者の症状(聴覚障害者なら聴覚障害者を中心に雇用するとか)は偏ってくるものなのでしょうか。
先生はデンソーの社員でもなければ、私自身前の会社がどういった基準で障害者雇用をしていたのか分からないので何とも言えませんが、知っている範囲で教えていただければと思います。
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聴覚障害者の雇用を考えるにあたってコミュニケーションの問題は切り離せない。健聴者の大多数は手話でのコミュニケーションがとれないためそこに問題が生じる。手話通訳者の必要性が求められるが、追いついていないのが現状である。
今日のビデオで聴覚に障害があったとしても社員が仕事をスムーズ、かつ意欲を持ってできるかどうかは会社の・社員の働きかけが大切だと思った。今日のレジュメに退職理由の1番が賃金と労働条件、ついで職場の人間関係とあることから実力への正しい評価がなされてないこと、コミュニケーションがとれる環境にない会社が多いことが分かる。意欲を持ち入社してもいつまでも上がらない給料、仕事内容ではモチベーションを持ち続けることの方が難しい。意欲を持てるか否かはやはり会社の対応次第なのだから平等な評価、対応、そしてサポート体制が望まれる。
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授業ありがとうございました!「聴覚障害者の雇用」は、今まであまり考えたことのないテーマだったので、新鮮でした。
特に「サラリーマンライフ」の視聴では、聴覚障害者が周囲に支えながら生き生きと仕事をしている姿が印象的でした。また、普通学級を経験せず聾学校から一般就労をしているモデルは、私にとって新たな知見でした。さらに、デンソーに勤務している男性が上司に対して、(字幕の関係かもしれませんが)敬語が使えていなかったことに違和感を覚えました。自戒の意味も含め、聴覚障害者のみならず社会に出る前に基本的なマナーを身につけたいものです。加えて、今回の出演者は聴覚障害の程度が高度や重度だと思うので、軽度や中等度の人たちの働く姿も続編でみてみたいと思いました。きっと軽度や中等度の人ならではの苦悩や工夫があると思うからです。
講義中に「仕事ができても、会話はできない。」と先生がおっしゃっていましたが、ジョブコーチのみならずSTも聴覚障害者の就労支援ができればよいと思いました。私は小児のSTを希望していますが、将来の就労のことを念頭に置き長期的な視点を持って支援できるように心掛けたいと思います。
来週のゲストスピーカー2名のお話を楽しみにしています。来週もよろしくお願いいたします。
【追伸】
以前ご協力いただきましたワクワクレスリングの受講生の動画が、先日のコンテストで優秀賞を受賞しました!お忙しい中、ご宣伝どうもありがとうございましたm(__)m
高山:コンテストでの優秀賞の受賞おめでとうございます。
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聴覚障害者の雇用についての実態を学び、驚くことが多くありました。始めに34万人中約6万人しか働くことができない実態に驚きました。雇用義務はありますが、300人を超える企業とはと疑問に思います。地方の中小企業であれば、義務とはならず、しかし、聴覚障害者の方はいて、制度としても聴覚障害者を受け入れる社会としての機能はなりたっていない実状が見えました。ペナルティーもありますが企業が負担にならない程度のペナルティーで、雇用した企業の助成は・・・。差はなんだろうと思います。また、職業選択の幅がまだまだ狭いこともわかりました。今後も続くとされる不況の時代に働く場の確保は困難であることが予想され、その対策はされているのか疑問に思いました。私たちにできることは何でしょうか。やはり、環境を整えることは、もちろんですが、brotherで働いていた二人の様子を観て、発話明瞭が良い思いましたので、聴覚を生かした言語訓練を心がけることも大切だと思います。さまざまな視点でとらえることができるよう勉強し
ていきたいと思います。
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今日の講義は障害者雇用ということでしたが、一番重要なことはコミュニケーションだということが認識できました。聴覚障害者の方は、相手の言っていることが分からなくても遠慮してもう一回聞けない、健聴者は分かっていると思ってしまう、ということでコミュニケーションに齟齬が生じていました。相手が萎縮せずに質問できる雰囲気を作ることが、聴覚障害や健聴といった垣根無しに大切なことだと思いました。
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サラリーマンライフについて。
ろう学校の子ども達は口話ができる、できない、しない?またできる子もレベルに差があり、伝わる、伝わりにくい等、様々ですね。できると健聴者とのコミュニケーションがとてもやりやすいと思うのですが。ろう学校では希望があれば教えるのでしょうか?
ブラザーに就職したろう学校卒の女性は、口話ができるので、周囲の人とのコミュニケーションがスムーズだったように感じました。
ブラザーもデンソーも聴覚障害者に対する理解があり、とてもいいですね。やはり特別な企業でしょうか?
ろう学校卒で大学に進学する人が増えているという事ですが、その後の就職はどうなのでしょうか?今のように景気が悪いと健聴でもすごく大変と思いますが。
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実際の聴覚障害者の方が働いている場面、雇用する側の働きかけなどの具体的な案や両者の立場がきけて、参考になりました。
ろうの人への、一つのコミュニケーション方法として、手話があげられていましたが、手話が出来ない難聴の方への接し方も考える必要があると思いました。
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今日は、ビデオを見ての感想になりますが、大手企業の聴覚障害者受け入れの体制が整いつつあり、その背景にはきっかけがあり、たくさんの人々の理解と協力があって、その上で現在働いている人の明るく生き生きとした姿がさらに聴覚障害への理解を広め深めつつある、これからの時代の模範のような会社でした。
グローバルデザインやすべての人が同じく平等に雇用されることが本来の在り方だと思うので、いいところを伸ばして活用するような仕事をしていける社会に私たちはしなくてはなりません。
また転職率が高いというのも、仕事は一人でできないので、うまくコミュニケーションでが出来ないことは致命的でもあるわけですが、ビデオを見ている限り、障害者本人だけの問題ではなく、むしろ周りの支援が大切なんだと思います。
チームで仕事をしていく上でお互いの苦手分野をカバーしあうことで、長所を伸ばしていくことで、仕事の質も、生活の質も向上していくのではと考えます。
あくまで私たちは障害者の雇用理解を広める人でなくてはならないと思います。本日もありがとうございました。
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本日も講義ありがとうございました。映像で紹介された企業は素晴らしいと思いました。特にお互いが問題点を整理して、意思疎通が滞らないようにシステム化した点が称賛に値するところです。
私は入学前に某巨大流通企業に在籍しておりました。人事が説明するには、全社員の3%は何らかの障害のある方で国の採用基準より高い、ということでした。
私の近くでも知的障害のない脳性麻痺(と思われる)女性の方が働いていました。その方はまだお元気で働いていらっしゃるとおもいます。
もう一人、重度の左半身麻痺の50歳くらいの男性が入社されました。この方は残念ながらすぐに辞められました。
紹介された企業のように問題点を見つけて解決してゆく形は当然そこまで至れなかったわけですが、思い起こすに「現在はこんなことでお困りです」的な紹介もなくその方は現場にほうり込まれていました。
かなり粗っぽいやりかたですね。3%がいかに自己満足な数値だったか見え隠れするというものです。
現場に携わる我々としては、先週高山先生が言われたようにアンテナ鋭く発信し続けなければ!と思いました。
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ちょうど先日朝日新聞に聴覚障害者の方が働くお店について載っていました。
そのお店は東京駅の地下にあり、私は以前毎日仕事でそこを通っていました。
電子音で「いらっしゃいませ」と聴こえたのがきっかけで興味を持ち、遠目から見ると店員さんが手話で会話していました。
いつか買おう、そのお店で買おうと思っていたのですが、なんだか恥ずかしく買えずじまいでした。
今思えば何が恥ずかしかったのか、きっと接し方がわからなかったのだろうなと思います。
また、会社にも(多分)補聴器をつけた方がいました。
しかし、会社の中で彼らとの接点はなく、私は話したいとは思いながらもなかなか話せませんでした。
今日のDVDを見て、会社として手話教室などがあることが羨ましく、今も以前の会社で働いていたら手話教室など提案したいと思いました。
今思えばただ普通にお店で購入するだけですし、それこそ会社なら挨拶からでもいいので話しかければ良かったと思います。
こちらからの働きかけをしなかったこと、お互いを分かり合える機会を逃していたことに今になって後悔です。
障害のある方用の求人を初めて見てみました。
障害別に検索できるのですね。

http://www.web-sana.com/?cid=ove000090401

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お世話になっております。今日は障害者雇用についてでした。
DVDでの場面で、ろう者に対し会社側が歩み寄り、徐々に交流が広がっていく様子がとても暖かかったです。手話を学んだり、筆談をして仕事の伝え方を確実にしたり、日々のちょっとした工夫で、ろう者ー聴者全体でコミュニケーションが広がっていきました。普段しゃべらなかった人ともしゃべるようになったことがとても意義深いと思います。
私が以前所属していた会社にも障がいを持った方が2人本社で働いていました。視覚障がい、肢体不自由の方で、両方とも寡黙な人たちでした。それでも、肢体不自由の人は周囲の人と談笑する様子がありましたが、視覚障がいの方は特に静かでした。周囲もあまり意識せず、見過ごしているように思えましたが、ある時、視覚障がいの方が帰りの電車に乗る際困った態度を見せた時、すぐに何人か助けに入ろうと近寄って行きました。皆見覚えがあったので、どうやら会社の人できっと何気なく見守っていたのでしょう。それからは、社内でも見過ごしているのではなく見守っている雰囲気を見て取れるようになりました。障がいを持った人が側にいるということで、様々な人がいるということを知るばかりでなく、社内のその場の空間が優しくなっていくのを味わいました。
…そんなことを思い出した講義でした。
法定雇用率に達していない会社が多いとは思います。しかし、様々な人がいること、様々な視点があるのを知ることは、社内全体の視野を広げ、活性化を促すことは確かでしょう。
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本日も貴重な授業をありがとうございます。
『就労』という大きな問題を問いかける映像、授業での振り返りで人が人らしく生きる為のひとつの重要な要素としての『就労』を
改めて問い直す時間となりました。そして先月の課題『聴覚障害の方のためのマップ』を作成した時に考えたことにつながる授業でもありました。
私は難聴のお子さんをお持ちの保護者のためのマップを作成しました。病院、保健所、市役所、ろう学校、(重複障害のための)肢体不自由養護学校、特別支援学校、ことばの教室を通級制として持つ普通学校などを調べていくうちにろう学校の高等部では大学を聴講し、進学に対して具体的な支援と援助をしていくこと、難聴の学生の大学生活を支援する施設があることも知りました。
しかし就労を具体的に支援する場所が探しきれながったことを反省しておりました。
今回、東京聴覚障害自立支援センターでの委託就労訓練について知り今後このような就労支援センターが充実していくことが必要だと強く感じました。
また就労のVTRについても考え込み、頭がパンパンになりました・・・本日も貴重な授業を誠にありがとうございます。
次回の授業はゲストスピーカーがいらっしゃるとのことで楽しみに積極的に授業に臨みたいと思っております。
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今日は聴覚障害者と雇用問題についての具体的な状況を初めて知ることが出来ました。日本では障害があることによって、何も障害のない人と同じように働くことが出来ないという現状があり、アメリカとの状況の違いを目の当たりにした気がしました。
また、ビデオを見て、聴覚障害者の方が健聴者と共に働いていくためには、職場の人の聴覚障害に対する理解と、手話を覚えるといった配慮が欠かせないと感じました。
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今日は障害者の雇用についてビデオを見ながら、会社側と障害者がお互い歩み寄る努力をしていれば、上手くコミュニケーションは取れていくんだなと思いました。
だが、私も働いていて感じた事ですが、会社の先輩に聞くのは、すごく勇気のいることです。なぜなら、みんな忙しそうに働いているので聞きにくさを感じますし、申し訳ないと思うからです。ですが、私より聴覚障害者の方はもっとそういうことを感じながら、働いていているのでしょう。
いくら、障害者の雇用を義務化しても、会社側がきちんとした体制を作ってなければダメだと思います。少しでも歩みより相互作用があり、歩み寄れる努力をしていければと思いました。
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欠格条項と改正運動のところで、「法改正に動いたことが結果的に、健常者にとっても恩恵を受けている面がある」という一文がありましたが、先生が挙げた例のほかに、どういったところでそのことが言えるのか、いまいちピンときませんでした。宜しければ教えていただきたいです。
高山:例えば、皆さんが障害を負ったときに生活ができなくなったらどうしますか。国民年金や厚生年金による障害者年金が支給される例もそうですよね。他には、あなたが自分の声で遺言を公証証人の前で発言できなくなったら、以前は遺言が認められなかったのですが、ろう者の野澤克哉さんが動いたことで、今は誰でも言語障害も持っていても遺言状作成が認められるようになりました。あとは、運転免許状や盲導犬、公共機関におけるバリアフリー(特に大都会での駅の中でのエレベーターやエスカレーターの設置)でしょうか。きりがありませんよ。
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リハビリテーションには医学・教育・職業・社会リハビリテーションがあり、職業リハビリテーションとは障害者基本法をもとに様々な支援・援助があるが、実際はかなり難しい状況にあると感じた。景気悪化のため、派遣社員の問題は浮き彫りにされ、私自身も、そのことを知り大変だなとは思っていたが、それ以上に障害者の雇用のことはメディアでは、あまり取り上げられていないが厳しい状況だろうと思った。ビデオで、障害者が仕事しやすい環境を作っている会社が紹介されたが、彼女の様に行動に出してくれる人がいるからこそ、あそこまでの環境を作りあげれたのだと感じた。障害者から依頼しても通らない事も、周りが行動を起こす事で何か1つでも変化を起こせたら素敵だと思いました。
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VTRで取り上げられていた例では、インテグレーションの手立てとして、手話サークルを立ち上げたり、オリジナルの手話辞書コンテンツをイントラネットで見れるようにしたりなど、手話を通じたコミュニケーションの活性化をすることが中心であったように思います。手話を社員が使いこなせるようになること以前に、手話が聴覚障害を持つ社員と聴者の社員の会話のきっかけになっていた点が良かったと思います。普段のなにげないコミュニケーションなしに、わからなかったところを聞き直すことは難しいと思うからです。
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聴覚障害者の雇用状況について概観した。ろう学校では以前より職業訓練に力を入れている。反面、聴者との接点が少ないため、職場では双方にとってコミュニケーションが問題となっているようである。
視聴したビデオでは、そうした問題がどういった工夫で改善・解消されるかも紹介されていた。このような工夫がより社会に浸透していけば、聴覚障害者の退職理由の一つである人間関係がより円滑に進むと考えられる。そのためには、何よりも聴覚障害者による例えば手話教室などの啓発活動が必然であるし、聴者の援助が重要であると感じた。
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本日も授業お疲れ様です。
聴覚障害者の雇用についてですが、以前私が勤務しておりました会社に、聴覚障害者の方がいらっしゃいました。同じ部署の特定の方とは筆談にて会話し、必要な情報はメールにて報告しているとのお話をお聞きしたことがございます。しかし、そのほかの部署の方や、もちろん私も含めて、会話をするというようなことはあ りませんでした。その方とは、今から7年前に同じ事務所でご一緒させていただきましたが、私もどのように接すればよいかわからず、また、接してよいものか不安に思い、会話の機会もなく私自身が異動となりました。今思い返せば、社内の障害者に対する理解や、雇用に関する知識もなく、また、社内を挙げての教育もなかったことはまだ記憶に新しいことです。
今も、その聴覚障害者の方は転職せずに働いていらっしゃるでしょうか?何もできなかったことを後悔していませんが、同じような環境の職場や、以前勤務していた会社のためにも、今後言語聴覚士としてできることはないか、考えながら、今後残りの学生生活をすごすことが必要であると感じたしだいです。
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今回は映画と授業を通して、障害を持つ人が働きやすい環境というのは、自然と健常者にとっても働きやすいのではないかと思いました。障害を持つ人のため、と行う様々な事が、ユニバーサルデザインとなり、健常者にとっても安心して働ける環境や企業へとなり、互いが支え合うようなシステムがあることより活気ある職場へとなると感じました。
また、映画の中で、手話講座を開いたり、辞書を作ることで、難聴者が積極的に健常者と話すきっかけができたり、健常者同士教え合う機会が増えることで、手話を通して、たくさんのコミュニケーションが生まれていると感じました。手話がなければ、交流する機会がなかったような職場の人と話せたり、互いを知ることができたりと、手話が難聴者の補聴手段以上の役目を果たしているように思いました。
私はハローワークに行ったことがないので、いつか行ってみようと思いました。
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本日も、講義ありがとうございました。ビデオをみて、聴覚障害者の方たちが就職するにあたり、大企業では受け入れているようにはみえましたがまだ、受け入れていない会社がたくさんあることを知りました。障害というものにとらわれずに、たくさんの会社で受け入れる形を作ってほしいと思いました。
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障害を持つ人の社会参加(働くということ)について、周囲の理解や工夫でどのようにでもなるのだと感じました。
効率でいえば健常者を雇用するべきかもしれませんが、人間としての根幹、大切なことが見えたような気がしました。
教育についても、私は統合教育に対して全面的な賛成はできないものの、通級制度などを利用して、困っている人の困難や改善策をみんなで考えていく姿勢を身に付けることは必要だと思います。
サポートしているつもりで逆に教えられることもたくさんあります。
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300人以上の会社で1.8%雇用の義務づけについて300人規模に5~6人。経営者が義務として扱う事を考えると、5~6人に対してジョブコーチをつけて雇用環境を完備することになるのは妥当な数字のように感じました。ただ、映画にあったように関係者が積極的に取り組むのでなければ、働きやすくはならないでしょうし、会社にとっても効率があがらないだろうという当たり前のことがなかなか実行されていないことがよく分かりました。横浜市について調査した時に、聴覚障害者の就労率の引くさにどうしたものかと思っていましたが、横浜市の統計は全国平均よりは良い方だということで、さらに残念に感じました。
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本日も授業ありがとうございました。
今日はビデオ視聴と授業から感じたことはろう者側対する情報保障が不十分であり、それに伴い、コミュニケーション面に関して、マイナスの方向を示し、大きく関わっているのだなということでした。
聴覚者、ろう者が共に相手に目を向けお互いのことを考え、歩み寄ったり理解出来る様に行動し、よりよい人間関係を構築する努力が必要なのだとも感じとりました。
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難聴者の就職の困難について、それを少しずつ乗り越えてきた企業での難聴者と、周囲の聴者たちとの取り組みについてのビデオを見た。障害を持たない一般の労働者の中でも、現在の日本では、労働基準法がほとんど守られていないという劣悪な労働環境にある。一人一人の共に働く仲間たちと連帯して労働環境を改善してゆくという取り組みはほとんどなされていない。
だから、こういう生きることの困難さをかかえた人々とその周囲の仲間たちが力や心を合せて、一つひとつ、働きやすい環境を作って行く取り組みは、本来あるべき労働者のあり方だという感じがして頼もしかった。
ビデオの中で、難聴者の多様な豊かな能力を生かさないで、孤立させ会社を辞めていかざるを得ない結果になることは、会社の損失だろうという部分、本当にあらゆる会社、日本の労働する現場で、聴者、難聴者に関わらずすべての労働者が胸をはって言えるはずのことだ。しかし、成果主義だの、使い捨てだのといった先の見通しのない雇用の実態が、今の日本のあらゆる機能をどんどん衰退させていっているように思う。
困難をかかえている人々だからこそ、健全な、原則的な人間のあるべき姿や、共に生きるべき方向性が見えているのではないかと感じた。人間一人一人を互いに大切にしあうことができる国の政治の方向こそ、国の発展にもつながるに違いないのに。
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学校に入学して以来、小児聴覚・言語発達について色々と勉強してきて、早期発見早期療養と言われ、早くからの聴覚活用の重要性を学んできました。しかし、実際は日本のろう学校は少ないと感じますし、教員以外の専門職の設置が少ないのも現実で、神奈川県ではSTの教員枠を設置し採用をしていますが、全国に広がるには、まだまだ時間がかかり、課題は多いと感じました。
また言語獲得に必要な事は、言語のみに視点を置くのではなく、母親との関係から情動的コミュニケーションを築き、コミュニケーションの楽しさを育むことも言語獲得に重要だと感じているので、そのことも考慮しながら言語訓練のできるSTになりたいと思いました。
聴覚口話が出来るのであれば、手話の獲得は2の次3の次かと考えていたのですが、言語特徴の恣意性を考えれば、確かに必要不可欠だと思いました。
高山:誤解されないように伝えておきますが、先進国の中で、日本におけるろう学校の設置数はダントツ一番多いはずです。アメリカよりも多いです。
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障害者の雇用について、法律によって促進を促しているものの、まだまだ社会的にも一般の認知度においても普及していないのが現状であるということを再認識しました。
ユニバーサルデザインやインテグレーション等の考え方が意欲的に取り入れられているものの個人個人の認識が未だに柔軟ではないということでしょうか。日常の生活において、身近に“障害”について考える機会がないと、私たちは日々の慣れに甘んじて毎日をそのままに受け入れ、そのことについて考え、変化を求めるということを知らず知らずに見送ってしまっているのかもしれません。これからは障害の有無に関係なく、万人が過ごしやすく、楽しい環境を創り出し、互いにコミュニケーションの疎通を段差なく図ることができる社会を求めて行動を起こすべきだと感じました。
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今日は、聴覚障害者を持つ方の雇用促進についてでしたが、法律によってある程度定められているとはいえ、紹介された職場のようによい受け入れ体制を整えているところは、まだまだ限られているのではと感じました。
多くの方が抱いているコミュニケーションの問題をどのように解消していくかは、お互いの理解と歩み寄りだと思います。同じ職場の仲間としての意識がそういう視点を作っていくのだと思います。
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今回の授業では「障害受容」について触れましたが、本当に難しい問題だと思います。これから、STとして支援していく私にとって、「障害受容」は避けることのできないことです。そこで、今回、私のなりの「障害受容」について述べたいと思います。
「障害を受容する」ことは、「その障害とこれからどのように付き合っていくかという長期的ビジョンを考えられるようになる」ことだと、私は考えます。自分の子どもに障害があると告知された親御さんの悲しみは、計り知ることができません。障害児に生んでしまったことへの自責の念に囚われ、「私の子には障害がない」と意地を張ってしまうなど、様々な思いにかられてしまいます。ところが、いつまでも、ネガティブな考え方では、何も変わらず、何も進みません。障害児にとって、「今、何をすべきなのか」「どう接していくべきなのか」という前向きでポジティブな考えに切り替えていくことで、自然とその障害と真正面にぶつかっていくことができるのではないか。また、その障害への関心を高め、知識を身に付ければ、専門家に相談に自ら赴くはずです。そうした懸命な姿に感化され、家族や周囲の人たちの協力をもらえると思います。その障害児にどう育ってほしいかというビジョンをしっかりと見据え、それに向かって家族や、専門家、協力者、そしてSTとともに歩んでいこうと決意し、行動に移すことができれば、それは、「障害を受容した」ことのなると思います。
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聴覚障害者の雇用についてですが、退職者が39%で多くがブルーカラーということで、まだまだ自分がやりたい仕事につける、生きたいように生きることができている人は少ないのだろうと思いました。
前に授業のグループワークで、聴覚障害者ができない仕事を考えるというものがありましたが、そのことを思い出しました。
私は「これはできないだろう」とできないことにばかり目をむけていましたが、工夫をすればできないことはないということがわかりました。それには周囲の協力と理解が必要で、それを得ることにたくさんの努力が必要な状況がビデオをみてわかりました。
質問なのですが、言語が手話の人と聴覚口話法などの音声言語などをつかう人とでは、就職率や就ける職種に違いなどはあるのでしょうか?
高山:特に大きな差はないはずなのですが、ただ学歴によって差は出るかもしれません。今のところ、そのようなことを証明するデータはありません。
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今日、障害者雇用についてのビデオを見て、会社は障害者が働き易い環境を作って「あげる」のではなく、障害のある社員とそうでない社員、どちらにとってもより良い環境を作っていくことが大切なのだと感じました。デンソー株式会社の取り組みで、人事部の女性が障害のある社員からの相談を受けている時に、「まずはあなたから挨拶をしてみたら?」と言っている場面を見ました。環境が変わるのをただ待っているだけではなく、まずは障害者自身が行動を起こすことを勧めていました。もちろん、その背景には会社のバックアップ体制がありました。障害者が働いていく環境を整えるということは、ただ特別扱いのようにすることではなく、障害者が自ら行動を起こし易い、行動を起こそうと思える環境を作ることなのではないかと思いました。
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今日の聴覚障害者の雇用のビデオはいろいろな要素がつまっていたと思います。
コミュニケーションの問題が職場での働きやすさのポイントで、多くのろう者の方がコミュニケーションに困って仕事を続けられない現状があることを知りました。
DENSOの用に企業側にとっても、ろうの社員が働きやすい環境を整備したり、理解してともに働く意識をもつ人がいることでだいぶ大きな違いがあると感じました。
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今日の授業で見たDVDで聴覚障害者の方の働きにくさを具体性をもって知ることができました。今日見たのはうまくいっている例ですが、他の企業はなかなかうまくいっていないのだと思います。一社でも働きやすい企業が増やすためには、企業側への地道な働きかけを続けることが大切だと思いました。
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今日もありがとうございました。
今日は就労についてでした。ビデオでは、職場においてのコミュニケーションのとり方を工夫されていました。どれも気がつき、やる気になれば、決して難しいものには映りませんでした。ただ違うのは、そうしよう、コミュニケーションをとろうと思う気持ちを、職場のかたが持っていたということでしょう。障害者雇用も、1.8%を守るだけでは意味がありません。ろう者も含めてですが、働くひと全体が働く喜びを感じられるような職場を作り上げていくことが求められることかと思います。
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今日は、聴覚障害を持つ方の就労について学びました。聴覚に障害を持つ方々を積極的に受け入れている企業では、社内で手話教室が開かれたり、手話ビデオを作成するなどして受け入れる側の工夫や配慮がとても伝わってきました。
現在6万人の聴覚障害をもった方が仕事をしている現状を知り、とても嬉しかったです。また仕事内容も「職人」や「工員」から、「デスクワーク」を主とし、企画をチームで行うなどしてコミュニケーションを取りながら仕事を行っている事を知りました。
今までは、障害をもった方が社会に合わせて職業訓練を行っているイメージがありましたが、現在は職場先でも障害をもった方を受け入れる環境を整え、創意工夫が図られていました。このように、双方の協力や努力があったからこそ現在の雇用状況へ実を結ぶことができたのだと思いました。
しかし、環境を整えるだけでは解決できない問題もあります。それは聴覚障害者の(意思疎通の面での)精神的ストレスです。
精神的なサポートにも力を入れて、相談窓口などを設けていく必要があると感じました。
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専門学校に入って思うことは、働くということは生きていくために必要なお金を手に入れるためだけではなくて、人生のモチベーションを高めるというか、メンタル面において自分の自信につながったり、生きていく力につながったり、「仕事だから」という言葉でくくれない面もあったのだということです。
障害のあるなしに関わらず、仕事をしてそのような色々な経験をつむことは大変重要なことだと思いました。その権利を人間は誰もが持っていると思うからです。聴覚障害を持つ方の働く意欲を尊重する体制を整えることが、聴覚障害者の方にとっても、周囲の人間や今の社会にとっても必要なのだと感じました。このような場面にSTがもっと立ち入って、それぞれ何ができるかを考えて行動していくべきなのだろうな、と思いました。
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障害者の方の通じないという気持ちがわかりやすく説明されていた内容だったと思います。自分も伝えにくい方なので同じ気持ちとはいきませんがもどかしさはわかります。
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障害者の雇用について、がテーマでしたが、特に気になったのは「欠格条項」でした。言語聴覚士法で相対的欠格条項になったといっても、要は、門前払いではなくなった程度のことでもあるんですね。もちろん、そのことを獲得するのに苦労して運動した方々は尊敬しますし、その方々の前で「程度」などということはできませんが。聴覚障害は、原因不明なもの、突然生じるもの、という性質が少なからずあり、また、誰にでも起こりえるものです。聴覚障害者に対し、障害があってもやっていけるような補助の一部(あくまでごく一部ですが)となるSTが、自分のきこえが悪くなったからSTの資格がなくなりました、では、何か説得力が無いような気がします。もちろん、制度を作る側の人間とSTとは立場が違うわけですが、聴覚障害者からすれば、釈然としないのではないかと思いました。
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今日の映画について、愛知県ならではの取り組みの成功だと思いました。トヨタグループのような大企業の支えで栄えた企業は物事に取り組みやすく、会社の負うリスクは少なく、むしろ障害者を雇用することのイメージアップは計り知れないと思います。
デンソーも岡崎信金もそういった強みを少なからず意識していると思いました。
ただ、今のように景気が傾き業務縮小を余儀なくされている時代、ブルーカラー(差別用語になりそうなのですが…)は生き残れたとしてもホワイトカラーだとしたら障害者は標的になりえるのではないでしょうか。
少ない人数で同時に複数の業務を処理していかなければならなくなったとき、障害者を気遣いフォローしてくれる体制は維持できているのか気になるところでした。
従業員300人以下の会社は障害者雇用が義務付けされていない背景は企業を守るためなのかと思いました。
例えば、映画の中にあった研修や講習会、会議資料など経費を費やせるということは収益が維持できなければ難しいと思います。
と、とても批判的に聞こえる発言ばかりしてしまいましたが、映画にあったような取り組みは非常に感銘を受けました。
しかし、もし景気が不安定になったときにこの取り組みが維持できないような状況になってしまうなら、酷な支援だと不安になりました。
現在の実情をしりたいと思ったので、今後気にして見ていこうと思います。
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今回の授業では、映画「サラリーマンライフ」を見て、多くの健聴の社員が、手話を予想以上にうまく使っていたので驚きました。自分が同じ状況に置かれたら、あれほどうまく使えるようにはなれないかもしれないと考えましたが、おそらく、健聴の社員どうしでの会話にも手話を意識して入れるなどの工夫をしているかもしれないですね。また、手話通訳を導入する前に様々な手段を講じていたことで、導入後に、ろうや難聴の人とのやり取りを手話通訳士に丸投げすることも起きなかったのだろうと思いました。
それから、「ろう学校では、敬語や食事のマナーや上座・下座について教わることがなかった」というお話について、これも、ろう文化が聴者の文化とは異なる独自のものであるということを示す一例だと感じましたが、ジョブコーチがそれほど初歩的なことから教える場合もあるのかと、少々驚きました。東京都以外のの道府県では、国の制度を補う独自の制度がないところも多いのではないでしょうか?そうだとしたら、地域格差が生じてしまうので、国の制度がもう少し緩和されることが望ましいのではないかと考えました。
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今日はクラスのみなさん、特に若い世代がハローワークに行ったことがない方が多いことを知り、ビックリしました。
非常に印象的でした…。本題ですが、聴覚に障害がある方の就労について考えました。
社会の一員として経済的精神的に自立することは、障害の有無に関わらず、自分に大きな自信と存在意義を与えてくれるモノだと思います。
何かしら、日常生活・社会生活において手助けが必要な方は、ハンディキャップをハンディキャップとして自分の中に取り込むだけでも(いわゆる「受容」的な)大変なエネルギーを使うかと思います。それが、仕事ですから、気のあうお友達だけの関係ではありません。なので、そこをまた「私の聴覚はこういう聞こえかたです。こういう風に話してください。」と職場の方に自分をさらけ出すのは、複雑な思いをされる方もいらっしゃるのではと思いました。
職場という、シビアな評価がされる場で、人間関係がスムーズにいかず辛い思いをする…これは誰にでもあるかと思います。
でも、私は聴覚に障害があるからこそ、丁寧に問題を解決しようとする(ゆっくり話す、伝わったか確認する、など)事も考えられると思います。
聴覚に障害をお持ちの方がそんな傾向を意図的に利用してくれていいと思いますし、そのくらいの方が私には頼もしいです(笑)。
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こんにちは。今回も授業をありがとうございました。
今回の授業では聴覚障害者の就労について知ることができました。大きな会社では沢山の工夫がなされ、ろう者と健聴者がともに働ける環境作りがされていることが分かりました。全部ではなくても少し手話を挟むことで、お互いの掛橋になることが印象的でした。
ーーー
「サラリーマンライフ」を観て、前回のユニバーサルデザインを思い出しました
。それは、聴覚障害のある人にとって分かりやすいコミュニケーションは、他の多くの人にとっても分かりやすいコミュニケーションになりうるということです。
なぜなら、映像の中で、聴覚障害のある人は、「分からないけれど質問しにくい」「相手が怒っているように感じ、質問する気が無くなった」という、ごく当たり前の悩みを抱えていたからです。
もちろん、「口元が見えなくて、相手の話が分からない」という聴覚障害がゆえの悩みという側面もあると思います。しかし、いずれも日常の中で誰にでも起こりうる問題状況であると感じました。
映像では、相手が理解できる方法で伝えるという、相手を主体に置いた考え方をして、コミュニケーションのみならず、業務全体の改善が行われていました。
「相手の話すことは、その時しか聴こえない」という言葉が語られていましたが、全体を通して、相手の立場に立つことで気付くことがある、という視点を頂きました。ユニバーサルデザインに近い思考の仕方だと思いました。
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ありがとうございました。一人の小さな行動から会社全体がよりよくなったことを感じました。そして、少しずつ多くの企業に広まり、国全体に広まっていくのだと思います。大切なのは小さな事でも行動してみる勇気であり、また、その燈された火を消さないことだと思いました。
一人の聾者に対する取り組みは、聾者だけでなく会社全体のよりよい雰囲気作りにつながると思うのです。今日のDVDを見て聾者の社員さんをきかっけに、会社全体の雰囲気がよくなり、コミュニケーションが深まったり、相手の立場をより考えられるようになったのではないかと感じました。ジョブコーチの制度や通訳士の派遣制度など、働きかけなくてはならないことは多々あると思いますが、制度以前の問題として、相手の立場を考えること、それには相手に関心を持つこと。そこからが始まりであり、聴覚障害の方をきかっけに、人の輪が広がるのではないかと感じました。いずれにしても、感じたことを口にだし行動していくことから始めたいと思います。
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今回の授業では、聴覚障害者における就職のあり方についての講義でした。
従業員300人であれば、民間で1.8%、公務員で2%の障害を持った方々を雇用しなければならないという決まりになっているわけですが、私が見た限り、公務員で採用されている方で聴覚障害者は見かけたことがなく、どちらかというと肢体不自由の方が勤務されているようです。やはりコミュニケーションが必要とされること、そのための設備投資にまで余裕がないということなのかもしれません。
特に、地方では障害を持った人の雇用にはなおさら消極的です。設備やコミュニケーションまで時間を掛けることをしてまで雇用する必要はないと考えているようです。結局、能力を生かすことなく授産施設や共同作業所などへ行くことになりますね。映像で見ているのは制度として確立しているほんの一部のことと解釈せざるを得ないです。若い人を育成するということで工業や商業高校の生徒を実際の社会で働いてみるインターンシップの取り組みでさえ、中小企業の多い私の出身県ではいい話はあまり聞こえてこないです。そういう土壌が育てるとか受け入れるという土壌がないのかもしれませんね。
あと、筆談のホステスさんの話を先生と話しましたが、その本が手に入りました。読んでみます。
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遅れて、すみません。聴覚障害者の雇用は難しい問題だと感じました。私は、以前中小企業で働いていましたが、中小企業では人数ぎりぎりの中で仕事をしています。
その中で、他の社員とコミュニケーションができないと、ミスにつながるだけではなく、会社全体の流れ、売り上げも悪くなり悪循環になってしまいます。
だからといって、聴覚障害者の有能な力を活かしきれないのももったいないと感じます。聴覚障害者の力をどうすれば発揮できるのか、ここが企業側が考えるべきことだと感じました。また、行政でも考える必要があると思います。
また、聴覚障害者の弁護士もいると授業で聞いて、なかなか難しいですが本人の力でなりたい職業に就けるのだと感じました。
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障害者の雇用について学び、障害者の働くことの難しさを知った気がします。
障害者に対する会社での取り組みは、会社自体の意欲や志気の向上に繋がっている様にも伺えました。
障害者が居ることで、会社の志気が高まることも、あるのかもしれないと思いました。

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鹿児島市手話通訳者養成講座基礎課程(2009年11月13日)


2009
12.07

報告が遅くなりましたが、去る2009年11月13日に鹿児島県鹿児島市に手話通訳養成講座の講師として出張に行ってきました。担当した講義は、「ソーシャルワーク論」でした。九州にいずれ行ってみたいと思っていましたが、鹿児島市聴覚障害者協会の皆様のおかげで、今回そのチャンスに恵まれました。桜島の火山が活動していましたので、そんな中での飛行は恐怖を感じました。鹿児島空港に到着し、鹿児島市内までのバスに乗り、市内に到着したとたん、微妙に違和感を感じたんですね。空気が微妙に黄色いんですよね。目も痛くて。何だろうと思ったら、火山灰でした。桜島が近いようで、その日はたまたま活発に活動していたようです。鹿児島の皆さんは、桜島が近いことでかなり苦労されているようでした。

講義に関しては、全日本ろうあ連盟が発行している「手話通訳者養成講座基礎課程テキスト」内に掲載されているソーシャルワーク論の内容を踏まえた上で、聴覚障害者を支援するに当たって重要な事項を紹介しながら講義をしましたが、こちらとしても勉強になりました。講義の内容を振り返ると、重要なことは手話通訳者がソーシャルワークを担当することではないのです。もちろん、手話通訳者がソーシャルワークを学び、資格を取得することで手話の出来るソーシャルワーカーとして活躍することには賛成です。そもそも、手話通訳者が相談支援も兼ねることは倫理的にも望ましくはないものです。ただ、地域格差があり、ろう・難聴者に対応できるソーシャルワーカーは都心部に多く、地方には少ないんですよね。そのような地域背景もあり、手話通訳者がソーシャルワーカーのような仕事をすることも珍しくありません。しかし、本当の意味で相談をする当事者のことを考えると、手話通訳とソーシャルワーカーは区別されるべきです。手話通訳者にはソーシャルワークの意義を知った上で、適切な専門家につないだり、ソーシャルワーカーに聴覚障害とは何かと説明し、その上で当事者を「つなぐ」ことが今後求められていくでしょう。

今回の講師は、鹿児島市聴覚障害者協会として、日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会を通じて依頼があり、高山が派遣されたという経緯があります。よくよく理由を聞いてみると、これまでは聞こえる手話の出来ないソーシャルワーカーや大学教員がソーシャルワーク論を担当していたようですが、これがろう者を含めてよく理解できない、やっぱりろう者であるソーシャルワーカーから直接講義を受けたいということから今回の依頼に至ったとのことでした。講義中にも言いましたが、本来ならば東京からではなく、鹿児島に根ざした活動をされているろうのソーシャルワーカーが講義をするべきなのです。しかし、資格を取得されているろうの方がいないのが現状と伺っています。将来的には、鹿児島から資格を持ったろうのソーシャルワーカーが誕生するといいですね。そのためのきっかけになったなら、幸甚です。東京にいるろう者が鹿児島でソーシャルワークをしようとしても少々無理があり、時間もかかります。鹿児島の文化や方言をしりませんし、地域のろう者のニーズをくみ取れないのが山々と思います。鹿児島からろう者のソーシャルワーカーやカウンセラーが誕生するまで、また何かお手伝いできることがございましたら、何なりとお申し付けください。もちろん、他の地域も必要に応じて、高山もしくは日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会に問い合わせてくだされば幸いです。

担当者の外園さんをはじめ、鹿児島市のろう者、手話通訳者、受講生の皆さんには大変お世話になりました。いろいろと役不足なところもあったかもしれませんが、今回は本当に勉強させて頂くことができました。次回は、ゆっくり旅行として鹿児島を訪れてみたいと思っています。薩摩揚げ、焼酎、どれも本当においしかったのですが、それよりも鹿児島の皆さんの人情に惚れてしまいました。東京においでの際には、またご連絡をください。改めて、ありがとうございました。

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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年12月2日)


2009
12.07

【今日の感想】
学校のバリア探索、楽しかったです。バリアを探していてあらためて感じたのは、視覚障害や四肢障害に比べて聴覚障害者の立場にたって考えることは難しいということでした。こんなに毎日のように聴覚障害について勉強していても、見えないことより聞こえないことの方が想像しづらい。だから社会の中で聴覚障害者にとってのバリアは気付かれにくいのだろう、ということを実感しました。
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本日の発見学習は改めてバリアについて考える良い機会になりました。普段なにげなく生活していますが障がいの方には不自由に感じている部分が多くあり、そこには危険もあるということを合わせて勉強になりました。学校内でもさまざまあり、改善しなければと思いました。また、すべてのバリアをなくすことは難しいという先生の言葉がとても心に残りました。身体的障がいにとらわれず、人間関係でも同じ事が言えるように思います。共通することは、改善の為にどうしたらよいかを考えどう行動を起こすかなのでしょう。難しいです。
新たに見つめ直すきっかけを頂きましてありがとうございます。来年は学校環境変わっていてほしいです。他人任せにはならないよう頑張ります。
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毎日、何気なく不自由も感じず学校生活を送っていましたが、バリア検索をして、普段の生活場面の一部分だけでも、こんなにバリアがあるのかと驚きました。またバリアのある場所を探すのにも、耳を塞いでみたり、目を閉じたり、屈んでみたり。。。右往左往しながら探していて、障害者の方からの意見を聞く事も大切だと感じました。
また、誰かが動き、どこかで変えていき、また皆で変えて行く事の大切さを学びました。
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こんばんは。今日も授業をありがとうございました。今日はアクセシビリティを考える授業、楽しかったです。
実は家族が重度の椎間板ヘルニアを発症した急性期、医学的には自宅療養でもよかったのですが、廊下が狭くて車椅子が通れず、トイレの問題がクリアできなかったため入院したことがありました。その時初めて車椅子の人の目線になりました。障害のある人の目線に立つことはとても大切ですが、同時に意識しないと見えないことにも気がつきました。
意識して目線を変えていこうと思いました。
あと、学生時代にユニバーサルデザインの展覧会に行きました。デザイン自体は発想が柔軟で美しく面白かったのですが、実際の使用感は馴染まないものが多かったです。全ての人が使いやすいデザインを生み出すのは難しいですね。先生もおっしゃられていましたが、バリアは人それぞれ異なり、ある方にとってのバリアフリーは他の人のバリアになることも理解できました。
STも患者さんに合わせてバリアを無くしていくために、まずは発見する目、そして解決していくアイデアを持ち合わせていかなければと思いました。
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今日は、「バリアフリー」をキーワードに学校内を探検しました。障害 を持つ人の立場になり、朝学校に登校してきてから、帰るまでの行動をみんなでシュミレーションしてみました。今まで何のバリアにも気付かなかったのですが、探してみるといたる所にバリアを見つけることができました。社会の中で障害を持つ人の人数が少なければ、それに気づき訴えるということが諦めにかわることもあると思います。その中で、私たちがその立場になって考えていくことの大切さを再認識しました。
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今日、自分の学校のバリアーを探しに練り歩き、こんなにも学校の設備が整っていないことに気づかされましたました。特に点字ブロックが階段の踊り場の途中で中途半端に敷かれていることに、なぜここに点字ブロックを作ったのか、点字ブロックの意味を分っているのかとても疑問に思いました。中途半端に作られては、 障害者の方を逆に混乱させてしまうのではないでしょうか。いつも通っている学校の中でもこんなにもバリアー見つかったので、普段何気なく歩いている街中では、沢山のバリアーが存在するように思います。先生が言うようにこれから、学校や家など小さいところからからバリアーを取り払っていきたいと思います。新しい視点が 出来ましたありがとうございます。
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今回は聴覚障害者のバリアフリーについて考えました。特に学校内を探索するのは初めてだったので、普段とは違った授業で楽しむことができました。また、聴覚障害者の立場に立って考えることができました。日常で困ることはどんなことなのか、などを考えると予想以上に多くありました。本日の授業ありがとうございました。
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ちょっとした不便にも何も感じずに過ごしていましたが、障害を持った方には大きな問題であり、行動の制約が多大に生じる事を思い知らされました。私たちは仕方ないと流してしまえば済むことでも、危険な事や人生の幅を狭める事となってしまう人達もいる。そんな事を考えながら「ここがもう少しこうだったらな…」などと文句を言いつつあら探しをしていきたいです。
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特に印象に残ったことは、アフリカ・東南アジアでは補聴器を購入するのに平均年収×8年の歳月がかかるということです。改めて世界の国・地域格差を実感しました。
以前ベトナムで、キリスト教会が運営している聴覚障害児の職業訓練の様子を見学したことがあります。そこには、寄宿舎があり、生徒は黙々と刺繍や毛糸製品を作成し、教会に併設されたお店で製品を販売していました。話を伺ったシスターが「運営は主に寄付で賄っているが、資金不足で困っている。」と話していたことが印象に残っています。当時は聴覚障害について無知だったため勝手に手話で教えていると思いこんでいましたが、実際にはどのように指導をしていたのかなど不明なことが今となっては残念です。ベトナムは近年やっと国立の師範大学に特別支援教員養成課程が設立されたばかりなので、まだまだ国の支援が行き届かないのが現状だと思います。当時の見学メモをもう一度見直し、恵まれている日本だからこそ出来ることは何か?を今の立場で考えてみようと思います。
今日は教室を飛び出し、校内の物理的・精神的バリアを探すという演習が特に面白かったです。普段何気なく過ごしていると気づかないことでも、今日の様に意識的に客観的に見てみると校内には多くのバリアがありました。また、各班の調査結果を聞けたことは新しい発見があり、とても有意義でした。しかし、これ程までにバリアがあるとはリハビリテーションスタッフ養成校として、恥ずかしいことだと思うと同時に残念でした。高山先生がおっしゃる通り、いつか学校に対して意見を言い、少しでもバリアの少ない学校環境にしていければと思います。言語聴覚士の卵として今日学んだことを生かし、今後は様々な場所におけるバリアに対して意識的に捉える目を磨きたいと思います。
来週の授業もよろしくお願いいたします。
【質問】
アフリカで手話教育が盛んなのは、なぜでしょうか?補聴器を入手するのが困難だという理由からでしょうか?
高山:補聴器を買うことが出来ないと言うことだけがすべてではないのですが、ギャロ-デット大学を卒業したアフリカ人ろう者がろう学校をアフリカのあちこちに設立したのですが、その理念がろう者には手話による教育を!ということで、その考えが尊重されているのだろうと思います。亀井伸孝先生が書いた本に詳しいと思いますので、読んでみると良いと思います。アマゾンで検索すると出てきます。
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今日はバリアフリーを直接調べることができて、勉強になりました。聴覚情報ばかり考えてしまいますが、視覚情報のことも考えるよいきっかけとなりました。ありがとうございます。そして、ただ調べるだけではなく、調べてよりよくするためには、意見をまとめ嘆願書を作成することの重要性を学びました。この学校にも色々な人が通うことのできる学校になればいいなと思いました。もう少し、周りが見れる(道路情報等)ような人間になりたいです。
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今日授業ありがとうございます。今日の授業は自分たちの学校のバリアを探すというとてもユニークなものでとても楽しかったです。実際に探してみると、あの短時間のうちにこんなにも発見出来るのかと驚きました。また、それ以上に障害をもっている人は日々それを感じながら生活しているのだろうなと思いました。この事からバリアとは決して人事ではなく日々考えていかなくてはいけないこと思います。そして、それを改善していくような努力をこれからしていければと思いました。
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今日の授業では、アクセシビリティという事について知り、私たちが抱えるバリア・障壁について考える機会を頂けて良かったです。バリアフリーやユニバーサルデザインというものが主として障害者の人々の為にあるというイメージから、私は今までバリアというものを、「障害のある人が持っているもの」という観念を持っていましたが、そうではなくバリアは私達誰もが持っているものなのだということを思い知らされました。
現実的には全ての人のバリアをなくすのは難しいかもしれませんが、アクセシビリティが向上し、作られるものがユニバーサルデザインになっていけば、特定の人にとってではなくあらゆる人の生活が少しでも快適になるので、福祉先進国である北欧などの施策を参考にしながら、日本も皆にとってより生活しやすい環境にしていく事が望ましいと感じました。
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今日も貴重なお話をありがとうございました。
今日はなんといっても「この学校を変えていくのは君たちだよ」と諭されたところが、私にとって授業のクライマックスでした。とにかく知識を詰めこんではひたすらテストをしのいでいるような余裕のない生活の中で、はたと立ち止まって考えさせられた瞬間でした。STは自ら積極的に、まずは自分の身の回りから変えていかなくてはならないのであり、そのための知識なんだと思いました。私はひっこみ思案で勇気がなくて、押しが弱く極端に慎重派なので、本当に心細いかぎりですが、とにかく小さなことからでも進んでいきたいと感じました。
本日もありがとうございました。
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今日の授業では、「すべてのバリアがなくなることはない」というお話が、小さな衝撃でした。たしかに、ユニバーサルデザインという観点で施設や機材などを作るのは素敵だと思っていますが、本当に誰もが不便を感じないという状態は難しいという見方も頭に置いておこうと思います。それから、小さなところから変えるために動けなければ、勤めてからもできないという言葉はその通りだと思います。当然できるはずだと思うところから、やってみます!
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本日も、講義ありがとうございました。学校の中のバリア探険、すごくおもしろかったです。福祉専門の学校なのに、たくさんのバリアがあることに驚きました。チャイムの音が健聴者の私たちにもきこえないので、先生に伝えてみようと思います。
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本日はありがとうございました。
最後の排泄の際に人工の装置を付けてるという話しですが、知らなかったとは言え確かにプライベートスペースと言うかプライバシーを守ると言うか1人になれる空間と言うものが、公共の場では不足しているなと思いました。どうしても誰かが介入して初めてバリアフリーになるような気持ちで学校を回っていたので、そう言う視点では見れませんでした。少~し視野が広くなったかもしれません。ありがとうございました!
高山:そうですよね。私自身、友人とか周りに人工肛門といいますか、それを装用なさっている方に出会ったことはないのですが、いろいろと大変だと聞いています。オストメイト対応のトイレは人権などの観点から考えても必要な物だと思います。
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学校内で、バリアフリーが必要なところを探索しました。見慣れた学校のあちこちに障害者にとって、生活を妨げるものが見つかりました。普段意識することは無いけれど、障害のある人は行く先々でこのことを嫌と言うほど感じているのかと考えさせられました。でも、障害にも様々あり、例えば先生がおしゃっていた点字マークは、視覚障害者に有効でも車椅子や自転車に乗る人にとっては行動を妨げます。障害の有無に関わらず、みんなが過ごしやすい環境を整えることなど可能でしょうか。
また、学校のバリアフリーも現在支障が出ている人がいないため、学校に働きかけることは難しいと感じます。障害者を受け入れたくないというわけではなく、入ってくるかもわからない人のために予算を使う事は無いという現実があるのではないでしょうか。
高山:現在は不可能なことがあっても技術やテクノロジーの進歩によって解決できることは増えてくると思います。そのための研究や気付きを社会に発信していくことは重要です。誰かが気付かなければ、そのままですからね。
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授業お疲れ様でした。まず、開始早々に試験問題を1題教えて下さりありがとうございます。笑
今日は学校探検をして、障害のある人にとって不便な部分を探索しましたが、よく気をつけて見ると、点字ブロックなど意外
なところに不便さがあることに気がつきました。
障害者の目線をとるといっても、やはり日常レベルで気をつけていなければ、他者にとっての良い環境づくりをすることは難
しいのではないかと思います。
今日はそのことに気がつく良い機会となったと思います。
高山:笑。スバル好きにはたまらない試験問題ですよね。笑。そんな問題を出したら、首になりそうですのでやめておきますが。
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今日は、学校の中を探策して、障害のある方が生活する上で、改善するべき点を探しました。障害者の目線で考えると、学校にはたくさん改善点があるのだとわかりました。自分たちがいつも生活している場所なのに、改めて意識して見てみると、気が付かなかったことがたくさんあるのだと感じました。
学校という場所は様々な人が集う場所だと思うので、誰もが快適に生活できる環境にこれから改善していってほしいと感じました。
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お疲れさまです、授業の感想です。今日は校内のバリアについて、カラダを動かして考える機会を頂きました。
特に聴覚障害、とのことで耳をふさいで歩いてみたら、今まで感じたことのない閉鎖感と不安がありました。
頭の中で想像するのと実際に体感することの違いを痛感しました。聴覚障害の方は肢体不自由や視覚障害の方と異なり、見た目は「普通に」見えるので、知識を持った専門家の建築や環境整備においての必要性を感じました。
データ紛失ご愁傷さまです(笑)。ではまた宜しくお願いします!
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本日も貴重な講義をいただき誠にありがとうございます。さて、学校の心理的、物理的、環境的バリアを探そう!を楽しく考え深く学ぶことができました。私達の班は聴覚障害の方のバリアにしぼって考えたのですが一番気になったのはエレベーターや階段などで非常事態になった場合の緊急放送+避難経路の確保です。一刻を争う事態において、情報判断を誤ることが命取りです。
机上の空論ではなく自分の生活圏でバリアを感じ改善していく方向性が必要なことを実感しました。
それは障害がある、なしに関わらずすべての人にとってバリアであると感じました。
今日の視点いただことで良くなるように行動につなげることができると思いました。
本日も貴重な視点をいただきありがとうございました。
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学校の中を回り、色々とバリアについて考えさせられました。誰もが、使いやすく、便利なユニバーサルデザインはとても良いと思います。
しかし、とある施設では「バリアアリー」と称して、色々なところに障害物を置き、その中で生活することで、自然と体お動かし、身体の健康を狙う取り組みをしているところがありました。
全てにおいての、バリアがなくなりフリーになったとしたら、それは楽しくない世界になるのだとおもいます。

高山:テレビでやっていましたね。確か山口県の高齢者施設の取り組みだったと思います。その通りだと思います。私たちが社会で生きるために必要なバリアというものもあると思います。要はバランスなのだろうと思います。
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本日、授業が終わってから気がついたことです。本日の講義で、さまざまな「バリア」があるという話題がありました。
Aクラスの講義の初め、先生がマイクをセットなさった後、先生の動きに合わせてマイクのケーブルがマイクにあたり、スピーカーから「ガサガサ」と音がしていました。
クラスの○○さんがセットし直して、音はクリアになりました。気がついたことと言うのは、この時の自分の心理的な葛藤が、先生にとってのバリアを作っていたのかもしれないということです。
スピーカーからの雑音の原因には気がついていました。しかし、クラスには機材係がいて、いつもその人が調整してくれていること、大勢の前に出て行くことに気恥ずかしさを感じること、このようなことを考えているうちに、時間が過ぎました。
「雑音がすることをお伝えする」という簡単なことですが、小さな葛藤がありました。
心理的なバリアに気がついた出来事でした。
高山:そうですね。物理的なバリアって予算を取って変えていけばいいのですが、人びとの心にある心理的なバリアって本当に一番大事なことだと思います。とりわけ、専門職にとっては重要な心構えなのではないでしょうか。その気付きを大切になさってください。
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バリアフリーについて、全ての障害のある人に対応したものを作るのは難しく、普段気がつきませんでしたが、バリアフリーが必要な箇所がたくさんある事がわかりました。緊急時も、もちろん必要ですが、日常生活する上で適した環境設備が大切だと感じました。
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バリアフリーについて以前マップを作るときに感じたことですが、聴覚障害に対するバリアフリーは盛んに行われていないように感じました。
高齢化社会に対応して、スロープやエスカレーター、音声案内など多く見られるようになりましたが、これらは視覚障害、肢体不自由にとっても優しい社会だとおもいます。反面、聴覚障害に対しては案内標識が増えた程度。
しかし、どちらかというと国際化に合わせ複数の言語を載せたものが目立ち、音に頼らずに分かり易い標識は数少ないと思います。それだけ、聴覚障害理解は難しく、伝わりにくいものなのでしょう。
最近、他の授業でもバリアフリーとユニバーサルデザインという考え方が頻繁にでてきますが、一般的にはまだまだ使い分けがされていないように思います。
また、どちらの考え方も「障害物を無くす」ことが目的になりがちですが、「障害物を設ける」ことも大切な要素になりえると思います。現在の日本の状況では歩道や建物の段差をゼロにすることはむずかしいですが、微妙な段差が余計負担になることはあります。ならば、明らかに段差をつけ注意を促すことは機能回復の一端も担います。
私が考える中で、一番の駄作はタッチパネル化が流行った当初の切符販売機だと思います。最近は使い易くなってきましたが、あれは操作が難しく、聴覚に頼る案内で、体温や皮膚感覚によっては機械が反応しないこともあります。
誤作動の頻度は高くなりましたが、機械化が進み人対応が減っているため、すぐに助けてもらえる体制が少なくなりました。
時々目にするユニバーサルデザインは「デザイン」の部分が先行しがちに思えるので、再度概念を理解して忘れないようにしたいと思いました。
高山:そうですよね。バリアフリーなどが進むことで、本当に必要な、日本人らしさ、日本人としての美徳というのがなくなっているようにも感じます。
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学校探索をして。学校の建物は、そもそも障害者が来る作りにはなっていないと感じました。たくさんの「バリア」があり、普段それを感じていなかった自分にも驚きました。
事務の人が手話などができるかを考えたときに、なるほど、デパートの受付嬢の意味がやっと納得できました。どのような建物でもあれ、入ってすぐに質問できる空間(人)がいることは心強いですよね。
私の家を含め、近所の家、最近建てている家、どの家にもスロープなどはありません。将来性を考えたつくりの建物はまだまだ少ないのかもしれません。
また、ドアのガラスの意味を今まではずっと飾りだと思っていました。今日初めてそのような意図があることを知りました。

※先日免許更新に行きました。聴覚障害者用マークを初めて知りました。が、実際につけている車を見たことはありません。
どれくらいの配布量(使用者数)なのでしょうか。
高山:私にもわかりませんが、最近は補聴器を使用しない代わりに上記のような聴覚障害者用マークをつけることを条件に免許を交付してもらうケースが増えていると聞いています。
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お疲れさまでした。今日は、資料が消えるなどのハプニングがありましたが、実際に歩いて、自分たちの目でバリアを探すなどおもしろかったです。ある人にとっては必要なものも、ある人にとっては障害になりうる。とても難しい問題だなと改めて感じました。
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臨床福祉専門学校内の「バリア」についての授業が興味深かったです。毎日、何気なく過ごしている学校は、「バリア」だらけだという事実に驚くとともに、障害のある人の気持ちになって考える機会を得ることができ、とても有意義でした。」
ただ、バリアフリーの社会を築くことは、容易でないという事実があります。世の中は、健常者が多いため、バリアフリーについて関心がない、設備投資に多額の費用がかかるなど・・・・、課題は山積みです。社会制度や法律を変えるのも、一つの方法です。しかし、それには、とてつもない労力と時間とお金が必要となり、中々スムーズには進みません。私の考えとしては、まず、それぞれの障害について、皆に周知し理解してもらうような働きかけに徹することが重要だと思います。メディアの活動、講演会活動、駅前でのビラ配りなど、地道に訴えていくことです。制度や法律によって、バリアフリー義務化しなければ、バリアフリー社会は築けないという意見もあると思います。しかし、 それでは、本当の意味で障害者を受け容れているとは言えません。地道な広報活動が、法・制度改正へのきっかけにもなってくるはすです。多くの方に、障害を知ってもらうよう努めていくことが必要だと感じました。
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今日の授業は、実際に校内をまわって考えることで聴覚障害者や障害者にとって何が不便なのか具体的に考える良いきっかけになりました。またただ考えるだけでなく、それをきちんと伝えて発信していくことが一番大切なことだと教えられました。
発信することで少しでも改善することがあるならば、考えるだけでなく実際に行動に移せるようにしなくてはならないな、と思いました。
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本日の実習では探してみると元々普通の研修用の施設だけあって穴が多いようだと感じました。これからどうなるかは自分たちしだい…。
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今日は授業があっという間に終わってしまいました。アクセスビリティという言葉とバリアフリーの使い分けについても、曖昧さがはっきりしたように思います。学校内を探索して、障害のある人の目線にたって校内を回ると普段気づけない視点が見つかり、また一人じゃなくグループ全員の目をもって色々チェックしていくと自分以外の観点から考えが入り良かったと思います。
今日の探索を通して気づいたことは、聴覚障害は数ある障害の中のひとつであって、障害のひとつとして社会で生きていくということから困ること、不自由なことがあるのかもしれないと考えました。 学校が来年変わっているかはお楽しみです。今日もありがとうございました。
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本日の講義を受け、改めてバリアフリーについて考えさせられました。普段何気なく使っているものが、バリアとなり使いにくくしているという現状を知り、驚きました。また、使いにくいと思っているものが、人によっては、使いやすい物にしてるのだと知りました。
世の中は、バリアフリーという言葉を使い、使いやすく、また住みやすい街を作っているのだと思いますが、全ての人にと使いやすいものにしていくのには、時間とアイデアが沢山必要なのだということを考えさせられました。
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ありがとうございましたm(__)mそれぞれの立場でのバリアフリーを学びました。
自分にとっていいことが相手にとっていい事とは限らず、また相手にとっていいと思っていたことが、実はそうではなかったということもあります。この溝を埋めるには相手を思いやる想像力が大切だと思いますが、わからない事も多くあります。そのためにも、自分の意志を表現していくことが大切だと思いました。表現し、話し合うなかでお互いの立場を理解したうえでのよりよいものが生まれてくるのだと思います。
先生の言われたとおり、心に秘めず諦めず、声にだすことの大切さを感じます。その時のためだけでなく、同じような立場のあとに続く人達の事を考えれば勇気が持てるかもしれません。また、今が先人達の勇気ある行動の上にあることを忘れてはならないと思いました。
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今日の講義の中で、アクセシビリティー(accessibility)という概念を知りました。また、関連することばにバリアフリー、ユニバーサルデザインなどがでてきて、教室のドアも自動になればユニバーサルデザインかなと思いましたが、あれも何か挟まったら止まるか再び開く機能までないとユニバーサルではないですよね。学内にも、「バリア」が結構ありましたし、あちらを立てるとこちらが立たない、という側面は確かに少なくないと思います。すべてのバリアが無くなるようにデザインするのは、思っていた以上に難しいようです。
関係ないですが、私も含め、周りに「スバリストorボクサーサウンドフリーク」が何人か居ます。まわってるのかどうかわからないエンジンも良いですが、あの独特な音は私も好きです。来週もよろしくお願いします。
高山:いいですね!もっとスバルの良さを広めていきたいですよね!あのサウンドはたまりません。しかし、最近の5代目レガシィにはがっかりですよ。
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学校の中でのバリア探し、とても興味深かったです。誰かのバリアは、誰かにとって便利なことになっていて誰かにとって便利なことは、別の誰かにとってバリアとなっている可能性に、ハッとしました。
高山先生の授業は、いつでもハッとさせられて驚くことが沢山あります。誰にとってもバリアがないほうがすごしやすいです。でも、そのような社会を作るのはなかなかに難しいことで、理想の社会を作るというのは現実味は極めて低いけれど、だからこそ、それを補えるように人と人とが協力をしあうこととか、お互いが寄り添っていく姿勢が必要なのだと思いました。
今日の話を聞いて、以前、バリアフリーではなく、わざわざバリアを沢山取り入れた住みにくい家を作って暮らしているという方の特集をテレビ番組でみたのを思い出しました。自分の体がいろいろなことを忘れないように、いつでも刺激を入れられるようにというようなことでしたが、発想の転換の凄さというか、生きる力とは凄いと感心しました。
お体大切に、無理はなさらないでください。ありがとうございました。
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学校のバリアを探すということで、校内を探索したが、古い建物ということもあってバリアが見られた。しかし、直すといっても大変お金がかかると思うので、なかなかうまくはいかないと思われる。また、当事者としての目線で校内を見てみたが、普段気にしないとこが不便に感じ、相手の立場になって考えるということの大切さが感じられた。
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時間の制約もあり、中途半端な内容だったように感じました。「気がついたことは行動に移さなければ意味がない」という
メッセージは、大切だと思いますが、受講者に届けるために問題解決の企画書を起こすところを体験させるのが良いので
はないかと考えました。考えたものの2週構成にするまでではないし、時間との関係で、組み立てが難しいですね。
高山:時間は有限ですから、すべてをやることは難しいです。しかし、授業で扱うか否かというのはおいといて、体験した上で学生の皆様が問題意識を持って頂いて、自主的に企画書を作成し、学校に提案すると言うことの方が大事なのではないでしょうか。学校を作るのも学生さんですが、中途半端な講義も含め講義を授業を作っていくのも学生さん次第です。
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今日は、グループに分かれて学校内のバリアについて調べてみて、あまり考えたことがなかった過ごしにくさを改めて感じました。施設の古さを考慮しても、もう少しそういう視点を取り入れられなかったのかと感じてしまいます。電車を含めて駅や公共の場所を改めて見渡してみると、より痛感します。より様々な視点から、本当の意味でのバリアフリー、ユニバーサルデザインが広がっていくようにと感じます。 ありがとうございました。次回もよろしくお願い致します。
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学内の「バリア」について今まで考えたことがありませんでした。今日、実際に学内を回ってみて、聴覚障害者に対する「バリア」は、ハード面よりもソフト面にあると感じました。建物内には視覚的情報はかなり多く(エレベーターのフロア表示やランプ、廊下の教室案内表示、時計…)、聴こえない、聴こえにくいという問題があってもそれらを手掛かりにすることができます。しかし、要約筆記やノートテイクなどはなく、手話のできる事務職員もおそらくはいないと思われます。視覚障害・肢体不自由などではハード面のバリアフリーが重要となりますが、聴覚障害者においてはその点が異なるのではないでしょうか。
興味深いネットニュースを読みました。「『障害者』に代わる名称募集」先生はどう思われますか?
私は、「障害者」が適切とは思いませんが、「チャレンジする人」といったものもわざとらしくて好きになれません。
「ハンディキャップ」は理解できる気がしますが…。当事者の方の想いは分かりません。しかし、「個性」や「チャレンジ」には違和感があります。讃美でも睨下でもないフラットなことば、何かあるでしょうか。
高山:私は名前を変えても感じを変えてもなんでもいいのです。当事者にとって社会にとってそちらの方がメリットが多いのでしたら。しかし、大事なことは中身ですよね。名前を変えても現状が変わらなければ意味がありません。アメリカは障害者という言い方が差別用語となりつつあります。それは文化的背景も影響していると思いますが、日本と違ってかなり高い意識によって社会変革が進められているのでしょう。
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今日はバリアを探しに校内を周りながら、一見するとバリアフリーになっているように思えました。しかし、よく探していくと、災害の時の非常ベル、非常口の案内の分かりにくさなど、不便なところはあるものだと感じました。また、講義を受ける際の手話や要約筆記者もいないので、コミュニケーションを取るときなどの大変さを感じました。
ーーーーー
今日は学校のバリアフリーでない環境、物理心因性のあるものを調べ、現実を見ることで沢山あるんだなぁと感じました。建物が古いからかもしれないですがそれでも、これだけ多いとはと思った。特に非常口の扉が本当に重たく、段差が必ずありました。車イスの人は避難できないのではと思ってしまいました。これを打開するには確かに制度、施策を変えなければ根ずかないのだろうなぁ‥と感じました
それによりユニバーサルデザインを押し勧め障害者があたり前に差し支えなく生活できる様にしないといけないのですね。
私も微力かもしれないですが活動に参加しなければいけないなと思いました。また来週もよろしくお願い致します。
先生は愛車のスポーツタイヤを買ったとのことですが車が趣味なのでしょうかー?私は車が好きなので質問させていただきました。
高山:車は好きですよ。レガシィツーリングワゴンGT-Bに乗っています。典型的なスバリストです。笑。それにしてもスポーツタイプのタイヤって金かかりますねー。
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今日の授業で、バリアを探しに校内を歩いたりしてみることで、今まで全く気にしていなかったことに気づくことができました。、何をバリアをとし、どう改善していくべきか考えることは、いずれとても役立つことだと思いました。物理的、環境的、心理的、人材的といったように、細かく様々な障害にとってのバリアを考える視点を持っていられるようにしたいと思いました。
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今日の授業でバリア探索をした際に、バリアというと、つい段差であったり、車椅子を前提にした視点であったり、一目見て障害のある方だとわかるような方を意識して、バリアを探していることに気付きました。以前から先生は、聴覚障害者は気付いてもらえないことが多いとおっしゃっていましたが、今日のバリアを探している自分の視点を考えてみると、改めてわかったような気がします。障害=肢体不自由、視覚障害というふうな考えが、知らない間に自分の中に根付いていたのだと感じました。今日の授業を機に、「聴覚障害」のある方からの視点でいろんなものを意識的に見ていかなければと思いました。
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アフリカや東南アジアでは、補聴器の価格が年収の8~10年分と言うことで、手話による教育が盛んとの話を聞き、その土地にあった教育が根づいて行くのだなと感じました。そういった地域にも、聴覚口話法の療育者は居るのかもしれませんが、『難聴児が生まれてきてもいいように』と、補聴器の準備が出来るくらいの貯 蓄を蓄えて子どもを向いいれる家庭はほとんどないに事柄だと思います。いくら聴覚口話法で療育を進めたいからと言って、10年かけて補聴器を与え聴覚口話法を習得するよりも、手話での療育を考える方が自然の流れです。
また、授業中に普段生活している『学校』を散策するのは、新鮮な授業でした。通い始めて半年以上経つのに、新しい発見もありましたし、何より障害を持った人の立場に立って、学校生活を送って居なかったので、良いきっかけになりました。
アクセシビリティが整い、障害者が過ごしやすい社会は高齢者や子どもにとっても過ごしやすい社会であると同時に、我々健常の成人にとっても過ごしやすい社会だと思います。
過ごしやすい社会に変えていくっと言ったトコロで、何をすればいいのか分かりませんでした。しかし署名や募金などの手法を知り、否定から入ることをやめようと思いました。まず、自分自身で出来ることはないかを探し、必要に応じて署名や募金を通して、少しずつでも、過ごしやすい社会が地がづけば良いと思います。 今日はありがとうございました。
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本日も授業お疲れ様です。学校内には様々な改善すべき点がございました。学校側へ提案として提出することには賛成ですが、予算がないとのことばをよく耳にすることも事実であります。行動しなければ始まらない、続けなければ変わらない。
そんな気はするのですが・・・。次の授業も楽しみにしております。
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昨日は学校内を見て回り、改めてこの学校の古さ、中途半端な校舎の利用を感じました。詳しいシステムはわかりませんが、建物全部が学校のものではないからか、他の団体も大勢出入りし、一体感とか温かさがありません。福祉の学校なのに、バリアフリーもほとんど感じないです。心使いというか。そういう私自身もどこをどうすればいいのか、なかなかわからなかったのですが。まだまだ勉強することはたくさんあると感じました。
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学校のバリア調査では、多くのバリアが存在すると感じました。非常口に行くのに段差があったり、非常扉が重かったり、全ての人にとってバリアになると思いました。
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バリア問題についてはなかなか先に進まない難しい問題ですね。全ての障害にやさしいというのはどう考えても無理。最大公約数のトコロでおとしどころを見つける…なんでしょうが、鼻息が荒い(利益追求の点に於いて)新進気鋭の企業にその気概がないところを見てしまったとき、非常に悲しい気持ちになってしまいます。
近年中~大都市の街角でよく見掛ける『××食堂(××にはその街の名前が入る)』、ここはどこの店にも多目的トイレがない。
あれだけどこの街でも見掛けるようになったのに、「障害者は来るな!」とでも言いたいのか?
1000円カットの『QBハウス』、数年前車椅子の母親を連れて行ったら「出来ません」
…こんな企業がJプロサッカーチーム『JEF市原千葉』のスポンサーになっている。JEFは今回J2落ちをしたようだが、QBなんかタニマチにしてっからだよ!なんて心の中で呟いてしまう。
その上そんなQBに「既存の床屋のイメージをぶち壊し手軽な理容を提供した」とかで“経済産業省”が“経済大賞”だかで表彰をしている。ご丁寧に各店額縁入りで飾っている。経済産業省が、というかコの国が“J2落ち”しないか心配である。
高山先生の方が、いっぱいイヤな気持ちを味わわされてきたのではありませんか?
高山:私は割り切りが早いほうですし、楽天家ですから逆に「障害の「し」もわからないような人ってかわいそうだな。この人が聞こえるってかわいそうだな」と思う方です。興味深い感想をありがとうございます。国は何も見ていませんね。
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今までバリアフリーは良いことと思っていて、悪い側面には気が付きませんでした。でも悪いからといってなくしてしまうわけにはいかないものばかりで、なかなかうまく行かないものだと思いました。それぞれにとって必要なものは尊重してゆずりあっていくしかないのだろうと思いました。
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今回は、校内の中で障害者にとって使いにくい場所と対策について、実際にグループで校内を回って探してみました。私たちのグループは、いっぱいありそうなので聴覚障害に絞って探索し、防災の際、知らせるためのパトライトの設置、死角をなくすためのカーブミラー設置、エレベーターの文字ガイド設置、講堂での聴覚障害者用のモニターの設置をあげました。
誰でも使える場であればいいのですが、中々そうもいきませんね。予算との兼ね合いがあるようですので。でも学校は特に、バリアフリーで、ユニバーサルデザインを施した場所でなければいけないと思います。
先生が雨でぬれた点字ブロックでスリップした話をしていましたが、自分の故郷ではこれからの季節そんなことが日常茶飯事になります。雪で点字ブロックが完全に埋まってしまいますといいのですが、中途半端に顔を出すと隙間に雪が圧雪状態になり非常に滑りやすくなります。足元に十分な配慮をしないといけなくなります。私も何度か滑って転倒したことがあります。
雪の季節では、色々と障害を持った方々は生活に不便な面が出てくるので大変です。雪で車の音が消されたり、雪片づけで普段歩くところに雪がうず高く盛られるところもありますので、普段と地形が変わってしまうこともあります。都市より高齢化が進んでいる地方都市に住むものとして、雪が降ってもバリアフリーな街づくりは非常に難しいものです。今のところ、歩道にロードヒーティングを設置して溶かしてはいますが、一部だけなのでこれからだと考えています。この季節に、先生が私の故郷への訪問の際は、足元に十分ご注意ください。革靴は危険なので、ゴム長靴や滑り止めのついた靴を使用してください。

筒井先生への質問
私は地方の出身で資格を取得すれば地元に帰ってSTをしたいと考えています。そこで、地方色豊かなSTでありたいと思うのですが、先生にとって地域の特性を生かしたSTとはどのようなものであるとお考えでしょうか。
また、地域格差は障害者支援の面でも現れているのでしょうか。

高山:ご忠告をありがとうございます。転倒って怖いですよね。質問、筒井先生に伝えておきます。
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バリアフリーについて、様々な点に気づかされました。学校の中もたくさんの障害物が潜んでいて、私が普段何気なく通り過ぎているところも、ある人にとったら、危ない、注意を要するものだ、と言うことですね。
また、自分が快適に歩ける場所は、誰かが歩きやすいように環境を整えてくれているのかもしれません。目から鱗だったのは、視覚障害者の為の点字ブロックが車いす使用者には危険なものになりうること。ある障がいをもつ人の為に設けることが誰にとっても快適なものではないのですね。しかし、そうだと、全ての人が快適な世の中になることはないのかもしれません。転換すれば、生きる環境にちょっとした障害がある方が私たちはたくましくなっていいかもしれませんね!
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今回はバリアがテーマということで、学校内のバリアを探索しました。
学校を一通り回ってみましたが、意外と学校の中で行った事がない所があり驚きました。
「こんな所に階段が!?」など色々発見がありました。
バリアという部分では、さすがに東京都所有の建物というだけあり、一通りのバリアフリー構造はしてありましたが予算の都合からかエレベーターが2二基しか動いてなかったり、昔の建物だけあって柱が突き出し見通しが悪かったりと、探せば色々とあるものだな。と思いました。
また、バリアフリーといっても主に肢体不自由、視覚障害の方を対象としたものが多く、聴覚障害についてはあまり考慮されていないのでは?という印象を受けました。
見えやすい障害と目に見えない障害の違いはここまで多いのだろう。と感じ、STを目指さなければ果たして自分はどうだっただろうか?などと過去の自分を見返し反省しました。

最後に先生が言った「学校に言って下さい。学校が変えられなければ、これから先貴方達は何も変えられない。」という一言に環境を変えることの難しさを見た気がしました。

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臨床福祉専門学校講義備忘録(2009年12月2日)


2009
12.04

臨床福祉専門学校「聴覚障害学演習I」受講生以外の関係のない方、興味のない方は、このページをスルーして頂いて結構です。申し訳ありません。

今週は特にA組は、休みの方が多かったですね。健康を害してまで無理して出席することはありませんが、健康にはお気を付けてください。常に手洗いです(たまにさぼってしまいますが。)。

12月16日は筒井先生にゲストスピーカーをお願いしました。筒井先生は、東京都心身障害者福祉センターで聴覚言語障害者の指導訓練等を37年間、また老人医療センター(現在の長寿センター)で、主として嚥下障害と高次能機能障害の訓練に1年間携わってこられた方です。つまり、小児から高齢まで聴覚言語障害者を対象に、しかも聴覚と言語障害に関わっておられた言語聴覚士です。定年退職後の現在も地域の相談員や精神障害を持つ聴覚障害者のグループの支援など活躍されています。何か、質問がある場合にはメールをください。筒井先生にお伝えしておきます。

高山亨太

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・今週の目標

各種法律について知る(主にプリントや教科書を読んでおいてください)。

法制定に影響を与えるソーシャルアクションをバリアフリー調査を通じて経験してみる。

・アクセシビリティ

アクセシビリティとは、障害のあるないに関わらずすべての人にとって、サービスや物などがどれほど使いやすいのか、といったことを表す指標となります。それに対して、比較的似た意味を持つ言葉として、バリアフリーやユニバーサルデザインなどといった言葉があります。それらの意味の違いは述べられるようにしておいてください。バリアフリーはすでにあるものや事象を人びとが使いやすいようにバリアを除いていくという考え方であり、ユニバーサルデザインとは、あくまでも創造、制作段階からすべての人にとって使いやすいものやサービスを作っていくという考え方となります。

今回、皆さんの学校の中を探検しながら、バリアについて考えて頂きました。普段気がつかないことも、意識してみると意外にバリアがある物だと思います。バリアをなくすには予算などクリアしなければならないことはたくさんあると思いますが、まず一番大事なことは人びとやそこで働く人びとの心のバリアフリーであることは忘れないでください。小さなこと、できるところから変えていけばいいのです。障害者の運動もできるところから変えていき、長年の積み重ねでいろいろと社会変革をしていき、また制度化につなげてきたものです。

・国連の権利宣言や障害者権利条約

国内での取り組みを法律などに反映させることだけではなく、日本が法律を制定したり、サービスの方針を決めていくときに国際的な動向は大きな影響を与えているものです。特に障害者権利条約については概要ぐらいは理解しておいてください。

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臨床福祉専門学校講義感想・質問(2009年11月25日)


2009
12.04

今日先生がおっしゃっていた『思いこみや信条ではなく、科学的観点から論説する』という言葉はこれから臨床に出ていく私たちにとってとても大切な言葉だったのではないか、と思います。これから、専門家としてのしっかりとした意見を求められた際、根拠を明確とした意見を伝えて行ければと強く感じました。

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お疲れさまでした。体調はばっちりですか??

くるまのディスカッションでは色々意見が出て面白かったです。

なんであんなにマックのコーヒー券をもっていたのかが一番不思議でした(笑)

聴覚口話、日本語対応手話、日本手話など、教育の方針が沢山あり、選択する側としても、簡単には決められないことなので、しっかりとしたエビデンスで、メリット、デメリットを説明できるようになりたいと思いました。

高山:なんでマックの無料券を持っているのか。。。。内緒です。笑。

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本日の授業有難うございました。今回は、手話、聴覚口話法、トータルコミュニケーション、についてそれぞれメリット、必要性を考えました。

私は、聴覚口話法をすすめます。聴覚口話法であれば、多くの人とコミュニケーションがとれ、言語面の臨界期を考慮すると、試みる必要性があると感じます。成長する過程で手話が必要になれば、そこで習得すればよいので、まずは聴覚口話法だと思います。

高山:それは発声面で聴覚口話をすすめているのでしょうか?言葉の数など言語発達面で聴覚口話をすすめているのでしょうか?

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今日の講義の中で久しぶりにディベートをやったので、中々意見を出すことが出来ませんした。すぐに意見をまとめて出すことの難しさを改めて感じました。

個人的には、トータルコミュニケーション方が良いと思います。やはり、幅が広がるし、表現も豊かなので、健聴者に伝わりやすいと思います。

また、日本の聾学校の少なささには何か対策はないのかなと考えさせられます。ただ、普通学校の中で健聴児と関わりながら学ぶ方が良いと思うので、そういう設備が整っているのなら話は別だと思いますが、どうなのでしょうか?

やはりアメリカと比べるとまだまだ遅れてる感じはしますが、充実してサービスが受けられるならいいと思います。

高山:普通の子どもと関わりながら学校に通う方が適する子どももいます。しかし、そうではなく手話などによるコミュニケーション保障の元にろう学校に通う方が適している子どもがいることも事実です。ろう学校にいても、定期的に普通の学校の子どもと交流する方法もあります。

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・Evidence-based Pracitceについて

他の授業でもこれについて気になっていたので、先生に質問させてください。教育方法には常にそれなりの根拠があることは大事だと思います。しかし、”evidence-based”というときの根拠は専らデータや統計の意味で用いられていて、その意味での”evidence-based”の概念が教育や福祉の領域で適用されることに対して不安を抱きます。そもそもデータや統計を取りやすい事柄と取りづらい事柄があるのにそれらをデータでの成績で比較して、”evidence”が明確にできるものが優先されていく仕組みは少数の人にとって必要なことや効果が生まれるのに長期間かかることへの人材とお金の投資を妨げ、偏った発展に導いてしまうかもしれないと考えるからです。

このようなことを避けるために先生は実際に”Evidence-based Pracitice”をすすめていらっしゃるのでしょうか?

高山:Evidenceがすべてとは言いません。学問や理論はEvidenceの積み重ねでもあります。Evidenceを踏まえながら、個々人に合わせて支援することが専門職に求められる技量ではないでしょうか。様々なデータや資料から判断するのはあなたです。誤解内容に申しておきますが、EBPは、何もデータだけではありません。事例研究だって立派なEvidenceです。

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今日は、聴覚障害を持つ人が言葉を学ぶ上での当たり前の疑問や、多義語や擬音語などを理解するのが難しいことに、改めてなるほどと納得しました。

しかし、よくよくその語について考えると、自分でも人に説明できるようなものが少なく、聴覚障害ゆえにわかりにくいということが、なかなか理解しにくいと感じました。

先生体調はもう大丈夫ですか?ひさしぶりの授業たのしかったです。またよろしくお願いします。

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ディベートは大変難しいと思いました。

そして話し合うということは、相手の情報を理解し、その上で議論するので、議論する前に様々な情報を知っておくことが重要だと考えました。

まとめ

恣意性 必然的な結びつきがないこと

有契性 その言葉が何かの語源に基づき、それがその言葉から読み取れるという必然性に基づいた言葉

代表性 カテゴリや概念のこと

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体調を崩された後の授業、お疲れのことと思います。今日も授業をありがとうございました。

4つ車輪がついていて走るものを「くるま」と言うことをどのように説明すればいいのかを考えるグループディスカッションが印象的でした。

言葉の特徴としての恣意性が口話のデメリットであり、有契性が手話のメリットでもありデメリットでもあることがよく分かりました。

言葉を伸ばしていくということは考える力を伸ばすことであり、それに多少でも携わる言語聴覚士は言葉だけにとらわれず広い視野を持って臨まなければならないと改めて感じました。

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本日も講義お疲れさまです。本日の講義内容とは少しずれるかも知れませんが・・・。 先日11月21日の「人工内耳の日シンポジウム」にて、小児リハビリテーションおける「オーディトリー・バーバル教育のアプローチ」についての講演をお聞きする機会がありました。

「オーディトリー・バーバル」とは、聴覚口話ではなく、聴能と母子の対話であり、聞こえが言語活動の一部であるような、聴くことが人格の一部であるような教育であるとお聞きいたしました。

手話をメインに教育を受けた子どもは、聴覚野ではなく視覚野であり、聴こえはつくるものであるという意識を持って子どもの能力を引き出すとお聞きいたしました。

オーディトリー・バーバル教育について、ご存知であれば、先生のご意見も、是非、お聞きしたいと考えております。お忙しいのに、漠然とした内容で申し訳ございません。 次回の授業も楽しみにしております。

高山:私自身は聴覚活用による療育に反対しているということもありませんし、子どもにとってそれが一番最適で、親がそれを望むならば良いと思います。ただ、いくらうまくいったとしても聴覚障害児であることには変わらないということをわすれてはいけません。

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ろう学校のSTとして…のグループワークでの、手話か聴覚口話法かの選択は難しかったです。別の講義で、人工内耳を装用した後に手話でのコミュニケーションを選択した例や、聴覚口話法のみで普通校に行き自立した例を見せて頂きました。コミュニケーション方法が180度違う例を見せられると、どれが正しいのか悩んでしまいます。

選ぶのは本人であり、養育者です。その後の後悔に繋がらないような対応が出来ればいいのでしょうか?

高山:答えなんてありません。親や当事者の苦悩に付き添いながら、その時点で最適の方法を考え、歩んでいくことだと思います。

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ひとえに聾教育と言っても、その方法は様々あり、その中から教育方法を選択していくことの難しさを感じた。時代や文化により変化する長所や短所を、自ら選択しなければならない養育者の苦悩は計り知れず、STとして、各コミュニケーション方法を十分理解しなければならないという思いが募りました。

バイリンガル教育とトータルコミュニケーション法の違いを理解出来ませんでした。詳しく説明していただければ幸いです。

高山:バイリンガルはあくまでも発声や聴覚活用を必ずしも求めません。手話を第一言語として捉え、第2言語として書記言語として日本語を習得させる方法です。トータルコミュニケーション法はあくまでも声も使い、手話も使う方法です。

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今日は授業の頭にディベートを行いました。ある立場に立って立論(?)を行うというのが久しぶりで、わくわくしました。反論を提示した後も、もう少し時間があれば意見をより深めていけたのではないかと思いました。

しかし実際に手話や聴覚口話について意見を述べる際に、実際にそれらの技能に習熟していたり、手話や口話法を使って生きる境遇に身をおいていたら、教科書的な意見とは違った角度からも考えられたのではないかとも思い、多少の歯がゆさも感じました。そのように体験から生まれてくる実感のようなものを求める意味合いで、現場で患者さんと接することができる実習に対する期待(と不安)が高まってきているのですが、まずは着実に知識を頭に入れなければ、と今後襟を正して学習に臨みたいと思います。

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導入のディベートでは、学校勤務のSTとしての立場は新しい設定で勉強になりました。また、STとしてはデータと根拠EBPを重点に置くことの大切さも学ぶことができ良かったです。また、 日本の現状も知ることができそれぞれ独自の考え方を大切にしているのだと思いましたし歴史があるのだと感じました。先日、人工内耳のシンポジウムが学校で開催され、そこで、声援隊代表の方の講演でも、聴覚活用を訴えていました。また、人工内耳装用者の方にもお会いでき勉強させて頂きました。

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ろう教育をどのようか方法で行うかについてのディベートをしてみて、自分の知識の無さを改めて知りました。手話、聴覚口話、トータルコミュニケーション、それぞれがどのようなものかはわかっていても、意見を述べる時には根拠を提示しなければならない。なんとなくわかっているだけでは、知識とは言えないのだということを痛感しました。自分では気付けないような視点からの意見を聞くことができて、勉強になりました。

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今日はディベートをしましたが、普段なかなか意見を言い合ったり、お互いの考えなどを語り合う場がないので、戸惑いがありました。また慣れていないということもあったと思います。なので今日はディベートという形にはなってなかったですが、各テーマの意見を聞くことができてよかった。また疑問に思う点を指摘されることによって自分だけでは気づかない視点で、短時間でしたが、深く考えていくことができたのではと思います。

また幼児が言語を習得していく上で、母親法にもあったように、母親の語りかけや自然に耳にはいる言葉や音が基盤にあることはそれだけですごいことだと思います。難聴のお子さんはその自然に入っていく音自体が、足らないために様々な手段をとって聴覚活用または聴覚以外を使って言語を入力していかなければ、言語学習は遅れてしまうので、音韻論的・意味論的・語用論的な言語発達を少しでも伸ばしていけるように、私たちは将来働きかけていかなければなりません。

今勉強していることも、未来の相対する子ども達、クライエントさんのためであるということを忘れずに、そのためにディベートなどでもディスカッションできる自分なりの意見を持っていきたいと思います。本日もありがとうございました。

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子どもの言語(手話か、聴覚口話か…)の選択は難しい問題だと思います。それぞれにメリット・デメリットがあり、また学校や指導者によって考え方も様々だからです。私自身は、「音を聴く」経験はとても大切であると考えています。もし私がSTとして療育に関与するなら、聴覚をフルに活用して、耳を使うことを勧めると思います。もちろん、手話を併用してもかまいません。ただ単純に、自分の引き出し、切り札を増やすことができるのならば増やしておくほうがよいと考えてのことです。本来であれば、本人が選択すべきと思います。しかし、小児においては本人が選択できるようになるまでは時間が掛かり(先天性の難聴だとして)、その間にもどんどん成長していってしまいます。その意味で、保護者とSTの責任は大きいと思います。少し大きくなったときに自分の言語を自分で選択できるように、周囲は様々なコミュニケーション方法を呈示してあげられたらよいのではないでしょうか。日本語が習得されていれば、日本語対応手話を後から習得することは容易だと言います。人工内耳が万能であるとも思いませんが、「音を聴く」経験においては有効だと思います。

質問:手話の写像性が手話のデメリットであるという点がよく分かりませんでした。手話は一語でカテゴリーそのもの(上位概念)を表すから、ということでしょうか?「犬」という手話があってもその下位概念である「秋田犬、柴犬、チワワ…」という語はないという意味だったのでしょうか??

高山:手話で犬や秋田犬など表すことは可能です。しかし、「いぬ」と表すには指文字を用意なければなりません。また、「INU」とそれぞれの音素を指文字で表すことは不可能ということです。

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今日一番印象に残ったのはキュードサインでした。発音の仕方をしめす工夫された方法だなと思いました。ですが、先生が「なにをやっているかよくわからないし、つまらなかった」とおっしゃっていたのを聞いて、なにをするにも生活のなかにあるものだったり、目的が明確であったほうが良いのだと思いました。STが患者さんを相手にするときでも、身近なものに通じることで、そしてなにより興味をもってもらい、楽しいことが大切なんだと思いました。

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今日は日本とアメリカのろう学校の違いを改めて学びました。ろう教育を聴覚法、聴覚口話法、手話、バイリンガルと、どのような形で行うか、各学校が特色を明確に出すことが、保護者が子どもの教育を考える上で参考にしやすいと分かりました。どのようなコミュニケーション方法がその子どもにとって一番良いのか、大変難しい問題だと感じました。

耳の聞こえにくい子どもに対して、「くるま」という言葉を教える難しさも分かりました。このなぜ「くるま」は「くるま」というのかという問いは健聴の子も持つ疑問ではないかとも思いました。その時にただ単純にこれは「くるま」というのだから覚えなさい、ではなく、一緒に考え、調べることも有効なのではないかと思いました。そして、手話で「くるま」という表現があるように、口話では「くるま」という表現によって、コミュニケーションを取っていると教えることが良いのではと思いました。

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今回のディベートで、それぞれの立場からの意見がきけ、難しく感じましたが参考になりました。データを基に、メリットだけではなくデメリットを含めて説明していく必要があると感じました。

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今日の授業で、聴こえない子どもになぜ「くるま」というのか聞かれたら何と説明するのか考えた時、言葉や概念の難しさをとても感じました。私たちが、何も疑問に思わず使っている言葉や語彙のひとつひとつが、幼い子どもや聴こえない子どもにとっては、意味の分からないものでしかなく、それを子どもが納得できるよう、さらにその言葉が身に付け、日常で般化できるよう伝えるにはどうすべきか、すぐに答えが出ずもどかしい気持ちになりました。

そして、恣意性が口話のデメリットとなり、有契性が手話のデメリットとなるというのはとても納得でき、だからこそ、どちらが良いとは言えないし、言葉や概念を説明する場合にも、その子が普段、どのようなコミュニケーション手段なのか、どのような位置から言葉を見ているのかを理解しておく必要があると思いました。また、どのような場合においても、子どもも目線、視点を理解し、同じ位置から説明していく姿勢が大切だと思いました。

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本日も貴重な講義をいただき誠にありがとうございました。クラスの人たちと先生の体調を心配しておりましたがお顔色が良いように見受けられ安心いたしました。そして今日は心なしか先生が楽しそうなご様子に見受けられ講義を伺っていて、こちらも楽しい気持ちになりました。

さて、今日の『言葉』についての講義についてSTを志すものとして大変興味深く、考えながら伺いました。 小児の療育において、ただ言葉(単語・文法)だけを教えるのではなく言葉の特徴を生かし、言葉がはぐくまれた時、思考も伸びる。子どもは自分で思考を伸ばすなかで豊かな世界で自分を広げられる。例えば・・・今いるところは、今ここだとしても、本を読んで海の向こうの国に思いを馳せたり行く事はないかもしれない、宇宙や架空の空間への飛躍も可能です。

子どもが言葉を使って、豊かな自分の世界を広げられる微力ながらお手伝いができるようになれればと感じました。本日も貴重な講義を誠にありがとうございます。

高山:ご心配ありがとうございました。おかげさまで体調は回復しつつあります。皆さんも気をつけてくださいネ。

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ありがとうございました。「言葉」を伝えて行くということを、あらためて考える機会になりました。機械的な言葉ではなく「生きた言葉」を伝えられる様になりたいと思っています。自分自身に照らし合わせて考えると、私自身も自分の語彙力のなさに落胆することが多々あります。伝えたい事を伝わる言葉として的確に表現する力を身につけたいと思います。それと同時に言葉を使って書いたりすることで自分の考えが深まったりまとまったりすることもあります。会話を通して考えが深まったり自分の気持ちが整理できることもあります。本や人の話を通して深められる事も多いです。今も書きながら言葉のもつ力に気付かされました。手段や方法にこだわらずに、目の前の子供が生き生きと自分の力を発揮できるようなかかわりを求めていきたいとおもいます。9歳の壁への取組みについても考えていましたが、たくさんの経験を重ねながら、乗り越える力は子供自身が獲得していくものなのかもしれないと感じ始めています。我々は、そのための基礎的な力を身につけるために、そのこどもを、まるごと、全体像をみて総合的な視点で関わって行くことが大切だと思います。言葉のうしろにある沢山の背景を大切にした関わりが出来るように切磋琢磨していきたいと思います。

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今日は、手話や人工内耳・聴覚口話法チームに分かれディベートを行いました。自分たちで、人工内耳・聴覚口話法の利点について話し合ったり、他のチームと意見交換を交わすことで、それぞれのメリット・デメリットや、適応対象者についても整理して考えることができました。講義では、言葉の特徴として「恣意性」、「有契性」・・(その他省略)があること、また、音韻論、形態論、意味論、語用論など、普段なにげなく使用してる言葉がこんなにも奥深いこということに気づきました。こんな複雑な言語ですが、聴覚に障害をもつ場合には音と物体の意味が結びつけにくく概念化しにくいことがわかりました。聴覚に障害を持つ子ども達の語彙数が増えていかない理由はここにあるのだということが理解できました。

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今日も講義ありがとうございました。今日の授業で、口話の恣意性と手話の有契性の導入がグループ内で色々と考えられ、興味深かったです。今度はB組でディベートやってみたいです!

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本日も授業ありがとうございました。今日の授業で私は恣意性について色々と考えさせられました。そして、言葉では説明出来ないこともあること。言葉はイメージでもあると気づかされました。マクドナルドのコーヒー券ありがとうございました。早速、帰りに頂きましたー

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今日もありがとうございました。本日、先生がEvidense Based Practise(EBP)のお話をなさっていて、とても嬉しくなりました。私も、対人援助の実践のうえで、EBPは本当に重要な考え方だと思っています。EBPは思考の枠組みです。「根拠に基づいて思考する」ことであり、対人援助を展開するうえで重要な手法です。以前、福祉の現場にいた時に、職員や当事者やそのご家族など、立場や考え方の違う人と話をする機会がありました。立場の違う人と話す時、意見の根拠を持っていることで、話し合いの前提となる共通認識を育てることができたように思います。また、自分の考えの確からしさについても、根拠に立ち返って考え直すことで、精度を上げていくことができると思います。対人援助職としての基礎を造るという意味で、またこのようなお話を聴かせて頂けると嬉しいです。次回も楽しみにしています。お体、どうぞお大事になさってくださいませ。

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なんだかディベートがまとまりなくぐだぐだになってしまったのが残念でした。発表の授業はあっても、討論する機会はあまりないので、これからも授業に取り入れてほしいと思いました。手話は言語であるとよく言われますが、人間の言語の最大の特徴(発明)だと思われる二重分節性がないのに、どうして言語と言えるのかなと疑問に思いました。あと、パワーポイントの字が小さくて、プリントにするととても見づらくなってしまうので、もうちょっと大きくしていただけるとありがたいです。

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ろう教育において、手話・口話法をどちらも取り入れることが必要と感じた。聴覚を使い口話法で育てるということは、ろう学校を出て社会に出て行く事を考えた時に有効である。また、聴覚を活用することで世界も広がると思う。それ加えて手話を後々習得していくことで、口話のみでは伝わりにくいことも併用することで伝わりやすくなるのではないかと思った。

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お話ありがとうございました。学習したことが、完璧に消化しきれていないと、客観的かつ科学的な観点からの論説は難しいですね。伝えたいことがしっかりと伝わらなければ、STとして失格だと思うので、日頃から根拠をもった会話などもこころがけようと思っています。

質問なのですが。

ことばの「有契性」について詳しく教えていただけますか?よろしくお願い致します。では失礼します。

高山:写像性とは見てすぐにわかるように説明でき。かつ一瞬で表出できる。これは音声では難しいですよね。手話だからこそ、できる。赤は赤(唇をさして赤)。青は青(ひげをさして青)。という風なことです。

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今回の授業の中でディベートを行いましたが、ろう教育において、手話法、聴覚口話法のそれぞれにおいてどのような必要性、メリットがあるのかということを言語聴覚士の立場から考える良い機会になりました。聴覚障害児の言語獲得において、具体的な言葉は獲得しやすいが、抽象的な言葉は獲得されにくいということでした。抽象的な言葉の獲得において、その言葉と概念を正しく獲得することは簡単なことではないと思いました。

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今日も授業をありがとうございました。今日は、ろう学校についてのディベートが興味深かったです。ただ、ディベートはゲームなので、せっかくならルールなど詳しく示していただいて、みんなで納得して勝ち負けを競って白熱した方が面白かった気がします。日頃から、臨床家として言葉まわしには気を付けるよう言われているので、なんだかみなさん遠慮がちな中途半端で婉曲な発言が多く、ちょっと消化不良な感じになってしまったような気がしました。また違うテーマでもやってみたいです。様々な見方をするのにいいと思いました。

その他、興味があったのは、母親法のことです。私は今まで母親法は本当に素晴らしいと思っていました。母親が精神的に追いつめられるケースも多いということを初めて知り、少しショックでした。

また、質問ですが、保育園や放課後クラブみたいな形の中で母親法を、なんだかの施設で行ったりすることはできないものなのでしょうか。あるいは特別なベビーシッターのようなことなど。アメリカではそういうことはされていますか?

母親法が良くても、今は母親が働いている場合も多く、また、こうしたことにも向き不向きもあるように思え、なかなか現実的に難しいように思います。

でも、各家庭の事情によって、ある子は十分聴覚活用がなされ、ある子はあまり聴覚活用できないというのでは、あまりに不公平だと思っていました。先日の人工内耳の講演会でもオーディオバーバルの実践例の話を聞いて同じことを思いました。

高山:うーん。アメリカでもなかなかないですよね。

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STを目指すにあたり、聴覚補障の手段について正確で深い知識が必要なのだと改めて思いました。どの手段であろうとやってみないとわからないことも多いと思います。せめて納得して選択してもらえるように、そして、どれを選択しようとも必ず心理面のケアができる環境づくりが大切なのではないかと思いました。

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【授業の感想】

本日も授業ありがとうございました!今日の授業は、正直不完全燃焼でした。その理由は、前半のディベートがただの「意見交換会」に終始したからです。授業の最初に「ディベート」についてガイダンスを行い、クラス全員が共通認識を持った上で議論出来ればよかったと思います。本来のディベートというものは、自分の立場を主張し、相手を論破し、勝ち負けをつける一種のゲームです。しかし、今日のディベートは各グループが意見を発表し合っただけでした。加えて、質疑応答の時間では質問を投げかけただけで反論することなく、次の席のグループがまた質問を投げかける…という非常に中途半端なものでした。これを「ディベート」と呼ぶには、真剣にディベートに取り組んでいる人たちに失礼だと思います。特に、質疑応答では席順通りにマイクを回すのではく、質問をされたチームが反論する機会があれば、さらに有意義な時間になったと思いますので、今日の授業展開は非常に残念でした。来週もよろしくお願いいたします。

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ろう教育と言語発達の授業を受けて、1番おもしろかったのは、「くるま」のディベ‐トでした。これにより、恣意性と有契性のメリットとデメリットがよく理解できました。

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こんばんは。今日の授業ありがとうございました。本当に久しぶりに先生にお会いできました。やはり先生の授業は引き込まれます。刺激になります。前回子供が熱を出し欠席したため、レポートの提出が遅くなってすみませんでした。質問ですが、言葉の特徴の有契性が手話のデメリットというのはどういう意味だったのでしょうか?あと先生が難聴の乳幼児に言語を教えるとしたら、親御さんの考えもあるでしょうが、具体的にどう指導して行くのがいいと思いますか?なるべく母子のストレスにならないように、でも私は聴覚口話法をしっかりマスターさせてあげたいと思うのですが。

高山:体験を通じて、それぞれの事象を言葉と関連させて教えてあげることが大事なことだと思っています。

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本日もお疲れ様でした。体調がまだ完全ではないようにお見受けしました。ご自愛ください。

前半のディベートで、私は聴覚口話と人工内耳の使用を推進する立場、ということになったのですが、なかなかうまく意見がまとめられませんでした。今のところ、可能性があるならできるだけ「音」を感じられる環境が良いのではないか、というのが個人的な考えです。理想は手話も使えることかもしれませんが、聴覚口話法だけでもその習得は生易しいことではないということもききます。バイリンガル、トータルコミュニケーションの方針をとる学校もあるようですが、現実に同時進行で習得していかれる方はどのくらいおられるのでしょうね。

また、後半のスライドで、「言語獲得に役立ったこと」の内容が大変参考になりました。あれは多い答えから順になっているのでしょうか。

高山:順不同ですよ。多いか少ないかという問題ではないと思うんですね。

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今日は、科学的な根拠に基づいた相談者への説明について考えさせられました。相手が何を必要としているのか、何がその方にとってベストな選択なのかを長いスパンで見通し、分かりやすく説明できる技術をこれから身につけていかなければと感じました。

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本日の授業の中で行われたグループワークがとても印象的でした。様々なコミュニケーション方法のメリット・デメリットを客観的に捉えることができました。

私は、今回、「トータルコミュニケーション」グループで話し合いをしました。トータルコミュニケーションのメリットとして、

①ろう文化と健聴者とのつながりを深めることができる。

②難聴児の人生の選択肢を増やす際に有効である。

という意見が上がり、発表をしました。ディベートの際、聴覚口話法グループから「トータルコミュニケーションでは、コミュニケーションがどっちつかずではないか」という意見を頂き、とても参考になりました。

コミュニケーション方法を選択するのは家族で、各コミュニケーション方法の詳細な情報を伝えるのは、言語聴覚士の仕事になります。今日のことを踏まえ、改めて各コミュニケーション法について、深く掘り下げて考えてみたいと思います。そして、自分なりにまとめてみたいと思いました。

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本日はありがとうございました!先生、元気になって良かったです!

今日のグループディスカッションは、うまくカタチに成らずじまいでした。

口話はクルクル回るからくるまだよって教えて上げる。手話は双眼鏡のように作って、それをタイヤに見立てる。です。先生の甘い誘いはまだかなぁ~(Тωヽ)

コーヒーありがとうございました!

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科学的に論じるということについて科学的ってなんだ?というのが最初の正直な気持ちでした。しかし、なるほど、根拠やデータから考えることなんだとわかりました。

科学的に論じるということを通して思ったことは、STとして発言するときは、冷静に、頭の中できちんと考えて科学的な根拠に基づき発言しないといけないということです。

私としての意見と、STとしての意見の両方を持ち、患者さんには感情ではなくきちんとした根拠にもとづいたコメントをしなければならないと改めて思いました。それぐらいSTとしての発言の責任の重さを考えました。

質問

以前もうかがったようにも思うのですが、聴覚法がわからなくなってしまいました。聴覚口話法とはどのように違うのでしょうか。

また、言葉の特徴として「恣意性」と「有契性」についてですが、なぜ恣意性が口話法のデメリットで、なぜ有契性(写像性)が手話法のデメリットなのか

イマイチわからなかったので、説明を再度お願いいたします。

高山:言葉の部分については他のところでも回答しましたので参考にしてください。聴覚法はあくまでも聴覚を活用することに念頭をおいています。聴覚口話法はあくまでも読話の技術も身につけさせることが重要になります。

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ろう教育と言語発達

前段で、先生の聴覚口話での経験からキュードスピーチの話への展開では、キュードスピーチについて解説いただけることを期待して少しはずれてしまいました。言語学で習ったことについて、異なる角度から説明いただいたことでSTとしての活かし方を理解できたように思います。

高山:キュードスピーチはあくまでも聴覚口話法の補助的手段として開発された教育方法です。

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初めの導入おいて、手話法、聴覚口話法、人工内耳、トータルコミュニケーションの、メリットをいう授業はとても無意味に思えた。

自分がSTになったとしても、メリットだけを歌い、無責任に押し進めたり、これが素晴らしいものなのだと言ったりはしないだろう。そもそも、これら自体にメリットなど存在するのだろうか?あくまで選択肢にしかすぎず、メリットなど存在しないだろう。その人の歩む人生にメリットとなるものがあるとは考え難い。確かに情報は正確に伝える必要があるとは考える。けれども、何の根拠もないメリットを科学的に論説すること自体、科学とは逸脱しているとしか思えない。

数字やデータ、症例を学説を羅列して何の意味があるのだろうか?あくまで両親に判断材料となる情報を提供することしか自分には出来ないだろう。

高山:それはもっともなことです。しかし、メリットを知ると言うことはデメリットを知ると言うことにもつながります。科学的に知ると言うことはそれぞれの理論(方法論)を知ることにもつながり、両親への適切な情報提供が可能になることであり、何も症例やデータを羅列することが科学的なことではありません。それはあなたがEvidence Based Practiceを正しく理解していないということもあるのかもしれません。聴覚障害学はあくまでも科学であり、実践科学です。それを忘れないでください。

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今日はことばの恣意性が印象的でした。「車」がなぜ「くるま」なのか…というようなことは自分も子供のころ親にたずねて、「なんでなんで~」って困らせていたと思います。

聴覚に関わらず、こういう場面というのは電車などでもよく見かけるよくある風景だと思います。「そう呼ぶと決まってるから」以外にいいようがなく、を大前提にして、皆さんと話し合いました。

手話ではハンドルを握って運転するという万国共通の「動作」をしました。これは、言葉が通じない外国の方にも伝わりますよね。それでよし、とそこで終わってしまいました。しかし、ジェスチャーのように、視覚的に伝えやすくイメージしやすい便利さがある一面、それだけでは「車」「バス」「トラック」などは表現しきれないわけで。そこが特に印象に残りました。「じゃあどうする?」というところがSTが教育にかかわる意義なのですね。子供の「知りたい知りたい」という学習意欲をかりたてるような人間性と、聴覚に不自由のあるお子さんだったら視覚情報を交えたり、どうとらえたかの確認、、そのことばの構音の確認まで、といったSTだからできる学習、ということの意義を強く感じました。

高山先生、体調引き続きお気をつけくださいね。また宜しくお願いします!

高山:誤解されないように伝えておきますが、手話ではバスやトラックなど細かい点を伝えることは可能です。ジェスチャーとは異なると言うことをもう少し意識してくださいね。

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聴覚障害児は動詞や形容詞を使った比喩の理解が難しいということについて、名詞の場合は、実物を1度見せてあげれば、児がその語彙を獲得し、使用できるようになる可能性も高いと思いますが、動詞や形容詞(用言)では、「実物をを示す」ことができないこともあり、1つの使用例を示しただけでは、語彙として獲得できたとしても、児がうまく使えない場合も多いかもしれませんね。1つの用言について、様々な使用例があることを見聞きして、ようやくそれを応用的に使えるようになる。健聴であるということは、それをあまり意識せずに出来ているということなのでしょう。やはり、聴覚障害児が用言を使えるようになるには、それを教えるときに、表情の変化や身振り・手振りなどのイメージを使うことが重要なのだろうと思いました。お世話になっております。

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ことばは、何故これがそういうのか?。遡ることによって由来はわかるんでしょうけど、それでもどこまで遡っても何故?っていう疑問が付きまといますね。仮名は特に不思議ですね。

母親法は賛否両論あるみたいですね、もし働かざるを得ないお母さんの場合、負担が増しますね。お母さんさんの声かけは確かに大切なのだけど、、。名前もプレッシャーがかかる名をしてますね。父親法は出てこないのでしょうか。お母さんが声がけ、お父さんは声掛け、音を使った遊びをします!

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本日の先生のお話少々難しく理解に苦しむ所がありました。先生がおっしゃっていたことは、見立て遊びをしている『道具』と実際の『くるま』という音声が結びついていなかったということでしょうか?日本とアメリカのろう学校の違いについてはとても参考になりました。ありがとうございました!

高山:言語学は難しいですよね。説明が足らない面があったかもしれません。子どもの言葉の獲得を考えたときに、実物、単語、イメージ(積み木など)が結びつくことが大事なことですよね。音声で「くるま」と聞かされても、聴覚障害児でスムーズに理解できるかどうかが問題なんですよね。そこでつまづく子も多いと言うことです。

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聴覚保障の手段についてディベートすることは、手話・口話法それぞれのメリットやデメリットを再確認する意味があったように思う。授業中あげられなかったが、トータルコミュニケーションの欠点として、両方の習得は難しいということが挙げられる。しかしもし私の身近に聴覚障害児がいたら、是非ともトータルコミュニケーションを勧めたい。なぜなら大人になってからの習得は難しく、自分が重きを置きたいコミュニティの中で上手く自己表現していくことができなくなる可能性があるからだ。また、できるだけ小さいうちから情報の間口を広くもつことはとても重要だと思う。習得が困難だったとしても、ある程度まで頑張る意義は必ずあるし、見返りも大きいからだ。現実に、高山先生含め聴覚障害の方でアクティブにみえる方はトータルコミュニケーションを採用している方が多い印象がある。やはり多くの方にとって最善の選択となるのではないか?

高山:どうなんでしょうね。私はあくまでも聴覚口話法で育てられ、成人してから手話を覚えた聴覚障害者です。よって、トータルコミュニケーション法によって育てられた訳ではないのです。

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本日はディベートを主に行いましたが、私達はトータルコミュニケーションの側になりました。トータルコミュニケーションならばありとあらゆる手法でコミュニケーションの成立を目指すので、簡単かと思われましたが…そうでもなかったです。

全てを包括しているので、聴覚口話や手話との差別化が難しく、議論が浅いと「で?」という結果になってしまいそうになるのが一番困りました。実生活では多かれ少なかれトータルコミュニケーション的な手法で皆さん生活しているにも関わらずです。また、他のチームの意見も聞いて、なるほどこういう意見もあるのか~等と考えさせられました。もっと激しい議論をディベートという言葉から連想していましたが、意外と優しいディベートで良かったです。

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アメリカのろう教育が日本より断然に教育方針が明確で、ざまざまなカウンセラーが在籍していること、聴者の入学を許可するろう学校があるということに非常に驚きました。また、口話と手話のデメリットやメリットを、客観的に考えて、それぞれを捉えることが必要だと思いました。

母親法についても、子供の立場、教育方針という立場からしか考えた事がなかったので、母親を精神的に追い込むという可能性を気付かされ、もっと冷静に考えなければとハッとしました。

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ディベートの時、先生にわかるように話す努力を忘れていて伝えたいことが伝わらなかったのだろうと反省しました。1対1は意識できていても集団の中にいると意識がなくなる感覚を覚えました。

質問です。

コミュニケーションと言語学習は分けて考えて欲しいとおっしゃっていましたが、どうしてなのでしょうか。なんとなく分かるような気がしますが、この二つはやはり相互に関係していると思うのです。コミュニケートがとれて、はじめて学習の過程に入れる。また、コミュニケーションの中に学習要素が点在しているのではないのでしょうか。

高山:例えば、日本人として日本語での教育を受けていたので、日本語は得意でしょう。日本語が第一言語ですよね。日本語を操るためのコミュニケーション方法は声ですよね。どのように日本語を獲得しましたか?コミュニケーションや学習であることはいうまでもありません。ここで言いたいことは、聴覚障害児が言語を獲得するときに聴覚口話法や人工内耳の方が適しているなら、それはそれでいいのです。しかし、本人のコミュニケーション能力、対人関係を形成するための情報発信受信のための能力がなければ、いけませんよね。読話が苦手だったり、手話が出来ないことでコミュニケーションに奥手になってはいけませんよね。すばらしい日本語を書く聴覚障害者はいますが、コミュニケーションが苦手な方は多いのです。なので、関連させていきながらも、どちらものばしていくと言うことは大事なことなのです。

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海外の難聴に対する取り組みを知ると日本の難聴に対する取り組みが、何年も何年も遅れているように感じます。

他の講義中に見た、難聴児に関するビデオを見ても、教育方針が定まっていないうような印象は受けましたが、教育方針が定まって居るのは私立2校だけであることに驚かされました。

このように教育方針が定まっていない現状で、難聴児やそのご家族が最善の選択をするのは難しいように感じます。教育目標は、あって当たり前のように感じていました。もし普通学校で、教育方針が決まっていない学校があったとしたら、好んでわが子を預ける人は居ないのではないでしょうか。

そのような状況が、ろう学校では当たり前になってしまっているのかと思うと、一刻も早く教育目標が定まり、ろう者の学校選択の手助けになれば良いと思います。

保護者の希望により、指導内容を変えている学校もあるようですが、保護者が健聴である場合、子供にとって、どの方法がベストなのかを決めるのは、難しい判断になってくるでしょう。

以前、講義中に新生児1.000人に1人の割合で、高度聴覚障害児が生まれてくると言う話を聞きましたが、決して少なくない割合で難聴児が誕生しているのだから、日本と言う国全体で、難聴に対する取り組みがもっと積極化されればよいと思います。

常に正しい情報を入手し提供するだけではなく、ご本人・ご家族にとって最良と思える助言の出来る、STを目指したいと思います。

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今回の授業でろう教育のディベートが白熱した?のが印象的でした。もう10年前にもなりますが、所属していた教職ゼミは徹底討論だったので、割と慣れていましたけど、ディベートはみんな慣れていないような気がしました。

ろう教育は3種類もあることに驚きました。手話主体、口語主体、人工内耳装用、トータルコミュニケーション。どれもそれぞれの特徴があり、子どもの両親も将来のこと(20年後?)を考えて選択をしなければならないことを考えると非常に重く、さらに学ぶことによって社会をどうやって子どもたちが生き抜いていくかが決まってしまうような気がしました。

質問:教員採用は都道府県によって違っていますが、ろう教育のための教員資格というものはあるのでしょうか。自分が教員採用を受けていた頃は、教員免許があれば特別支援教育採用枠を受験することができたので…。

高山:特別支援教員免許状というのがありますよ。今は、該当免許を持っていなければ、その枠で受験することは出来ないはずです。

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ろう学校でどのようにことばを教えるか…。考えてみると、大変なことです。ことばの意味はことばで説明できても、ことばの音韻は、ことばでは説明できない。グループワークで考えたからこそ、その大変さを感じ取れたように思います。

ろう学校の話題ということで伺いたいのですが、重複障害の子どもたち―聴覚障害に加え、視覚障害をあわせ持つ方、知的障害をあわせ持つ方、肢体不自由をあわせ持つ方―は、特別支援学校を考えた場合、現実にはどのような学校を選択されているのでしょうか。たしかろう学校には重複障害学級があったかと思いますが、就学についてはいろいろと分かれていて、かなり迷われるのではないでしょうか。

高山:最近は親の都合で、養護学校ではなく、ろう学校を選択されている場合も多いのが現状です。